第6話 オウムの呪文

 鳥塚翔はオウムを預かる事になった。友人が飼育していたオウムである。目が黒くて羽毛が白くて冠羽が黄色い。ごくごく普通の、日本人がイメージするオウムそのものだ。

 友人は帰ってくるまで預かっていて欲しいといった。帰って来るのがいつなのか、困った事に彼は言わなかった。そうこうしているうちに友人が失踪したのだと風の噂で聞いた。一体どうすれば良いのか翔には解らない。とりあえず、オウムを飢えさせないようにせねばと思った程度だ。


「オハヨー、オハヨー」

「うん、おはよう」


 あるじが失踪したという話を知っているのかいないのか、オウム自身は元気そのものだった。白いオウムらしく時々喋るしオウム本来の声で啼く事もある。しかしいずれにしてもうるさいという事は無く、場合によってはささやかな囁き声のように聞こえる事もあった。

 件のオウムが賢いのか否か、初めのうち翔には解らなかった。喋るには喋るのだが、オハヨウとかオカエリとか比較的単純な文言を、それこそオウム返しに繰り返す程度に過ぎなかったのだから。ついでに言えばやや甲高い子供のような声だったのも、オウムに対する偏見の一助になったのかもしれない。

 いずれにせよ、食費等々はかさむが無害な存在だと思っていた。


 その意識を改める事件が起きたのは、オウムがやって来た二十三日目の夜の事だった。翔はこの時何故か寝付きが悪く、夜の中途半端な時間に目を覚ましたのだ。


「…………」

「…………?」


 常夜灯の橙色の光の中、翔は人の声らしきものを聴きとってしまった。異様な事だった。何しろ翔は一人暮らしであるから、声の主は不審者という事になる。オウムは一応喋る存在ではあるものの……鳥類ゆえに夜は眠っているはずだ。

 しかし翔は見てしまった。暗がりの中で、オウムが黒いくちばしを動かし、ブツブツと符牒を唱えているのを。それは日頃のアホ丸出しの言葉とは似ても似つかぬ調子と声色だった。


「ん・……、※、ぐは・……あ、ぶっ※=し……※ぐ、い・は…――…ぐ・……、よ…・そ……す……」


 その奇妙な符牒を唱えるのを耳にしてから、翔はもう二度と安眠できなくなった。無論眠らなければ死んでしまうから眠らざるを得ない。だが夢の世界に入るや否や、黄色い不定形の触手だとか、玉虫色の球体の異形たちと顔を突き合わせなければならなかった。

 彼にとってはそれが明確な悪夢だったのだ。


「オハヨー」


 今日も能天気なオウムの声で目が覚める。友人が自分にオウムを託した事、直後に友人が失踪した理由は、今の彼には嫌でも解った。

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