第28話 取り巻く環境(別視点)
(『ダービーキングダム』ジョンソン船長)
「船長、大変です。モンスターが現れました」
私は航海士のその言葉を聞き耳を疑った。
(モンスターだと?)
私が呼ばれた場所へと急ぐと、丁度アンドレ隊長たちを送り届けて戻ってきた虎の子である遊覧ヘリコプターが、巨大なタコによって海中へ引きずり込まれようとしていた。
「パイロットは降りていたのか?」
「はい、幸い降りた後でした」
「まだ、幸いかどうかはわからないな。船ごと引き込まれる可能性まであるぞ。錨を上げろ! 急ぐんだ」
どうする、仮に助かったとしても、アンドレ隊長たちを迎えに行く手段を失ってしまったぞ。
後は船体に非常用に取り付けてある、カッターボートだけが頼みの綱か。
今のうちに先にアンドレ隊長に連絡を入れなければな……
「アンドレ隊長、聞こえるか?」
「はい、船長どうしましたか?」
「モンスターが現れた……巨大なタコだ。全長三十メートルは優に超える。船にまとわりついて一撃でヘリを破壊し、現在この船を海中に引き込もうとしている」
「何ですって?」
「君たちを迎えに行く事も出来ない、すまない。どうか生き延びてくれ……」
それだけを伝えると、乗客たちに向かって船内放送を始めた。
「乗客の皆さま。船長のジョンソンです。現在少しトラブルが起こっておりますが、船室から出ないようにして、身軽な服装で居ていただけるようによろしくお願いいたします。場合によっては緊急避難の可能性もありますので、その場合は船室係員の指示に従い、速やかな行動をよろしくお願いします」
私は、船内放送を終えると、モンスターの居る後部甲板へと視線を移す。
『パーフェクトディフェンダーズ』社の残された四人の隊員達が、自動小銃で、モンスターへと立ち向かっている。
しかし、どうやら銃弾はあのモンスターに取って。有効な攻撃手段では無いようだ。
全長は三十メートルを優に超える、タコの形をしたモンスターだがその一本ずつの足を見ただけでも、太さは大木ほどもある筋肉の塊であり、強烈な吸盤で船体に張り付いて、船を横転させようとしている。
激しい揺れが繰り返す中、カッターボートの準備をする様に指示を出す。
「船長、この揺れの中では無理です」
俺もそうだとは思う……
だが、乗客の命が掛かっている以上、できないでは通用しない。
揺れ幅は段々と大きくなり、ついには『ダービーキングダム』は横転した……
◇◆◇◆
次の瞬間、一瞬視界がブラックアウトして、船は正常な態勢で海上へとあった。
しかも、昼であったはずなのに、夜空に星が輝いている。
だが……モンスターが船にとりついたままだ。
「助かったと思ったが……やはり駄目なのか」
思わず、弱気な言葉が口から出てしまった。
だが、その時船の横に大きなシロナガスクジラが現れ、盛大に潮を噴き上げた。
サイズだけならタコ型モンスター変わらぬ大きさである。
すると、食べれない船より丸々太った鯨の方が腹の足しにでもなるとでも思ったのか、モンスターは船から離れ一直線に鯨を追っかけて行った。
「助かったのか……」
思わず口から声が出たが、そんな事より今ここがどこなのかだ?
最初に向こうの世界に行った時と同じように起こった、昼夜逆転現象、それに何よりも……私の記憶にあるのと同じ、夜空に浮かぶ星座の並びが、ここを地球だと示してくれてはいるが、この場所に滞在すれば、再びモンスターが戻って来る事も考えられる。
「すぐにこの場を離れる、目的地は横浜だ」
すぐに進行方向をセットして、全速で日本へと向かった。
レーダーも通信機もすぐに回復していることを確認できた。
船の所有会社と、次の寄港地であった場所への連絡を取り、横浜へ向かう事を伝える。
四日程で戻れるだろう。
遭難、沈没を心配していた、船の所有運航会社は莫大な額に上る損失を回避できたことに、胸をなでおろしているようだ。
しかし……私の判断でとんでもない失態を犯してしまっている。
七名の乗員、乗客の行方不明者を出してしまっているのだ。
アダム、ダニエル、アンドレ、ミッシェルの四名に関しては船の乗員と、契約したセキュリティサービスのメンバーであるから、まだ運が悪かったで、済ませることも可能だろう。
しかしまだ引退から三年程しかたっていない世界的に有名なプロサッカープレーヤーであった『カール・シュナイダー』氏と若い日本人カップル『小栗東』『蘭蛍』の両名に関しては明確に責任問題とされるだろう。
まさか、こんな風にすぐに地球に戻って来れるなど、想像も出来なかったのだが、横浜に寄港すれば私はこの世界一の豪華客船『ダービーキングダム』の船長ではいられなくなるだろうな。
この船が失踪をしたのは二日間だけだったのだが、全乗務員と乗客が明確に「異世界への転移を経験した」と発言したので、横浜港へ到着してからも、簡単に船から降りることはできなかった。
