第24話 地球へ

 次の瞬間、衝撃波の影響も見当たらず、遠くに見えた絶望的な高さの津波も掻き消え、普段通りのギャンブリーの街に戻っていた。


 事前に知っていた俺達は別として、街の人間たちはそうとうに驚いたとは思うが、街に何の被害の爪痕も残って無い事を確認すると、徐々に普段通りの活動に戻って行った。


「おい、アズマ。本当に今ので地球に戻って来れたんだよな?」

「だと思う。少なくともオグリーヌはそう言ってたし」


「アズマ……お前よくそんな大陸ごと転移させちまうような力を持った神様を呼び捨てにできるよな?」

「あ、あー。なんかめっちゃフレンドリーだったし、俺は別に信者じゃないからな」


「そんなもんなのか? 日本では洗礼なんて受けないのか?」

「そうだな、少なくとも俺の知り合いで洗礼を受けてる人間なんて、百人に一人も居なかったと思うぞ。それに、日本じゃ人前で宗教の話をすることなんてないし、信仰は薄いのかもな」


「だが、困ったなスマホも無線機も充電が切れているし、連絡のつけようがない」

「アンドレ隊長。俺、都合つけられるかもしれないから、ちょっと待っててください」


 現時点では海水面が一メートルの上昇をしたことにより、世界中が大騒ぎになっていたのだが、カージノ大陸にいる俺達にはその喧騒は届いていなかった。


 俺は屋敷の自分の部屋に戻ると、ホタルが声を掛けてきた。


「先輩! もしかして転移でスマホのバッテリー充電器買ってこようとか思って無いですか?」

「あ、ああ。何で分かった?」


「先輩の考える事くらい解りますよ。日本円持ってるんですか?」

「大丈夫だ、財布持って来てたからな」


「じゃぁお土産はポテチでお願いします。炭酸も何か買って来て下さい」

「めんどいな、手を繋いだら一緒に転移できると思うから、一緒に行こう」


「え? 嫌ですよ。今のこの国の服装で東京のコンビニ行ったら、立派に不審者じゃないですか」

「あ、俺もだった。ジーパンとTシャツに着替える。ホタルも着替えてこい」


「ノーメークはいやだなぁ」

「いいからサッサとしろ!」


「はーい」


 五分程で着替えて、ホタルの手を繋ぎ東京の自宅をイメージして、転移を発動した。 


 次の瞬間に、見慣れた俺のワンルームのマンションへと転移していた。

 俺の購入した1LDKのマンション二棟はあくまでも投資用物件で、俺は相変わらずの賃貸マンション暮らしなんだ。


 独身だし、そんなにこだわっては無かったからな。

 

「先輩、靴のまま部屋に立ってますけどいいんですか?」

「あ、まぁしょうがない。とりあえずコンビニ行くぞ」


 そう言って、ホタルと二人で部屋の外に出ると、見慣れた日本の光景だが、人通りは少なかった。

 車もほとんど走ってない。


「どうしたんだ? いったい」

「あれじゃないですか? 海水面の上昇が周知されてて不要不急の外出は控えるように! 的な報道がされてたとか?」


「確かにそれはあるかもな……コンビニ営業してるんだろうか?」

「行って見ればわかりますって」


「だな」


 コンビニにたどり着くと、こんな状況でも普通に営業をしていた。

 ある意味スゲェよ。


 俺はホタルと二人でコンビニのスマホ充電器の電池タイプの物や菓子類にパン、お握り、炭酸飲料にアイスクリームまで大量にカゴに詰め込むと、クレジットカードで清算をした。


 店の外に出ると、インベントリにすべて放り込んで部屋に戻り、ギャンブリーの街の屋敷へと転移を発動した。


 ちょっと心配したのはオグリーヌが結界を張っていると言ってたから、転移が弾かれるかと思ったが問題無く屋敷の部屋へと戻った。


 もう今更だから、隠さずに冷えた炭酸とアイスと共にみんなが共同で使っているリビングへと向かった。


「アンドレ隊長。充電器買ってきました。ついでにコーラとアイスも」

「アズマ……何となくは解っていたけど、お前の能力はめちゃくちゃだな。もしかして単独でなら異世界転移ができたりしたんじゃないのか?」


「いや、それはちょっと思ったんですけど、あの世界の座標が全く分からないから不可能だったんです。今は同じ地球の中ですから部屋のイメージだけで何とかなりますが」

「そんなもんなのか……まぁどっちにしても助かった、炭酸とアイスも嬉しいぞ」


 みんなが充電器を差し込むとスマホを起動させる。

 とりあえずはGPSで現在地の確認だ。


 ダニエルさんがイリジウム衛星電話を所持してるので通話もそれを使えば可能である。


 このまま知らんふりしてみんなで日本に転移した場合は、『ダービーキングダム』が無事でジョンソン船長からの連絡があった時に話がややこしくなるし、行動は慎重に行うことにした。


「先輩。慎重な行動って東京のコンビニに現れるのはオッケーなんですか?」

「ホタル。話がややこしくなるから黙ってろ。あくまでも公に俺達が地球のどこかに存在する発表は避けるって話だよ」


 結局、今カージノ大陸の存在する場所は、俺達が乗っていた『ダービーキングダム』が雷に打たれて転移をした場所を中心に現れている事が解った。


 座標的には恐らく大陸の南端がギリギリ赤道に到達してはいないだろうという位置で東端は日付変更線には達していない位置だろう。


 北端の緯度は台湾島よりも北にあり、ほぼ沖縄県に近いのではないだろうか?

