【短編】「身長が小さいから」と僕を振った幼馴染は、学年一のイケメンを彼氏にしたようです。〜でも振られたはずの僕には、学校一美人の彼女ができました。え? 復讐? そんなの必要ありません〜

じゃけのそん

第1話

皐月さつき。僕は君のことがずっと好きだったんだ」


 いつもと変わらない朝。

 前振りもなく言った僕の言葉に、幼馴染の皐月は目を丸くした。


「それって、幼馴染として?」


「ううん、異性として。一人の女の子として君のことが好きなんだ」


「そっか。けいちゃんにそういう風に思われてたなんてちょっと意外だな」


 皐月は少し頬を染めて、わかりやすく視線を逸らした。

 こうして彼女が戸惑うのも当然のことだと思う。


 だって僕たちは、小学校からの幼馴染。

 高校三年になった今年で、もう10年もの付き合いがある。


 その間ずっと僕たちは仲のいい友達だった。

 小中高、クラスもずっと一緒で、こうして毎日一緒に登校だってしてる。休日になれば、二人でお出かけする時だってあるくらいだ。


 そんな当たり障りのない僕たちの関係。

 今更何言ってるのって、そう思われたのかもしれない。


 でも僕はずっと……小学生の時から皐月のことが好きだった。


「おかしいよね。今更僕が皐月に告白なんて」


「ううん、そんなことない。圭ちゃんの気持ちは凄く嬉しいよ」


「そ、それじゃあ、僕と付き合ってくれる?」


 恥じらい混じりの僕の言葉に、皐月は小さく頷いた。


「うん、いいよ。でも——」


 すると彼女は、僕をピシッと指差して。


「今度の大会で優勝したら付き合ってあげる」


「大会で優勝? そしたら僕と付き合ってくれるの?」


「うん。約束してあげる」


「ほんと⁉︎ なら僕頑張るよ!」


 皐月の一言で、僕の中にあった羞恥心がやる気に変わった。


 これでも僕はバレー部のレギュラー。

 とは言っても、身長が低いからレシーブ専門のリベロだけど。


 皐月が言った大会というのは、今週末にある地区大会のこと。県大会と違って規模は小さいけど、それでも優勝するのは凄く大変だ。


「応援行くから頑張ってね!」


 でも皐月が応援してくれる。

 優勝したら僕の彼女になってくれる。

 それだけで僕のモチベーションは鰻登りだった。





 * * *





 大会当日。

 約束通り皐月は、僕の試合を見に来てくれた。


 彼女がいるだけで、少し調子が上がったような。今ならスパイクだって打てちゃいそうな、そんな気がした。


(まあ僕リベロだから、スパイク打っちゃダメなんだけどね)


 気分がグーンと高まったところで、いよいよ初戦が始まる。


 すると僕の予感通り、今日のレシーブは一段と冴えていた。


 相手からの強烈なスパイクを何本も拾い、サーブレシーブだって完璧にこなせた。大会という確かな緊張感の中でも、ミスらしいミスはほとんどしなかったと思う。


 そんな僕のレシーブに感化されたのか、チームのみんなの調子も良くて、やがて僕たちは1セットも落とすことなく、見事大会を優勝することができた。


 やった。これで大好きな皐月と付き合える。

 ずっと一途だった僕の努力がようやく報われる。


 大会優勝の達成感と、彼女ができるという人生初の優越感から、気づけば僕は、観客席の皐月に向けて、笑顔で手を振っていた。








「ごめん」


「えっ?」


 大会終わり。家の近くの公園。

 改めて告白した僕に、皐月は小さくそう言った。


「やっぱり圭ちゃんとは付き合えない」


「どうして……」


 浮ついていた気持ちが、一気に地の底に叩きつけられる。皐月の言葉を受け止めきれず、僕の頭の中は真っ白になった。


「優勝したら付き合ってくれるって言ってたよね⁉︎」


「うん、でもごめん。やっぱり無理」


「どうして? 今日の僕カッコ悪かったかな?」


 今日はすごく調子が良かった。

 その証拠にスパイクだっていっぱい拾った。ミスもほとんどしなかった。間違いなく、今までで一番良いプレーができてたはずなのに。


「理由を教えてよ」


 必死に理由を乞う僕に、皐月はボソボソとした口調で言った。


「だって圭ちゃん、身長小さいんだもん」


「えっ……?」


 思わず腑抜けた声が漏れる。


 僕の身長が小さい? 

 そんなの今に始まったことじゃないよね?

