06 人の役に立つ仕事



「あ、言ってませんでしたっけ、この建物で働いている人はみんな、転生者の人ですよ」

 ライブを終え、二階に戻ったミーカに尋ねてみると、あっけなく答えられた。すでにいつものシャツとスラックスに着替え、てきぱきと二階を整えていく。まずは表玄関、何でも屋オール・ワークカンポ、と書かれた札を裏返し、閉店中、を表に。だがその下には東京都のシンボルマークに日本国旗、それからTOKYOの文字。転生民なら思わず開けたくなるだろう。

「キィハァルさんはもう十五年ぐらい、って言ってたかなー、元はラーメン屋の店長さん。都内に五店舗ほど経営してたそうですよ。給仕の高橋のおばちゃんは二十年……元デパートの美容部員さんだったんですって」

 室内に入ると、壁に貼られている何でも屋としての実績を謳う張り紙を裏返していく。くるり、くるり、ぱさり。するとそれは「税金で みんな安心 転生ライフ」だの「転生民登録は1980/04/01より、義務付けです!」だのと書かれたポスターに。

「…………あ、そうか、つまり……この建物は……公共事業として機能してるのか!」

「ですです。私と冬杜さんで、結構苦労して建てたんですから」

 最後に、窓口の上に置かれた「何でも屋オール・ワークカンポ」という木の立て札を裏返す。あらわれるのは「東京都とうきょうと行政ぎょうせいサービス いせかい出張所しゅっちょうじょ てんせい支援課しえんか」の文字。貧乏くさい何でも屋の事務所が、一気に、貧乏くさい役所の一角へと変わった。

「なるほど……そうだ、話は変わるんだけど……僕はあんまり、音楽とかはわからないんだけどさ……君のライブ、すごかったよ。冬杜さんから聞いたけど、君はその……元アイドル、アーティスト……? つまり……本職の人だったんだって?」

「……本職の人って!」

 けらけら、楽しそうにミーカは笑った。その顔は本当に、ただの十七歳の少女の朗らかな笑顔。公平はステージ上の彼女を思い出して、不思議な気持ちになった。

 ミーカ・ワイス、十七歳。日本での本名は中邑なかむら美佳みか、というよりは、アイドル、アーティストのMIKAミーカと言えば、知らない者はいない……という。

「……私、結構、そこそこ……いやぶっちゃけすごい、有名だったと思うんですけど……」

「あー……ごめん、あのー……もう、十年ぐらい、テレビは見てないんだ……」

「いや配信とか…………いや、うん、本当にそういう人ですね、公平さんは」

「な、なんだよ、本当は知ってるって思ってたの? 僕が君のこと」

「いやだって、ここ数年転生した人に会って、私の顔が知られてなかったこと、なかったですもん! そう思っちゃいますよフツーは……」

 そんなに有名人なのか? 紅白とか出てたのかな……などと思ってしまう公平。実際にMIKAは出演していないものの、動画サイトのPVは累計再生回数二億を軽く超えている。

「だから……公平さん、アイドルだかアーティストだか知らないけどオレは別にフツーと同じで接しますけど? みたいな人なのかなー、って、思ってました、えへへ、ごめんなさい」

「なんだいそれ?」

 首をひねる公平。それを見て笑いをこぼしてしまうミーカ。

「……いやー、公平さんは、すごい、ですね。私が憧れてた漫画みたいな公務員の人が、ぽーんって現実に出てきたみたいです」

「あれだけのライブができても……他の職業に憧れるものなの?」

「本職の人、をやってると、堅実で安定した世界に憧れるようになるんですよ……」

「え……アイドル、アーティストさんって、雇用形態はどうなってるの?」

「事務所によりけりですけど、私は自営業でした。税金とかの細かいことは事務所の人がやってくれる感じでしたけど」

「じゃ国保? ……って、親御さんの保険があるか」

「いえ、私、昔に両親ともに事故で死んじゃってるんで。アイドルでお金稼げるようになってから初めて自分名義で国保入りましたけど……あれ、なんであんなに高いんですか!? 最初に見たとき、逆にビックリして入院しそうだったんですけど!?」

