第9話 イノシシ鍋

 イノシシ鍋の準備が整った。

 村長が皆の前に立ち、口を開く。


「皆の者。この度、こちらのリキヤ殿がビッグボアを討伐してくださった。その上、肉を我らに提供してくれるとおっしゃっている。感謝して食べようぞ」

「うおおおお! 肉祭りだあああ!」

「ありがとね! お兄さん」

「今日はお腹いっぱい食べるぞー!」


 村の男性、女性、子どもたち。

 それぞれ、うれしそうにしてくれている。


 村長が取り仕切り、イノシシ鍋が配分されていく。

 みんながそれぞれ肉の入った皿を持ち、思い思いに堪能している。

 まずは各自に一杯が配られ、残りはおかわり自由で食べていくような段取りだ。


「リキヤさん。こちらをどうぞ!」


 フィーナがイノシシ肉の入った皿を持ってくる。

 他の者たちより、やや大きめの皿だ。


「ありがとう。フィーナもいっぱい食べろよ」

「ふふ。もちろんです。リキヤさんに感謝しながら、食べさせてもらいますね」


 俺とフィーナは隣同士に座る。

 俺はさっそく、イノシシ肉にかぶりつく。


 がぶり。

 もぐもぐ。

 ごくん。


「うまい! なかなかの味だ!」


 こういう強い獣は、残念ながらマズいのが一般的だ。

 筋肉が堅く、脂肪が少ないからな。

 それなのに、このイノシシはうまい。

 不思議だ。


 そんなことを考えてつつ、肉を食べ進める。

 いつの間にか、村の子どもたちがこちらを取り囲むように集まってきていた。


「でっかいイノシシを倒したんだよな? おっさん、すげー!」

「つよいんだな!」


 村の男のガキどもがそう言う。

 目がキラキラと輝いている。

 これぐらいの年代の男は、強さに憧れるものだからな。

 ちょっとした英雄のような感じか。


「腕もふとーい!」

「太くて硬い……」


 村の女のガキどもがそう言う。

 みんなで俺の腕にまとわりついている。

 少し鬱陶しいが、わざわざ振りほどくほどでもない。

 あと10歳をとってくれていれば、本格的に相手をしてやってもよかったんだけどな。


「ははは。俺にかかればビッグボア程度、何でもないさ」


 俺はそう言っておく。

 そこそこの接戦ではあったが、俺はもちろん全力を出していない。

 このビッグボアとは、100回戦って100回勝てる。


 そんな感じで俺がガキどもの相手をしているところに、歩み寄ってくる者たちがいた。

 村長だ。

 それに、村の若い女性たちもいる。

 入れ替わるようにして、ガキどもは去って行った。


「リキヤ殿。よろしければ、村の秘蔵の酒をいかがでしょうか。本来は、特別な日にしか出さない酒です。リキヤ殿へのお礼としては足りないくらいですが」


 村長がそう言って、酒の入った容器を差し出してくる。

 村の男たちには、既に飲んでいる者もいる。

 彼らが飲んでいるのは、これよりも少し格の劣る酒のようだ。


「ああ。ありがたくいただこう」

「では、私が注がせていただきますわ」


 村長とともに来ていた妖艶な美女が、そう言う。


「むっ。リキヤさんのお酒は、私が注ぎます!」

「うふふ。あなたみたいな小娘が相手じゃ、リキヤさんも満足できないでしょう。ささっ。リキヤさん、こちらを……」


 フィーナと妖艶な美女が少し言い争う。


「ありがとう。しかし、今回はフィーナに注いでもらおうかな。気持ちだけ受け取っておこう」

「あらあら……。そうですか、わかりました。今回は譲りましょう」


 俺の言葉を受けて、妖艶な美女はあっさりと引き下がった。

 少しもったいないことをしてしまったかな。

 しかし、フィーナの寂しそうな表情を見ると、ついな。


「えへへ。では、私が注ぎますね~」


 フィーナがうれしそうにそう言って、村の秘蔵の酒を俺のコップに注いでくれる。

 彼女は彼女で、他の酒を既に飲み進めていたようだ。

 少し酔っている。

 顔が赤くなっている。


 村長や美女たちは、酒を置いていつの間にか去っていた。

 俺とフィーナの雰囲気を察してくれたようだ。

 俺たち2人は、村の喧騒を眺めつつ、静かに酒を飲み進める。


 うまい肉と、秘蔵の酒。

 傍らには美少女。

 なかかな悪くない。


 しかし、そこに近づいてくる者たちがいた。

 今度は、若い男どもだ。


「おうおう。ビッグボアを倒しただかしらねえが、フィーナに手を出すんなら許しちゃおけねえな!」


 少しガラの悪そうな男だ。

 やれやれ。

 今は、静かに酒を堪能する気分だったんだがなあ。


 俺とケンカでもするつもりか?

 ビッグボアを倒した俺にケンカを吹っかけるということは、この男もそれなりに腕に覚えがあるのだろう。


 どの程度できる男なのか。

 これはこれで、楽しみなところだ。

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