第36話 孤児の少女レオナ

 エミリーに街中を案内してもらっている。

 小腹が空いたので露店でファルコンバードの串焼きを食べていたところ、少し離れたところから視線を感じた。

 みすぼらしい格好の子どもたちだ。

 エミリーによると、孤児院の子どもらしい。


「痩せているな。あわれな……」


 子どもには無限の未来がある。

 十分な食事を摂り鍛えれば、あの中から俺のライバルとなる者が出てくるかもしれない。


「よし。串焼きを10本くれ」


「本気か? よせよ、兄ちゃん。一度恵んでやったら、顔を覚えられてずっと付きまとわれるかもしれねえぜ。軽い気持ちで今回だけ恵んでやろうとしているなら、やめときな」


 露店の店員がそう忠告してくる。

 彼の言うことには一理ある。

 今回だけ恵んでも、何も変わらない。

 継続的に与え続けるか、それとも自身で稼ぐ力を付けてやるか。

 彼らの将来をきちんと考える必要がある。


「いや、いいさ。俺には考えがある」


 冒険者活動でどの程度稼げるかはまだわからないが、自分で食っていく分に困ることはないだろう。

 金銭収入が微妙なら、草原や山で獣を狩るのもいい。

 ビッグボアやミドルボアを狩れば、良質な肉が大量に手に入る。


 余裕ができれば、今後も継続的に孤児たちに恵んでやることは可能だ。

 それに、彼らを鍛えてやるのもいい。

 強くなれば、彼らも冒険者になるなど選択肢は増える。


「まあ、俺は串焼きが売れればいいんだけどよ。忠告はしたからな、兄ちゃん」


 露店の店員はそう言って、串焼きを10本用意して差し出してくる。

 俺は串焼きを受け取り、金を払う。


 この露店の店員も、やや薄情ではあるがそれほど悪い者ではないだろう。

 普通の者の稼ぎでは、孤児たちを養っていくことなどできはしない。

 できないことには最初から手を出さないのは合理的だ。

 孤児たちにしても、一度希望を見せられてから落とされるよりはマシかもしれない。


「リキヤさん……。私の件やあの村の件でも思いましたが、すごくお優しいですね。でも、ご無理はなさらないでください。必要なら、私たち一家にいただいたお金もお返ししますから……」


 エミリーがそう言う。

 感嘆するとともに、少し心配しているような様子だ。


「見くびるな。一度渡した金を返せなどというみっともないマネはしない。エミリーが心配することは何もないぞ。安心して、自分たちのことに集中するんだ」


 この孤児たちの将来性には惹かれるところだが、それはそれとしてエミリーのことも大切だ。

 それに、村に残してきたフィーナのこともな。


「よし、エミリーは少しここで待っていてくれ。なに、これを渡してくるだけだ。すぐに戻る」


「わかりました」


 俺は串焼きを持って子どもたちのところへ向かって歩き始める。

 子どもたちが俺を視認する。


「ひっ」


「わあ……。お肉だ……」


「おいしそう……」


「あ、危ないかもしれない。逃げよう」


 子どもたちの反応は様々だ。

 俺を見て怯える者。

 俺が持っている串焼きを見てよだれを垂らす者。

 そして、何らかの危機を察知して逃げようとする者。


 最後の、逃げようと呼びかけたのは年長者の少女だ。

 年齢は12歳ぐらいか。

 おそらくだが、俺を不躾にジロジロと見ていたことに対して、俺が腹をたてているとでも思っているのかもしれない。

 

 もちろん、俺に彼女たちを害する気はない。

 とはいえ、あわよくば鍛えてやって強くしたいとは思っている。

 場合によっては、ハードなトレーニングを課す可能性はなくもない。

 そういう意味では、彼女の危機察知能力は的外れとも言えない。


「さあ、行くよ!」


「お肉……」


 年長者の少女の呼びかけに応じて、子どもたちが足早に去ろうとしている。

 年少者の男の子などは、名残惜しそうにしているが。


 本来であれば、逃げるという選択が正しい。

 串焼きを恵んでもらえる可能性よりも、苛立ち紛れに暴力を振るわれる可能性のほうが高いだろう。


 しかしこの場に限定して言えば、逃げないという選択が正しい。

 俺は暴力など振るう気はないし、串焼きも彼女たちにあげるために買ったのだから。


 子どもたちが路地裏を進んでいく。

 俺にはこのあたりの土地勘はない。

 一度見失えば、再び見つけることは容易ではない。


 別に、一度見かけただけの孤児たちなどどうでもいいと言えばどうでもいいとのだが……。

 せっかくの縁だ。

 串焼きもたくさん買ったことだしな。

 ここはーー。


「どこへ行く……」


 俺は超速で移動し、逃げる子どもたちの前に回り込む。

 子どもの足で、俺から逃げ切ることはできない。


「あ、ああ……」


「ひ……」


「お肉……」


 いかん。

 子どもたちを不必要に怯えさせてしまったようだ。

 1人だけ、まだ肉のことを考えているのんきなやつもいるが。


「な、殴るなら私を……。みんなは逃げて!」


「レオナおねえちゃん……」


 年長者の少女が俺の前に立ちはだかる。

 なんか、子どもたちを襲うチンピラみたいになってないか?

 どうしてこうなった。

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