第24話 集合

 裏倉庫街。

 城の裏手と言う立地故なのか基本的に年中薄暗く、関係者以外の人間はまったくと言っていいほどに立ち入ることのない倉庫街の一つ。

 通称に裏と付いて若干あやしい字面になってはいるが、実のところ薄暗い雰囲気と南門が裏門と呼ばれているためにつけられただけのごくごく普通のどこにでもあるような倉庫街である。

 ピークを過ぎ人気のないその倉庫街周辺に、四方八方から続々と足を踏み入れる人影があった。


 全部で二十ほどの人影。

 二十人の男たち。

 街中から泡のごとく湧き出すようにして突如として姿を見せたその男たちは、様々な方向から時間差をつけ倉庫街へと入っていく。

 散歩をするかのように気軽な軽い様子を見せてはいるものの、その足取りにはどこか慎重さが見え隠れしていた。いかに人気が無いとはいえ彼らは不自然なほど人に会うことなく、素知らぬ顔で素知らぬ素振りを見せている。

 

 一目で一般人ではないと分かる男たち。

 なぜ一目で分かるのか。

 それは簡単なことで、それこそ一目見れば分かることだ。

 なぜなら全員ではないにしろ十八人の男たちの顔には大小様々ではあるが、くっきりと傷跡があるからである。それも事故でついたようなものではなく、確実と言っていいほどに武器などでつけられたと分かる傷跡だ。


 街中で普通に生きてきたのであればつくことのない傷跡。

 なら顔に傷のない残りの二人はと言えば、別に顔に傷跡がないないだけで服の隙間からは傷跡がチラリと見え同様に一般人ではないと分かる。

 ただ不思議なことに直接姿を見なければ、注意して観察しなければ、普通でないと理解できず、雰囲気だけは異様なほど普通であった。

 彼らは一般人のふりをした、一般人の皮を被った、一般人とはかけ離れている男たちである。


 なんともちぐはぐさを感じてしまう二十人の男たちは各々倉庫街に入ると、いっそうに周囲を警戒しつつ奥まった場所に建っている一つの倉庫の中へと入っていく。

 その倉庫と言うのが、言わずもがな繋が目を付けて目を向けている倉庫だ。


 はるか遠くで繋が視ているとは当然知らない、それ以前に考えもしていない男たちは慎重に誰にも見られることなく倉庫の中に入ると、猫のように纏っていた普通という空気を脱ぎ捨て、醸し出す空気を雰囲気をガラッと変えた。もしくは、本来の空気を纏いなおすと言った方がいい。


 新たに、あるいは再び纏ったそれは、歴戦の戦士と言ってしかるべきものだった。

 今この倉庫内にいる男たち全員が、例外なくそん色なく非常に尖った刺々しいほどの雰囲気を漂わせている。こんな命を懸けた争いの無い、命に直接触れるような争いの無い王都にいるよりも、怒声や罵声が飛び交い血飛沫が舞い散って臓物が吹き出し命がゴミクズのように捨てられていく戦場の真っただ中にいる方がよっぽど自然と思えるほどの連中だ。

 あるいは、身体の半分以上が棺桶の中にいてしかるべきかもしれない。


 彼らの正体は傭兵である。

 もしくは、元傭兵と言った存在。

 倉庫内に入り心地よさそうに纏う空気を変化させた傭兵たちは倉庫の壁際にいくつも置かれている大き目の箱の前に移動すると、それぞれ箱のふたを開け慣れた手つきで箱の中身を取り出していく。


 箱の中に入っていたのは、数種類の衣服に皮鎧や軽鎧。そして剣や弓、そして杖などの武器武具等であった。それらはどれもこれも十全に使い込まれており、新品とはほど遠いものである。


 各自中身を取り出した傭兵たちは、これまた手慣れた様子で着替えはじめた。

 誰一人として口を開くことなく無駄口を開くことなく手早く着替えると、そこには傭兵と言うよりも冒険者然とした男たちが揃う。

 それと同じように顔に傷のない二人の傭兵たちも着替えていたのだが、彼らは冒険者のような服装ではなく商人と言ったような服装を着ていた。

 商人、と言っても街中に店を構える商人が着るような綺麗な服ではなく、使い込まれくたびれた服であり、例えるならどんな辺境の地でも足を向ける行商人と言ったような恰好である。