 昔からずっとそうだったじゃないか。


「それに私、他に好きな人がいるから」


「好きな人?」


「うん、圭ちゃんと同じ日に告白されて、今日付き合うことにしたの」


 そんな話聞いてない。

 だって優勝したら、皐月は僕と付き合うって……。


「その好きな人って?」


「圭ちゃんと同じバレー部の秋元くん」


「秋元……」


 その名前を聞いて、僕は言葉を失った。

 秋元は高身長のイケメンで、僕たちのチームではエース的存在。おまけに学年一のイケメンだろうって、うちのクラスでも噂になってる有名人。


 身長が小さくて地味なポジションの僕とは、正反対の奴だった。


「秋元に告白されたって……嘘だよね」


「ううん、ほんとだよ。大会が終わったら付き合おうって約束してたの」


「じゃあなんで……なんで僕とあんな約束したのさ」


 秋元と付き合う気なら、すぐに僕の告白を断ってくれれば良かったのに。なんで皐月は今になって、こんな悲しい事実を突きつけて来たんだ。


「一応圭ちゃんのことも友達として好きだったし、一旦様子見よーって思って」


「一応って……様子見るって……一体どういうことだよ」


「今日の圭ちゃんたちの大会、私上から見てたじゃん? それでどっちにするか決めようって思ったんだけどさ、迷うまでもなかったかも」


「それってつまり……」


「うん。小ちゃくて地味な圭ちゃんよりも、スパイクたくさん決めて凄く目立ってた秋元くんの方が断然かっこいいし、彼氏にはもってこいだなって思っちゃった」


 酷い言われようだった。

 リベロが地味なのはまだしも、幼馴染の皐月に身長のことを言われるなんて。


「それじゃ皐月は小ちゃくて地味な僕よりも、身長が高くてイケメンな秋元がいいんだね」


「いいっていうか。普通に考えて迷うまでもないかなって」


「そっか、わかったよ」


 悲しかった。凄く虚しかった。

 小さい時からあんなにも仲が良かった皐月が。僕にとって一番の存在だった彼女が、僕をそんな風に思ってた。


 小さくてもいいんだよって。身長なんて関係ないよって。背が伸びない僕を、励ましてくれたあの言葉。勇気をくれたあの言葉。


 あれも全部嘘だったんだ。


「ごめん。僕、今日はもう帰るね」


 これ以上皐月の顔を見るのが辛い。声を聞くのが怖い。

 そう思ってしまった僕は、逃げるように公園から去った。


「僕だってほんとはもっと大きくなりたかったよぉぉ……!!」


 本音とともに大粒の涙が頬を伝った。

 その涙のせいで、視界はずっとぼやけっぱなし。


 大好きだった幼馴染。

 僕とずっと一緒だった皐月でさえ、僕と付き合うのは無理だと言った。


 結局女の子はみんな、背が高くてイケメンで、目立ってる人が好きなんだ。僕みたいな小ちゃくて地味な奴は、きっと誰にも好きになってもらえない。


 こうして僕の10年越しの恋は、見事に玉砕した。






 * * *






 次の日。

 僕は皐月を避けるように一人で登校した。普段よりも30分も早く家を出たせいか、教室にはまだ誰もいない。


「ん? なんだろこれ」


 座ろうと椅子を引いたら、机の中から何かがはみ出してる。

 真っ白な紙のような……。


「……手紙?」


 手に取って見ると、どうやらそれは手紙。

望月圭太もちずきけいたくんへ』って、僕の名前が書いてあるけど……。







「……えっ……えぇぇぇぇぇぇ⁉︎」







 内容を見た瞬間、思わず大声が出た。

 だってこの手紙……まさかまさかのラブレターだったから。


「大会優勝おめでとう……私はずっと圭太くんのことが好きでした⁉︎」


 凄く丁寧な字で僕を好きだと書いてくれてる。でも表にも裏にも、差出人の名前は書かれていなかった。


「いったい誰がこれを」


 ラブレターを片手に立ち尽くしていると。


「圭太くん、おはよう」


 不意に扉の方から僕を呼ぶ声が聞こえて来た。僕は反射的に手に持っていたラブレターを急いで背中に隠す。


「あ、相生あいおいさん。おはよう。随分早いんだね」


「うん、今日私日直だから」


「そ、そっかそっか」


 登校して来たのは相生雫あいおいしずくさん。

 同じクラスながら学校一の美人と噂されている、とても綺麗でお淑やかな人だ。


「圭太くんはどうしてこんな早くに?」


「あ、あはは……ちょっと成り行きでね」


「そうなんだ。水無月みなずきさんと一緒じゃないなんて何だか珍しいね」


「そ、そうかもね……」


 水無月さんとは皐月のこと。

 当然相生さんも、俺と皐月が幼馴染なのは知ってる。


「そういえば。大会優勝おめでとう」


「あ、ありがとう。でも、どうしてそれを?」


「私も昨日、圭太くんたちの応援に行ってたから」


 なんと。

 皐月に加えて学校一美人の相生さんまで応援に来てくれてたなんて。


(そういえば、他の学校の人が噂してたような)


