第95話 少女との戦い

 俺は謎の少女と戦っていく。

 どうやら格闘を主体としたスタイルのようだ。

 悪くない。

 これなら、”今後”に期待できるだろう。


「いいぞ。いい感じだぞ」


 俺は少女の拳や脚をいなしつつ、そう声を掛ける。


「くっ。こ、こんなことが……」


 彼女は愕然とした様子だ。


「今日はこれくらいにしておこう。――ふんっ!」


「うわあああぁっ! ば、バカな……」


 俺が軽く殴りつけると、少女は大きく吹っ飛ぶ。

 そしてそのまま倒れ込んでしまった。

 俺はゆっくりと彼女に近づく。

 彼女は必死に体を起こそうとしているが、かろうじて上体を起こすだけだ。


「素晴らしい実力だったぞ。ここ半年ほどで俺が戦った中では、最も強いと言っても過言ではない」


 Cランク冒険者のモヒカンや、先ほど俺が舎弟にしたチンピラたちと比べてもこの少女の方が上だろう。

 肉体の強度だけなら、ゴブリンエンペラーやゴブリンキングの方がさすがに上だが、あいつらは知能が低いからな。

 戦いへの工夫を加味すれば、この子が一番優れていると言える。


「だが、まだ足りないものがある」


「――っ!」


 俺の言葉を聞き、彼女の目が大きく見開かれる。

 どうやら己の未熟さを痛いほど実感したらしい。


「俺の弟子になれ。強くしてやる」


「……それはできません。アタシには、絶対の忠誠を誓っているご主人様兼お師匠様がいるのです!!」


 少女は立ち上がりながら、キッパリと断った。


「お前ほどの力があれば、いずれAランク冒険者にだってなれるだろう。それを捨ててまで仕える相手なのか?」


「はい! あの方は、とても凄くてカッコよくて偉大なんです! あなたもかなり強いようですが、アタシのご主人様はもっとずっとスゴイのです!!」


 彼女は、まるで崇拝する神を語るような口調だった。

 余程の人物のようだ。

 それほどの奴がこの町にいたとはな。

 俺としたことが見過ごしていた。


「なるほどな。それで、そいつはいったい誰なんだ? 名前を教えてくれ」


「それはできません! ご主人様を売るなんてとんでもないことですから!」


 少女はそう言った。

 やはり忠義の人なのか。

 しかし、名前が分からないというのは不便だ。

 俺はしばし思案すると、いい方法を思いついた。


「ほほう。名前がバレただけで、そのご主人様とやらはピンチになったりするのか?」


「そんなことはあり得ません! ご主人様は、アタシなんかとは比べ物にならないくらい強すぎますから!!」


「口ではどうとでも言えるからなぁ……。どうやら、そのご主人様とやらも大したことがなさそうだ。なにせ、弟子に心配されているんだからな」


「き、貴様ぁ!!!」


 少女が激高する。

 ダメージを受けて倒れていた体を無理矢理動かして、こちらに飛びかかってきた。

 俺はそれを難なく受け止める。


「ぐぅ……」


「おおっと、すまない。ちょっと煽りすぎたか」


 少女は俺の腕の中で悔しそうに顔を歪めた。

 ここで、俺はようやく彼女の顔を見ることができた。

 今までは、薄暗かったり、戦闘で跳び回っていたり、倒れ込んで顔を伏せていたりしたからな。

 こうして間近から見るのは初めてだ。


「ん? お前は……」


「くっ! 離せ……! アタシの体に触れていいのはご主人様だけ――」


「ネネコじゃないか!!」


 俺は思わず叫んだ。

 まさか、こんなところで会えるとは思ってもみなかったのだ。


「ふぇ? ――えっ、あっ!! ご、ご主人様ぁ!!??」


 少女――ネネコも俺の顔を初めて視認したようだ。

 彼女が驚いたように叫ぶ。


「ごごご、ご主人様あああああああ!!!」


「お、おい、落ち着け」


「ご、ご主人様を襲うなど、なんという不敬なことをしてしまったのでしょう! こ、これはもう責任を取って、腹を切るしかありません!!」


「だから落ち着いてくれ!!」


「ひゃいっ!」


 俺が少し大きな声を出すと、彼女はビクッと震えてから動きを止める。

 そして、おずおずと俺のことを見つめてくる。


「こうして本気で戦ったからこそ得られた経験もあるだろう? この戦いは決して無駄なものじゃなかった。俺も、一番弟子の成長を感じられて嬉しいぞ。これからも俺の下で修行を続けてくれるか?」


「――はい! もちろんです! どこまでも付いていきます! ご主人様っ!」


 満面の笑みを浮かべるネネコ。

 うむ、いい笑顔だ。

 俺は内心ほっと息を吐くのだった。

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