 こうして倉庫に集まった二十人全員が着替え終わると、おもむろに床に座り込んで武器の手入れや壁に背を預けて目を閉じるなど各々しばらく時間を潰し始めた。

 そんな時間が数分ほど経った頃だ。

 どこにでもいそうな三十代から四十代くらいの男が、いつの間にか倉庫の中に入ってきた。それはもうごく自然に、まるで自宅に帰宅するかのような気軽な様子で。


 中に入ってきた男は、本当にどこにでもいそうな風貌をした男であった。

 どんな村にも、どんな街にも、どんな国にも十人でも百人はいそうな男なのだが、目を離してほんの十秒後にはもう顔を覚えていないほどに存在感の希薄な男だった。

 影が薄いのではなく、存在が薄い男。

 例えるなら、幽霊じみた男だ。


 傭兵たちは入ってきた男に軽く目線を向けると静かに動きはじめ、男はそんな彼らの動きにかまうことなくその中の一人に近づいて短く声をかける。

 男が声をかけたのは、行商人の恰好をした一人の傭兵であった。

 二十人いる傭兵たちの中でも雰囲気が一段階と濃く、直感的にその彼がこの傭兵たちの頂点だと理解できる男。理屈ではなく、感覚で理解させてくる人間。カリスマ性を持った人間とでも言えば分かりやすいだろう。


 存在感の薄い男は一言だけその男、隊長に短く言葉を呟くと入ってきた扉と反対側にある扉の方へ歩き出し、入ってきたと同じように自然に出ていく。

 何事もなかったかのような表情で。ちょっとそこまで散歩してきます、と言った軽い雰囲気で。

 男が出ていった直後、傭兵たち全員が揃って隊長へと目を向けた。

 隊長はそんな仲間たちへ向けて首を縦に振る。

 そして、隊長を先頭に傭兵たちは倉庫の外へと躍り出た。


「さて、そろそろか」


 すべてを視ていた繋は傭兵たちが動き出したのを目にすると、待っていましたとばかりに呟いてのっそりと立ち上がり裸足で芝生を踏みしめる。

 今すぐにでも動ける状態になった繋は目を細め、傭兵たちがどんな動きをしてくれるのかと楽しみにしつつ目を逸らすことなくさらに注視しニヤリと口元を歪めた。

 本当に楽しそうな笑みである。


 倉庫から出てきた傭兵たちは、隊列をなしてまっすぐに南門へと向かって歩いていく。

 隊列、と言っても軍隊のように規律正しく規則正しいものではなく、冒険者姿の傭兵たちが荷物を背負った行商人姿の二人を大まかに前後ではさむようにしたものだ。その光景は雰囲気も含め、まごうことなく冒険者に護衛される行商人と言った集団にしか見えないものである。


 商人の護衛依頼と言う日常的な光景に紛れ、何事もなく南門を通り抜けて王都の外へと出た傭兵たちは、門兵の姿が見えなくなる場所までしばらく歩いていく。

 両者ともに姿が見えなくなる場所まで移動すると傭兵たちは立ち止まり、


「グラル」


 隊長は振り返って同じく行商人の恰好をしているもう一人に声をかけた。


「へいへい、ちょいとお待ちくださいよっと──【トレース】」


 ぼさぼさの黒髪で無精ひげを生やしているどこか胡散臭く飄々としたグラルと呼ばれた男は、手の平を上にして右手を前に出す。

 伸ばされた指には小さめの黒い魔鉱石がつけられている指輪型の魔道具がはめられており、グラルが発動キーを口にすると黒い魔鉱石が鈍く光りステータスの時のように目の前にクリアブラックのパネルが展開された。


「ん~どれどれ」


 グラルは展開されたパネルに目を向け操作を始める。

 パネルには中心で交差するように黒い十字の線が表示され、交差点を中心として等間隔で円が描かれていた。見るからにレーダーだと分かるパネルには、中心部と上部の二か所に赤く点滅している点が表示されている。


「この距離から見て、そうだな。反応は変わらずテルンの丘から動いていないってところだぜ、隊長さんよ」

「そうか、なら急ぐぞ」


 と、グラルの言葉を聞いた隊長は即座に正面を向き指示を出す。

 その指示により先頭の傭兵が即座に動き出し、周りもそれに従って動き出した。

 全体的に早足で動き出した集団の中、グラルはパネルを展開しつつそれに目を向けながら器用についていく。


  

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