『WHO』からの指示で、日本政府が防護服を着こんだ検疫部隊を、横浜港へ待機させており、全員の健康状態の検査と二週間の船内での隔離を指示されることになった。
ほぼ満室状態の二千名の乗客と、二百名のクルーを抱えた状態での船内での待機は、お客様には申し訳なく思うが、これは必要不可欠な措置であるだろう。
二週間が経過したが、船の中では高齢者が多いので、ストレスからくる体調不良なども心配されたが、病人が出ることも無く経過観察期間を終了した。
乗客の皆様方へはそれぞれの国への帰国チケットを、船会社の負担で用意させて頂き、元々が三か月のクルーを楽しむ余裕のあるかた達であったのも幸いして、乗客への保障は飛行機代だけで済んだ。
異世界で別れた七名に関しては、これからの問題である。
まだ正式に、異世界の存在を発表出来る状態でもなく、失踪者の個人名などは伏せられている。
七名の荷物などは、当然運航会社の方で責任を持って預かっている。
しかし……まだもう一つの大きな問題を抱えている。
そうだ、あの異世界から一緒に転移してきた巨大なタコ型のモンスターである。
乗務員の撮影した写真とビデオ画像が残されていて、当然船の後部甲板に設置した監視カメラ映像にも、鮮明にヘリの破壊と『ダービーキングダム』の横転からの転覆、一瞬のブラックアウトの直後に穏やかな海上へと現れた状況が捉えられていた。
不思議なのはブラックアウト直前には、ある程度の被害が船体にも及んだはずなのに、時が戻った様に何もない状態で、地球の海上に現れたことだ。
そう言えば、異世界への転移をした際も、雷の直撃からほぼ半分が沈んだ所でブラックアウトを迎えた筈なのに、気づけば被害は皆無だった。
テーブル上に並んだディナーのご馳走も、無事に皿に乗っていたくらいにだ。
このような不思議な出来事が起こったのだから、まだ彼ら、探索部隊がこのまま永遠に帰って来れないと、決めつけるのも早計かもしれない。
しかし……いつ帰れるなどと、言葉にすることも不可能ではある。
役職者以外の乗員と乗客を下船させた後も、私を含め幹部船員に関しては、主要各国の代表者によって組織された調査委員会からの拘束を受け続けることになり、船内や破壊されたヘリの破片などの調査、また巨大モンスターの行方などに関しての調査が続いた。
そして『ダービーキングダム』が異世界転移を体験した海域には、アメリカ第七艦隊が潜水艦部隊までだして調査を続けているがいまだ発見はされていないらしい。
こちらに戻ってきて四十五日が経過した時のことだった。
主要国の首脳の夢枕に女神が現れてお告げを賜ったとの情報がもたらされた。
この情報を教えてくれたのは、第七艦隊の指令でもあり私の海軍時代の同僚であったピーター中将からの情報である。
「異世界では、女神が存在しているのか?」
唐突にそう聞かれたのだが、なにぶん上陸部隊との連絡も取れておらず唯一、異世界に街があった事を視認したのは、ヘリパイロットであったビリーだけだ。
「街には教会らしき塔を擁する建築物を確認しています。恐らくですが信仰の篤い国家だとは思われますが、女神の存在がどうなのかまでは、把握できていません」
ビリーはそう答える。
まぁ当然だな。
「ピーター中将。一体なぜそのような事を聞かれたのですか?」
「大統領のな……夢枕に女神を名乗る人物? 神だとすれば一柱なのか? が現れたそうだ」
「本物なのですか?」
「解らないから聞いたんだ」
「そうですか……それでなんと?」
「一週間後に地球の海面が一メートル上昇するそうだ」
「それが本当の事であれば、かなり重要な問題ですね……オランダや太平洋の環礁はすべて水没するではないですか?」
「その通りだ。この事実を知った上で何も対策を打たなかったとなれば、知った立場として非常に都合が悪い。秘密裏に他国首脳へのホットラインを繋いだところ、確認の取れたのはG7各国とロシア、中国、インドの国家の首長にも同じように夢枕に立っていたそうだ」
「そうなれば……恐らく事実なんでしょうね」
「ああ、それとアメリカ大統領の枕元にだけ、翌日も続けて姿を現した」
「アメリカだけですか?」
「うむ、他国では二日目のお告げは聞いて無いそうだ」
「内容は?」
「海面上昇の理由だった……オーストラリア大陸と同規模の大陸が『ダービーキングダム』の現れたのと同じ場所を中心として現れるそうだ」
「オーストラリア大陸と同等なんですか? それは……間違いなく、私達が発見し調査隊を派遣した陸地でしょう」
「アメリカも同じ見解だ。だが……文明国家なんだよな?」
「私達は上陸してないので言い切る事は出来ません」
「そうか、ありがとう。協力に感謝する」
アンドレ隊長たちが無事であってくれればいいのだが……
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