 めっちゃ美人な人がいるって、観客席が少し騒ついてた。

 あれは相生さんが来てくれてたからだったんだ。


「でもどうして応援なんて」


「そ、それはっ……」


「ん?」


 なぜか頬を赤く染め、モジモジとする相生さん。

 心なしか僕を見る目がハートマークな気がするけど。


 この反応……もしかして……。


「……もしかして、僕を応援するため?」


 コクン。


「てことはこのラブレターも……」


 コクン。


「えぇぇぇぇえぇぇぇぇ!!!!」








 まさかだった。

 まさか相生さんが僕のことを好きだなんて。


「で、でもどうして僕……?」


「だって圭太くん、凄く優しくてかっこいいから」


「か、かっこいい? この僕が?」


「うん」


 コクリと頷く相生さんの顔は真っ赤っ赤だった。今にも火を吹きそうな彼女を前に、僕の胸の鼓動は踊るように高鳴る。


「でも僕、見ての通り小さいし」


「小さくても、あんなに凄いレシーブたくさんしてたよ?」


「で、でも……リベロなんて所詮地味で、スパイク打つ方が断然かっこよくて……」


「私の目には圭太くんが一番かっこよく見えたよ? チームのために床を転がりながらしぶとくレシーブする圭太くんが」


 確かに昨日の僕は凄く調子が良かったと思う。


 でも結局はリベロだし、歓声が湧くのはいつもスパイクが決まった瞬間。僕みたいな小さい人間がいくら頑張ろうと、背の高い人たちには敵いっこない。


「そ、そういえば。この手紙に『優勝おめでとう』って」


「うん。できるだけ早く伝えたくて」


「でも大会があったのは昨日だよ? なのになんで今日僕が来た時にはあったこの手紙にそれを書けたの?」


 僕が教室に来た時、相生さんはまだ来ていなかった。


 ということは、先週の時点でこの手紙は僕の机に入ってたってことになる。まだ結果が出ていないそんな状況で、どうして優勝できるってわかったんだろう。


「それはね。圭太くんを信じてたからだよ」


「僕を……? 信じる……?」


「絶対優勝するって、私、知ってたから。だから手紙に書いたの」


 相生さんの言葉に僕は思わず目を見開いた。


 こんな小さな僕を信じてたって。

 絶対優勝するって知ってたって。


 その言葉だけで、冷え切っていたはずの心が、温もりを取り戻していく気がした。


「迷惑だったらごめんね。でも、それが私の正直な気持ち」


「迷惑だなんてそんな……! むしろ嬉しすぎてどうしていいのやら……」


「うふふっ。コートではあんなにかっこいいのに、こんな可愛い一面もあるんだね」


「……っっ!!」


「でも、そんな圭太くんも大好き」









 相生さんからの告白は、僕にとっての衝撃だった。

 僕が抱えていた悩みや不安を忘れさせてくれる、吹き飛ばしてくれる、そんな夢のような出来事だった。


 あの後。

 僕は改めて相生さんから告白された。


 返事はもちろんイエス。

 背が低い僕を好きだと言ってくれた彼女を断る理由はなかった。


 きっとあのラブレターを読んだ時には、僕はもう相生さんのことが好きになっていたんだと思う。それくらい彼女は誠実で、僕の理想を余すことなく叶えてくれる、そんな素敵な人だった。






 もしかして僕、結構ちょろいのかな?







 学校一美人と言われている相生さんと僕が付き合い始めたという噂は、瞬く間に学校中に広がった。


 もちろん、僕を振った幼馴染の皐月にも。


「圭ちゃん、相生さんと付き合い始めたってほんと?」


「うん、ほんとだよ」


「圭ちゃん、私を好きだって言ってたのに……もしかして私を騙したの?」


「騙してなんかないよ。ただ……」


 背が低いからと僕を振った。

 小ちゃくて地味だと僕に言った皐月に、僕は。


「ただ、今はキミよりもしずくの方がずっと好きだから」


 復讐にも満たない、そんな本音をぶつけてみたりもした。

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