「……ま、まあ、年収五十万円の人にも、年に五、六万請求するシステムだからね……でも君はたぶん、上限でしょう? すると……言葉は悪いけど、誤差みたいなもの、じゃあ?」

「う~……私、お金のことは、絶対きっちりしたいんですよぉ……みみっちいとか言われてましたけどぉ……だから公務員に憧れてたんですよ……安定と堅実……」

 冗談めかして祈るように手を組み、夢見る顔。おどけた顔は本当に、十七歳でしかない。公平は彼女の両親のことが少し気になったけれど、たぶんもう、彼女の中では折り合いがついていることだな、と思って触れずに済ませた。

 MIKAは、十一歳の時にSNSに投稿したマイケル・ジャクソンのカバーが有名アーティストにシェアされ、そこから火がついたアーティストだ。本人はアイドルを自称していたけれど、やっていたことはシンガーソングライター、ギターを持って、打ち込みもやり、自作の曲を歌う。現実の、現代の言葉で現代を歌う彼女の歌は、アイドルのようなルックスと相まって、幅広い層から支持を得た。

 だが十五歳にして武道館公演にドームツアー、アメリカツアー、ワールドツアーをやると「やりきったので!」と言い放ち引退。知名度はさらに跳ね上がり、世界的に有名と言っても過言ではない存在と化した。さらに、彼女が家の風呂場で足を滑らせて事故死した、というニュースが流れたときは、MIKA追悼のカバー曲投稿が全世界的に流行したほど。

「公務員って言ったって、そこまで安定はしてないよ。だってある日突然黒服に囲まれて、謎の美女から辞令を突きつけられて異動させられるんだぜ、異世界に」

「あはは、すごい波瀾万丈だ」

「それまでの仕事だって半グレみたいな連中とやり合うしさ……でも君、公務員に憧れてる割には、こっちでまた、本職の人のことやってるじゃないか、やっぱり天職なんだよ」

「あれはついでみたいなものですよ。今の本業は、こっち、ですから」

 書類をぺしぺしと叩いてみせるミーカ。

「私はなんていうか、人の役に立ちたいんですよね。歌を歌うのも、そのためで……」

 真剣な目で言うミーカ。少し深く息を吸う公平。

 若者が、人の役に立ちたい、将来はそういう仕事がしたい、というようなことを言っていると公平はいつも、あーあ、という気持ちになっていた。人の役に立ちたい若者たちは、医者や弁護士や国連職員を目指すだけで、生活保護ケースワーカーや、鉄道の保線作業員や、ゴミ収集車ドライバーを目指してくれないよな……と、公平はいじけながらよく考えていた。

「どんな人にも届くのは、やっぱり歌だろうな、って。でも、こっちの仕事は直接、ですから。まあその、どっちがどっち、ってこともないんでしょうけど」

 けれど、てへへ、と少し照れたような笑いを浮かべるミーカの顔を見ていると、いじけた気持ちはどこかに消えていくような気がした。

「……って、なんかその、自分語りしちゃいましたね、すいません」

 少し顔を赤らめたミーカが、ぱたぱたと手で自分を扇いでいる。その仕草がかわいらしくて、思わず公平の頬もほころんだ。

「いや、同僚のそういう話は聞いておきたいよ。ありがとう」

「え、同僚……?」

「……あれ、なんかヘンかな……?」

「あ……いえ、私……そういう風に言われたことなくて、ちょっとびっくりしちゃいました。えへへ、でもいいですね、同僚……ふふ」

「あはは、じゃ、同僚のミーカくん働こうか……って、まずは相談者さんを待つ感じ?」

「基本はそうですね。異世界申告の期末でもない限りは混みませんけど……今日は相談予約一件。カイト・ロークさん。旅団パーティ関係の給付金相談です、もうすぐいらっしゃると思いますよ」

旅団パーティ関係……あの失業保険みたいなやつか。よし……もう一回手引き、読んでおこう」

「ふふ、頼もしい。明日も一件、予約があります。こっちは……うーん……なんだろう、ちょっとはっきりしないんですよね、人づての予約で……」

「まぁ、役所の窓口に来てから、相談者さん自身、悩みが何かわかる、なんて珍しいことじゃないさ。我々はそれに、体当たりでぶつかって行くのみ、です」



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