 西端は台湾島から東へ二千キロメートルの辺りであろう。


 この地域に存在した環礁や小島のいくつかは大陸の出現に飲み込まれてしまったはずではあるが、無事に避難が出来ていればいいのだけど……


 俺は少し気になったので王都へと転移を発動した。

 女神神殿だ。


 販売カウンターへ行き、販売員に声を掛ける。


「特別販売フロアに行きたいのだが」

「お告げカードお出しください」


 そう言われた俺がSSランクのカードを取り出す。

 すると、一瞬だが販売員の表情がひきつった感じがした。


「お通り下さい」と言われて俺は特別販売フロアへと入る。


 前回と同じような白い空間で、正面には当然のようにオグリーヌが居た。

 離れていると、カウンターで下半身が隠れてるから本当に普通の綺麗なお姉さんに見えるんだけどな。


 近づいて見ると真っ白な馬体が、ふさふさの尻尾を揺らしていて、本当に不自然だ……


「オグリーヌ。無事に転移は成功したみたいだな?」

「そうね」


「一応聞いておきたいが、あの海域に暮らしていた人々はみんな無事なのか?」

「グアムが近かったから、アメリカの大統領に頼んで航空母艦で避難して貰ったわよ」


「よく信じてくれたな?」

「そりゃぁ私は神様だからね。信じてくれるように神気を込めて伝えたからよ」


「そうか、それならいいんだが、もしアメリカを含めた諸外国が女神に会わせろと言ったらどうするんだ?」

「私に会いたいならAランクまで上がってこの部屋へ訪ねてきたら考えると言っておけば?」


「それだと、この国に地球人を招き入れることになるが、構わないのか?」

「その判断はアズマとこの国の王『シリウス』の判断でいいんじゃないの」


「そういえばさ、月が落ちて来る時に思ったんだけど、この大陸があった空間ってどこなんだ?」

「気になる?」


「船の時もそうだったんだけど、一瞬ブラックアウトして次の瞬間には何もなかったかのように転移が終わってただろ。俺は自分で転移が使えるからわかるけど、ただの転移ではブラックアウトは起こらないよな」

「そうね、よく気づいたわね。ワープホールを使って他の恒星系の惑星から転移をさせました」


「それじゃ次元自体は同じって事か? 異世界人では無くて宇宙人なのかよ」

「でも世界は違うから異世界でもよくない?」


「まぁ……そうだな」

「全く争いが起こらずに、平和に過ごせるならそれにこした事は無いですが、そんなにうまく話がまとまるとは思えませんので、出来るだけ犠牲が出ないようによろしく頼むわね」


「ああ、何とかやってみるけど、期待はするなよ」


 オグリーヌとの会話を終えて特別フロアから出るとそこには四十手前くらいの年齢の精悍な男性と美しい少女が立っていた。

 向こうから声を掛けてきた。


「あなたがオグリーヌ様に認められた勇者様ですか?」

「えっ?」


「失礼、私はこの国の現国王シリウス・グラディウスと言います。横に居るのは娘のポーラです」

「勇者様なのですね。カージノ王国の第一王女ポーラですお見知りおきを」


「あー、アズマ・オグリです。今は少し対処する事が沢山ありますので、後日改めて顔を出させていただきます」


 俺は国王なんて会った事もないし、すげぇイケメンと美少女ぶりに思わず転移を発動してギャンブリーの屋敷の自室へ戻った。

 女神に会った時より、よっぽど緊張しちまったよ。

 塩対応過ぎてまずかったかな……

 

 部屋からすぐにリビングへと戻ると、アンドレ隊長が慌ただしく近寄って来た。


「アズマ、ヘリが飛んできているが大丈夫なのか?」

「なに? それは少しヤバいかもしれない」


「なんでだ?」

「女神が結界を張ってるから物理的な接触をすると、ヘリが空中で結界にぶつかって爆発するかも知れない」


「ダニエル! イリジウム電話を寄越せ」


 アンドレ隊長が慌ててダニエルから衛星電話を借り受けてどこかに電話をした。


『アンドレ・ルチアーノ少佐だ。至急プレジデントに代わってくれ』


 どうやら『パーフェクトディフェンダーズ』社に電話をしたようだ。


『新大陸には結界が貼ってある。透明で見えないがアメリカ海軍のヘリが接近してる。危険だ。すぐに帰還させるように連絡してくれ』


 電話を置いて、アンドレ隊長が俺達に向かって話し始めた。


「一応新しい陸地は最初に上陸した国が、領有権を主張できる国際法があるので、どう判断されるかは別として最低限の権利を主張する為に来たんだろう。きっと着陸したら否応なしにとりあえず星条旗をこの大陸の地面に突き刺すつもりだ」

「そんなの、いきなりこの国と戦争状態にならないですか?」


「友好的には、なれないだろうな。だが、唾だけは付けておきたいのが本音だろう。アメリカも沢山の海岸線を抱えているから、かなりの領土を減らしたはずだし、出来ることならこの国から回収したいとか考えてそうだ」


 確かにハワイやグアムなどのビーチ観光が主要な島々や西海岸辺りでは結構致命的かもしれない。

 元々海抜の低いオランダ辺りはもっと深刻な状況に追い込まれているのではないだろうか?


 そんな話をしていたら、ヘリの音が遠ざかって行った。

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