第11話 吸血鬼と羊
一か月半ほど前から、彼女の家にはサラと名乗る女吸血鬼が居候を始めていた。
家のあるじである彼女を筆頭に、他の人間たちもサラの存在を疑わず受け入れているのは、やはりサラが吸血鬼としての魅了の力を存分に発揮しているからだろう。ついでに言えば、サラはどことなく日本人めいた風貌の持ち主であるから、そういった所も勝因なのかもしれない。
吸血鬼との同居などと言うと物騒な趣を感じる者もいるかもしれない。しかし彼女とサラの生活は静謐で平和な物だった。彼女が見る限り、サラはそう血に餓えた雰囲気ではなかったのだ。そりゃあもちろん吸血鬼だから血を呑む事はあるが、それも何処からか貰ってきたパック詰めの廃輸血だったし、それ以外は牛乳や豆乳や飲むヨーグルトを飲んで過ごしていた。
「まぁ、最近はシェアハウスも流行っているみたいだし。女の子一人で暮らすのって心細いでしょ?」
初めて出会った時、サラはそう言って彼女に一緒に住む事を打診したのだ。その少し前にサラは自分が吸血鬼である事を愚直にも述べていた。
独りだったら、やっぱり寂しいんじゃないの? 気遣うようなサラの言葉を前に、彼女が抱いていたなけなしの戸惑いは遠くへ吹き飛んだ。サラの術中に嵌ったのか彼女本来の優しさの為なのか、彼女には解らないしどうでも良い事でもあった。確かにあの時、彼女は寂しかったのだから。
※
「牧場で、羊がいっぱい生まれたんだね……」
「出産シーズンだもんね……」
土曜日のゴールデンタイム。動物番組を見ながら彼女とサラはそれぞれ食事を摂っていた。
彼女はちょっと楽をしてコンビニの総菜が今日の夕食である。
サラもちょっと楽をしてもらった廃輸血が今日の夕食である。
二人とも若い(?)し互いに仕事で忙しいから、互いの食事がインスタントに近くてもツッコミを入れない。これが共同生活のおきての一つだった。
ところが、食い入るようにサラは羊の親子の映る画面を眺めていた。何か観念したようにうなだれたので、彼女はどうしたのだろうと不安になった。
「何か、いつもは廃輸血で頑張って来たけれど、あの羊のママを見ていたら衝動が抑えられなくなっちゃったわ」
「ちょっと待って」
サラをなだめる彼女の声には、いくばくかの焦りが滲んでいた。
「はやまっちゃあ駄目よ。変な事をして、ニュースにでもなったら厄介よ」
「大丈夫、あなたに迷惑はかけないから」
そう言ってサラは儚く微笑んだが、彼女は不穏なものを感じ取っていた。
その予想はある意味正しかった。数日後、件の羊牧場で事件が起きたと報道されたからだ。
仔羊を産んだばかりの母羊の乳の出が急に悪くなっている。そういう内容の事件だった。
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