第38話 鋭角の夢

 社会人八年目の寺田隆介には奇妙な癖があった。三角定規であれ鉛筆であれ何であれ、鋭角を見ると奇妙な感覚に襲われるのだ。

 いわゆる先端恐怖症とは違っていた。恐怖症であるのならば、鋭角を見て恐れおののくだけである。隆介は鋭角を恐れてはいなかった。むしろ鋭角に対して奇妙な懐かしさと、底知れぬ空腹感を抱くのだ。何故鋭角を見て空腹や懐かしさを感じるのか。隆介は特段気にしない事にしていた。専門家に相談すればイドとかリビドーとかそういう観点で何かが解るのかもしれないが、つまびらかにするような事柄でもないと思っていたのだ。

 別に鋭角に懐かしさや空腹を覚える程度で、何か生活に支障をきたすわけでもないし。


 そんな風にのんきに考えていた隆介だったが、その彼に更に奇妙な癖が追加されてしまった。眠る際に、毎回奇妙な夢を見るようになったのだ。夢の中で、隆介は不思議な生き物に囲まれていた。どういう類の生き物なのか、言葉にするのは難しい。

 しいて言うならば、粘液にまみれ、青黒い表皮の持ち主であるという事をぼんやりと視認できるくらいであろう。それらは必ず隆介の許にすり寄ってきた。地球上の生物とは思えない不可解な姿をしたモノが近づいてくるのである。それだけでも十分奇妙な夢と呼ぶに値する。

 しかし真に奇妙なのは――夢の中とはいえ、隆介が彼らを見ても恐怖心をひとかけらも抱かない事であろうか。


 隆介が夢で見る謎の生物の正体を知ったのは本当に些細なきっかけによるものだった、おうち時間の暇を慰めるためにネットサーフィンを行っている際に、謎の生物の説明がなされているホームページを見つけたのだ。見つけてしまった、と言った方が良いであろう。

 猟犬と形容されるその生物は、確かに青黒く粘液を持つ不可思議な姿の生物なのだという。特筆すべきは容貌よりもむしろ修正だろう。猟犬たちは鋭角より出来し、時空を超えたものを狩るのだという。鋭角。青黒い獣。画面の向こう側にある説明を眺めるうちに、別々のものだと思っていた要素が自分の中で繋がるのを隆介は静かに感じていた。



 その晩も、寺田隆介は猟犬と呼ばれる青黒い生物を夢の中で見た。とはいえいつもの夢とは異なっていた。猟犬は隆介に近付き、触れ合いだしたのだ。隆介もその間に人間の外皮が剥がれ落ち、本来の姿を取り戻していた。

――ああそうか。同胞たちは俺が戻るのを待っていたのだ。

 青黒い粘液を滴らせながら、隆介はほのぼのとした気持ちでそんな事を思っていた。

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