02 人が変われば社会も変わるが、社会があるなら役人はいる



 約百年前のこと。

 日本のとある大学で、一つの実験が成功した。

 次元高力踏破装置陣、と呼ばれたその実験器具は、青い光を放ち、自ら実験台となった科学者を異世界に到達させた。やがてその装置は魔方陣と呼ばれ、日本の最高機密となり、密かに研究が進められることとなった。だがやがて判明した一つの事実は、自分たちは異世界に到達した最初の人類ではない、ということ。

 地球世界で死んだと思われていた人間が、ちょくちょく、異世界にはいたのだ。いわゆる、異世界転生者、である。調べによると日本からは、年に百人程度が転生していたのだ。

 時の日本政府は転生者たちの生態を調べ尽くしたが、転生を起こす条件はわからず、魔方陣の改良もできなかった。一つの魔方陣につき、一人の人間が行き来することしか出来ず、両方の世界で共通していないモノの存在は、行き来不可能。

 第二次世界大戦の後。

 すべての秘密は戦勝国を通し各国に知れ渡り、魔方陣技術についても同様、各国で同じものが作られることになった。異世界は人類の新たな可能性として捕らえられ、各国はゴールドラッシュにも似た、異世界ラッシュに湧いた。魔方陣技術はやや進歩し、魔方陣を使う人員の引き継ぎも、それまで年単位かかっていたのが、一分程度で可能となった。

 だが、目に付く発展と成果はそれだけだった。

 転生者たちによる異世界文化の汚染は、もはや取り返しのつかなくなりそうなところまで来ていた。風呂や火薬、民主主義や車輪を異世界で再現して甘い汁を啜ろうとした転生者たちを、止めなければならない。あらゆる文化は相対的なものであり、その間に優劣は存在しないという文化相対主義がちょうど地球で流行し始めた頃のことだったので、話はスムーズに進んだ。

 こうして誕生したのが、異世界公務員制度である。

 その使命を、ここで少し紹介しよう。以下は異世界公務員たちが、その職務に就く前、熟読を義務づけられる冊子からの抜粋である。


 ~わたしたちと異世界~


 魔方陣は発明当初こそ、日本の独占技術でしたが、現代では国連下部組織、異世界交流二十カ国連盟、略称「ZOCゾック」による厳密な管理を受け、異世界交流における三原則に則って運用されています。

 三原則とは、まず、異世界に対する文化不干渉原則。

 異世界において、私たちが異世界人であることを知らせたり、地球の科学技術を持ち込んだりするようなことは、厳に慎まなければなりません。異世界が持つ、地球における十二世紀に似た(同等である、と考えてはいけません)科学水準、倫理基準を、決して「遅れた」ものだとは考えず、尊重すべき異文化と捉え、敬意を持ち、対等な交流を深めていくことが大切です。

 次に、魔方陣不拡散原則。

 ZOCゾック加盟の二十カ国以外への魔方陣貸与、売買、あるいは制作技術の譲渡などは厳しく罰せられます。加盟国同士での場合も同様です。

 最後に、世界機密保持原則。

 魔方陣と異世界に関する情報は、すべて、世界機密に指定されています。野放図な漏洩は厳に慎まなければなりません。これは異世界の安全を守るためにも、最重要の原則です。

 この三原則は異世界に関わる人すべてが、固く守らなければならないものなのです……。


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