第21話 『ダービーキングダム』の行方
そういえば昨日からフラワーやフローラが話しているのが、なんとなく理解できるようになってきた。
これが、知力プラス十の効果なんだろうか?
この世界の人間でうちにいる中で一番ランクが高いのは、アンドレ隊長の奴隷のベーアだ。
ホタルに知っていることを聞いてもらった。
「ベーア、スキルでさランク一のステータスプラス十っていうのがあるだろ?」
「はい、ほとんどの人は何らかのステータスのスキルを授かりますから、私が持っていたのも、体力プラス十というスキルでした」
「スキルを持って無い状態で、普通の人のステータスってどれくらいなんですか?」
「えーと、鑑定スキルがレベル三以上の人だと見て貰えるんですけど、初めてお告げカードを手にした時のステータスは大体十平均になる筈です。これは人種や男女関係無く同じですね」
「平均って言ったよね。ステータスの種類は何があるの?」
「はい。攻撃力、体力、敏捷、魔力、知能、運の六項目です」
「それじゃぁ、ランク一のスキルでもそのステータスが倍近くに上がるって事ですか?」
「そうですね、私が鑑定してもらったときは。攻撃力十、体力十六、敏捷八、魔力八、知能九、運九でした。それにスキルで体力がプラス十です。あとはお告げカードのランクが上がると、どれかのステータスが一上がりますけど、それだけだとランクAまで上がってもランクJの人と比べてステータスは十しか変わりませんから、大事なのはスキルをどれだけ取得できるのかということです」
「ありがとうベーア参考になったわ」
やはり、言葉の理解が早まったのは知能プラス十の影響が大きいようだ。
これは、この調子で知能のレベルを十まで上げた頃には、言葉なんか一週間もあれば理解できるのかもしれない。
◇◆◇◆
そんな風にこの国の知識やスキルに関しての理解を深めながら、一か月が瞬く間に過ぎ去って行った。
恐らく……俺は完全にこの世界の常識ではあり得ないほどの存在になってしまっているだろう。
全ての魔法や錬金術も完全に最高レベルで身につけ、武器での戦闘も剣術が剣豪、剣聖と進化し、槍や弓に関しても、槍聖、弓聖、格闘聖となっている。
ただし、俺がこれだけの能力を身につけているのは、ホタル以外には教えていない。
能力を使ってお金稼ぎだけはしてるけどね。
それも、必要な分に少し贅沢をできる程度の稼ぎ方だ。
その方法は魔法陣というランク六のスキルを覚えた時に身につけたお札書きを活用している。
要は使い捨ての魔法発動札で、これを使えば高威力の魔法を覚えていない人でも発動する事ができるというチートなお札だ。
お札を書く人が覚えてない魔法を書き記しても発動しないので、高威力の魔法陣を書けるのはきっとこの世界でも俺しかいないんじゃないだろうか?
目立つ事が目的ではないので、必要な分だけを書いて魔道具店へ売りに行っているのだが悠々自適な生活ができている。
俺の現在の状態などは、ホタルしか詳しくは知らない。
アンドレ隊長たちも薄々は俺の能力に気付いているのかもしれないが、あえて話題に出すことはしない。
アダムさんのハンバーガーショップもオープンしてからすぐに人気店になり、一日の販売予定数が毎日昼過ぎには売り切れてしまう状況が続いている。
アダムさんやダニエルさんも、必要以上に稼ぐつもりは無く、今の売上で十分に裕福だから無理はしないと言っている。
ただ、アダムさんが持って来ていた胡椒は二週間ほどで在庫が残り少なくなっていて、俺が錬金魔法でコピーして補充しておいた。
これもアダムさんは不思議そうな表情をしたが、追及はしてこなかった。
農業スキルももちろんマックスで保有しているから、今後は栽培も可能ではあるけど、それは帰れない事が確定してからでもいいと思っている。
その時は最初に出会ったヨーゼフさんに畑を借りて、栽培しようかな。
今では、奴隷の子たちが仕込みでバンズを焼ける程に仕事を覚えているし、俺達の借りてるお屋敷はいつも焼き立てパンの香りに包まれている。
屋敷で使う魔導具用の魔石も、みんなが出かけてる時に俺が魔力を補充しているから追加購入は必要ないので、この世界での暮らしは至って快適に過ごしている。
アダムさんが「フローラとフラワーはアズマの奴隷だから」と言って、バンズを焼いたりして手伝った分は、給料を払ってくれてるし、凄くいい人だと思う。
その分のお給料は本来は奴隷の持ち主である俺への支払いとなるのだが、そのまま本人達に渡している。
最初はびっくりして遠慮していたが、ちゃんと貯金して自分を買い戻すことを目標にしたみたいだ。
まぁいい事なんだが、俺達がもし地球へ帰る手段を発見出来れば、当然奴隷契約はニャルとベーアを含めて四人とも解除してあげようと、アンドレ隊長たちとは話している。
