第13話 八百万

「ちゃ、ちゃうねん」


 そこは、白の一言で言い表せるほどに、なんとも白かった。

 上下左右、前を向いても後ろを向いても、三百六十度どころか七百二十度に至るまで。見渡す限り見渡せる限り見渡すほどに、汚れ一つ染み一つ穢れ一つない、白一色で白一色しかない真っ白な空間だった。


 ここは神界。

 八百万の神々が住まう世界。

 そしてこの場所は、八百万の神々にそれぞれに割り当てられた空間の一つ。


 とある女神に与えられたそんな空間の中心で、繋は一人の少女の頭部を正面から鷲掴みにして腕の力だけで軽々と目線の高さまで持ち上げていた。

 いわゆる、プロレス技のアイアンクローである。

 繋に顔面を鷲掴みされている少女は、地面にまで届きそうなほどに長い綺麗な緑色の髪が印象的な少女だった。その身に纏っているのはゆったりとしたドレスで、この空間と同様に真っ白く一切の穢れが無い。


「俺はまだなんにも言ってないが、なにが違うんだ?」


 満面の笑みを浮かべ、繋は似非歓声弁を口にした少女に尋ねる。

 笑顔とは名ばかりで、完全に脅すためだけの表情だ。


「え、えっと、それはね」


 繋が浮かべている背筋の凍るような笑顔を少女は指の隙間から目にしたのか、あからさまに直視しないよう目線を横に逸らした。だがそうして逸らしたとしても繋の追及が止まるわけでもなく、


「うんうん、それは?」


 有無を言わさぬ声で先を促す。


「……てへ?」


 少女は口を一度閉じると、小さく舌を出してすっとぼけた。

 見事なまでの、神経を逆撫でるほどに見事なまでのすっとぼけである。

 そのなんともふざけた態度を見せた少女に繋の表情は笑顔の状態で凍りつき、次の瞬間には刹那的に明確な怒りの表情へ豹変すると、


「いっぺん死ねや! この駄女神様よぉ!」


 世界中に轟きそうなほどの怒声を少女へと吐き出しつつ、少女の頭を掴んでいる腕に血管が浮き出るほどの強い力を込めた。

 ゆっくりと徐々に徐々に段階を踏んだ力の込め方ではなく、一気に一瞬にしてそこら辺に落ちている石ころ程度ならば簡単に砕けてしまいそうなほどの力を。

 これぞまさに、アイアンクローである。


「ぎにゃぁぁぁ! 痛い痛い痛い! 割れる! 潰れる! 飛び出る! ひしゃげる! おろして! 離して! やめて! ほんと謝るからさぁぁぁ! ほんとに悪かったですって! ごめんなさいってばぁぁぁぁぁ!」


 万力のような強烈なアイアンクローによって、当然のごとく少女の口からは悲痛な悲鳴が上がった。これまた世界中に響くかと思えるほどに、これでもかと言わんばかりの悲鳴。

 心臓の弱い人であれば、この悲鳴を聞いただけですぐに心臓が止まりそうだと思ってしまう。もしくは、地球の人口の三分の一が一瞬にして絶命しそうなほどの悲鳴だと言えるかもしれない。


 少女は悲鳴を上げながら両手を使って繋の腕を引き剥がそうともがき、どうにか逃れようと両足をばたつかせているが、その様子は酷く残念だと言えなくもない。

 だが少女の努力は無駄だと言わんばかりに、繋の腕はびくともせず無駄な努力と言っても過言ではないだろう。それでも少女はどうにか逃れようと必死に懇願を口にし続け、注射を嫌がる子供のように暴れ続ける。


「ハハハ、ゆ る さ ん」


 だが青年は少女を許さない。

 怒りの表情から楽しそうな笑顔へと変わっても、みじんも許す気配が無い。

 もがきながら少女が口にし続ける懇願の悲鳴を、目がまったく笑っていない笑顔で却下する。


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