第7話 七星犬

 私が小学生の頃、川べりの通学路に変な犬がいた。七星犬とその犬が呼ばれていたのは、小さな額に北斗七星を思わせる模様があったからだ。だけど本当は七星犬以外の呼び名もあって、どれも口にするのもためらわれるような、下品な物だった。

 まぁでも、小学生と言うのはそういう物なのかもしれない。子供は案外残酷な生き物だから。


 七星犬は変な犬だった。その変さ度合いは並大抵のものではないと子供心に思ったくらいだ。耳はキツネみたいに尖っていたけれど、毛や硬い粘土みたいなかたまりが耳の奥まで入り込んでいるように見えたし、両目はしっかり開いていたけれど、白黒の入り混じったマーブル模様みたいになっていた。目も耳もあるけれど、明らかに見たり聞いたりできない感じだった。足先も犬のくせにぺったりとしていて、ちょうど動物園で見たパンダにそっくりだった。太くぶかっこうな足でヨタヨタと歩いて、まっすぐに歩く事すらできなかったのだ。口もよく半開きにしていた。時折子供からパンくずやハムを貰っていたのだが、それは咬まずに丸呑みしたかと思ったら、すぐに尻尾の真下にある肛門から出てくる始末なのだ。

 そんな七星犬だったから、子供たちは気味悪がって近付かないか、逆に面白半分に近付いて虐めるかのどちらかだった。私は七星犬を不気味に思っていたけれど、虐められているのはかわいそうだと思っていた。何かをするわけでもなく、気付けば私は七星犬に近付いていた。

 七星犬が変なのは見た目だけに留まらなかった。その態度も変だったのだ。七星犬が虐められているのをかわいそうに思う子供は私のほかにも何人かいた。七星犬はそんな子供たちを何故か忌み嫌い、時には頭突きをかましたり咬みついたり引っかいたり、そんな攻撃的な態度に出た。頭突きは別として、七星犬には牙も爪も無かったから、攻撃されてもどうという事は無かったけれど。

 逆に、七星犬は自分を虐める相手には懐いているような素振りを見せていた。蹴り上げられ、殴られ、足蹴にされるときこそが、七星犬は幸せそうだったのだ。

 この七星犬がいたのは本当に一、二年くらいの事だったと思う。飼い主の使いだと名乗る男の人が、ニコニコしながら七星犬を連れ去っていったのだ。それから七星犬がどうなったのか私は思いを馳せなかった。あの頃は私もあの子も誰も彼も移り気な子供だったのだ。すぐに七星犬の事は忘れてしまった。


 七星犬を私が思い出したのは、大学の図書館で借りた本がきっかけだった。

 中国のモンスターにまつわる本だったのだけど、そこに七星犬であるとしか思えないモンスターが記載されていたのだ。

 渾沌と呼ばれるそのモンスターの記載を見て、私は息が止まるかと思った。この怪物は善人を忌み嫌い、悪人に媚び懐くのだという。


――そう言えば、あの七星犬を虐め抜いていた連中は、長じて悪たれ小僧となり、

少年院や刑務所の世話になっているではないか。

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