奴隷契約の解除自体は、俺が闇属性魔法をレベルアップさせた時に覚えているのでいつでもできるんだけどね。
アンドレ隊長たちのハンターパーティーも今では全員がFランクまで上がっていて、一か月の成果としては十分に凄い。
Fランクの現在でも一日に四頭ほどのモンスターを狩り、日当で一人当たり十万ゴルを超えているそうだ。
補給の効かない弾丸の使用は止めているし、魔法も使えないので単純に剣と弓で対処しているんだから立派だと思う。
その弾丸もいざという時のために、俺は大量に複製品を錬金魔法で作り出して、ポータースキルが進化したインベントリの中に戦争が出来る程度には在庫してるのも秘密だ。
M4カービン銃の本体もミッシェルさんに借して貰って、ちゃっかりコピーしてるけどね。
アンドレ隊長たちも「目的はあくまでも現代世界への帰還方法を見つけることであって、無理して狩りをしたりする必要は無い」と言っている。
俺は、これだけの能力を授かってしまっているから、ホタルと色々帰還方法を模索するのだが、これと言って正解にたどりつけてはいない状況だ。
「先輩、その存在が本当にチートですよね」
「運が良かっただけだ。そろそろ『ダービーキングダム』が現れるころだな。みんなで船を見に行こう」
巨大な二つの月の重力の関係で、この世界の潮の満ち引きは、二か月周期で大潮と小潮を繰り返すらしいのだが、その満ち引きは海抜で千メートルほども上下するそうだ。
俺達の乗って来た『ダービーキングダム』は、この大陸に俺達が上陸してすぐにモンスターに襲われたと通信が入ったきり、連絡が途絶えている。
小潮を迎え始めているはずの今であれば、『ダービーキングダム』が停泊していた位置が陸地になっているはずである。
全員で馬車に乗り込み、海岸線を目指した。
丸一日をかけて到達した海岸線は、確かに随分と沖まで砂浜が広がっていた。
しかし……何の遮蔽物も無いので一目瞭然なのだが、『ダービーキングダム』が停泊していた辺りにはなんの影も見当たらなかった。
ダニエルさんが遠視のスキルで見ながら「かけらの一つも見えないですね」と報告してきた。
俺も当然使えるのだけど、それは言ってないので俺は黙っている。
ホタルが予想できる現象を、言葉にする。
「引き潮の力が強くもっと沖まで連れ去られてしまったと考えるのが、通常の考え方になりますが、もう一つの可能性もあるかもしれませんね」
アンドレ隊長がたずねる。
「もう一つの可能性とは?」
「モンスターに海底に引き込まれたタイミングで、再び異世界転移が起こったかもしれないということです」
「俺達だけを残して『ダービーキングダム』が地球に戻ってしまったというのか?」
「あくまでも可能性です。こちらの世界にきたタイミングが雷に打たれた後に、沈没をするタイミングで転移して来たので、再び沈没の危機に合わせて、異世界転移が起きたと考えることも出来ないですか?」
「確かに可能性としてはあるのかもしれないな」
この頃になると、俺は優れたステータスによって、英語やカールさんの話すドイツ語、アダムさんの話すフランス語も完全に理解できていたのだが、能力をみんなに言っていない以上は、あくまでも会話はホタルを通してのスタンスを貫いていた。
ホタルが俺に聞いてくる。
「でも……どうしましょうか? 今後」
「そうだな。俺はこの大陸の中央に存在する、王都に行ってみたいと思う、女神聖教の中央神殿があるらしいし、そこにはこのギャンブリーの街では扱って無いようなスキルが売っているそうだ。それらのスキルを一度確認してみて、本当に帰る手段が見つからないのか考えてみたい」
「先輩。王都まではどうやって行くんですか?」
「フラワーに聞いたら、川をさかのぼって水路で直行便があるそうだ。一週間ほど、かかるらしいけどな」
「私も一緒に行った方がいいですか?」
「いや、大きな声じゃ言えないけど。俺はもうこの世界の言語は完璧に覚えているから、隊長たちのそばにいてやって欲しい、あいさつ程度は困らなくても、まだ難しい内容だと伝わらないと困るしな」
「でも……往復二週間は掛かるって事ですよね?」
「いや……もっと早いと思う。理由はまぁ今度、誰もいない時に話すよ」
「解りました! 先輩がチート野郎だって事ですね」
「まー……そんな感じ」
何でもない風に装ってはいるけど、アンドレ隊長やミッシェルさんも少し肩を落としていた。
『ダービーキングダム』の沈没した姿を見れば、可哀そうだとは思っても、自分達が生き残れたことに希望を見出すことができたんだろうけど、逆に『ダービーキングダム』だけが地球に戻った可能性を考えれば、そう思ってしまうのもしょうがないよな。
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