第88話 米は尽きずに増えて逝く
美少女を助けたらバズったり惚れられたりしてウッハウハ! なんてものは小説の世界だけだろうなと俺も昨日までは思っていた。もっとも、俺の場合はその後の展開がちと異なっているのだが。
俺が助けた少女はケモ耳と尻尾のコスプレを堂々と行っているような風変わりな娘だった。しかもイズナなどと名乗っていたのだから妙に手が込んでいる。
そのイズナはお礼として、小さな箱を俺にプレゼントしてくれたのだ。
箱の中には、何故かお米が入っていた。精米されたばかりの白米のようだ。
「イズナは古来より飯綱と呼びならわすものなのです。なので、私めがお米と縁があるのは至極当然の事でございますよ」
イズナ曰く、箱の中の米は使っても使っても尽きぬ物なのだという。無論俺は半信半疑だったが、結局受け取るほかなかった。箱を受け取るや否や、イズナは忽然と姿を消してしまったのだから。
小箱の中に入った尽きぬ米。子供に読み聞かせるような昔話めいたその説明は、果たして事実だった。箱を傾けて米を出してみると、白米は箱の容積を超えても流れ出てきたのだ。出しても出しても止まらない様子なので、とりあえずどこまで米が出てくるのかを確認するのはやめた。
その時出てきたのは三合強。普通に洗って炊いたら美味しく食べる事が出来た。
米が出てくる小箱は有難い物だった。一人暮らしで食品の値上げに頭を悩ませていた所である。そんな折に、米だけでも購入しなくて済むとなる。それだけでもかなり経済的負担は軽くなっていくものなのだ。
俺がそれを実行したのは、次第に増える米に対してもありがたみが無くなった頃だった。一人かくれんぼ。ぬいぐるみに米を詰めて行う遊びである。それを敢えて敢行したのは何故だったのか。何故わざわざそれに執着したのか。米は有り余るほどあるし、だから食べ物で遊んでも怒られはしないだろう。キツネのぬいぐるみから綿を引きずり出しながら、俺はただそんな風に思っていただけだった。
或いはそれこそ、魅入られていただけなのかもしれないけれど。
※
「へぇー、ここが霊的事件の現場ですかぁ。あの事件はうちらの界隈では有名ですが、案外陰惨な雰囲気は無いんですねぇ」
「フジカワさん。そんな事を言ったら不謹慎ですよ。マンションの住民は……いえマンション周辺の全ての生物は死に絶えてしまったのですから」
「フジカワ様も桜花様も随分と余裕でらっしゃるご様子。私の方が緊張してしまいました」
霊的怪現象が今もなお起こり続けているというその廃屋に歩を進めるのは、三人の女性だった。いずれも人間めいた姿をしているが、生粋の人間は一人としていない。先天的・後天的とあれど、彼女らはいずれも異形に類するものだったのだ。
フジカワさんと桜花は異形である身を有効活用すべく、この手の仕事を日夜こなしている。三人目のメメトと名乗る少女は、触れた物の念を視る事の出来る管狐であったから、今回二人の仕事に同行していたのである。
そこで三人は、怪現象のきっかけとなった呪物の残骸を目の当たりにする事となった。一人かくれんぼを行ったために悪霊・怨霊の類を無尽蔵に呼び出してしまった。これが当局の判断だった。
そんな光景を目の当たりにして、メメトは顔を曇らせた。愚かな考えに取り憑かれた同胞と、それに騙されつつもいらん事をした人間によってもたらされた惨事であると解ってしまったためである。
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