ただの地方公務員だったのに、転属先は異世界でした。~転生でお困りの際は、お気軽にご相談くださいね!~
石黒敦久/電撃文庫・電撃の新文芸
プロローグ
そこが世界である限り、お役人は必ずいる
「えーと……ここの、
不安そうな顔をした冒険者が一人、窓口を挟んで一人の青年を見つめていた。
シンプルな白いシャツに、シンプルなスラックス。腕には黒い、アームカバー。二十代中盤。いかにも係の人、といった風体の青年は差し出された書類に目を落とし、笑顔で答える。
「あ、そこは
これと言って特徴のない男だった。小一時間話しても、顔を思い出すのが難しいだろう。声も、高くも低くもない、印象に残らない声。
けれど、決定的に変わったところが一つ。
頭の上に、青白いウィンドウが表示されている。
〈異世界公務員
二人がいるのは、何やら古めかしい木造の部屋。中央のカウンター、窓口を挟んでいる。縦長の案内板が窓口の上に立っていて、そこには妙に丸みを帯びた文字で、こう記されていた。
〝
「詳細欄に、討伐予定
青年、吉田公平がそう言うと、対面の男は顔を輝かせた。
「マジすか……!? オレてっきり自己都合になるかと思ってたんスけど……いいんスか!?」
ぼろぼろの革鎧、頬はやつれ、髭はぼうぼう、頭上には〈
「もちろんです。カイトさんが
机の上の書類には〈東京都第二十四区特別行政域異世界 旅団離脱給付金申請書〉とある。犯罪者……もとい、冒険者カイト・ロークは安心して胸をなで下ろし、言われたとおりに記載を進めていく。が、途中で公平が声をかける。
「あ、すいません! ボス、のところは領域主、と書いて、ルビで、ボスでお願いします」
「あ、え、どうしよう、ガーって消しちゃって……」
「あ、二重線で消していただいて、横に訂正印…………は……ないから……えーと……」
そこで、にゅっ、と、朱肉を持った白い、小さな手が一本、伸びてきた。
「訂正印は拇印で大丈夫ですよ」
手の後に顔をのぞかせたのは、まだ十代後半に見える少女。こちらもシンプルな白いシャツに、シンプルなスラックス。公平と同じ格好だったが、首元に巻いた細いチョーカーが、シンプルな服装を引き立てていた。顔も公平とは違い、一目見たら忘れられないだろう。
アンティークドールのように神秘的で整った顔。しかし表情は明るく、意志の強そうな眉と、凜としたまなざしが印象的だ。艶やかな黒髪を
頭上には、やはり青白いウィンドウ。〈異世界公務員嘱託職員 ミーカ・ワイス〉。
「ふふ、どーぞ」
「……あ、はい!」
我に返ったカイトは朱肉を受け取り、ぐりぐり、必要以上に強く親指を書類に押していく。
「……しっかし参りましたよ……二年間、一緒にやってきた仲間だってのにいきなり、お前はクビだ、ですから……装備も金も全部取り上げられちまって……」
手を拭き、書類を埋めながらぼやくカイト。
「それは災難でしたね……申し訳ありません、ここが日本でしたら、社労士や弁護士の方も紹介してしかるべき事案だとは思うんですが……しかしカイト様、
公平は無難に相づちを打ちながら、彼の書類を眺めている。
「ハハッ、大したモンじゃないですよ。二年前トラック転生したときに手に入れた零次スキル、
「……それはさぞかし……ご苦労、なさいましたね……」
「いえとんでもないッス! まさかこんな、転生者を助けてくれる制度があるなんて、思ってもみなかったです……ワイスさんが声かけてくれなかったら、どうなってたことやら……」
「なにか困ったことがあったら、お気軽にご相談くださいねー」
少女、ミーカは元の席に戻り、なにやら書類に書き込みながらも、軽い口調で答えた。
「ええ、マジで助かりました……これで……これでようやく……!」
かっかっかっ、と勢いよく書類を埋めていくカイト。
「ええ、給付金で生活を立て直していただいて、また新たな
朗らかに言う公平。だがカイトは、ぶっ、と吹き出し、公平の顔を見ながらにやにや笑う。
「ハハ、わかってないなぁ吉田さん! オレ、要するに、パーティ追放されたわけなんですよ、ってことは、やることは決まってるじゃないスか! ざまぁですよざまぁ!」
熱く語るカイト。
元々ネット小説サイトの愛好家だったカイトが一番好んでいたのが、ざまぁと呼ばれるジャンルだった。ジャンルのお約束に則れば、この後カイトは失意の中、あるいは絶望に暗く心を燃やし、元のパーティに対する復讐を果たしていくことになる。それが意図的な形か意図しない形かは様々だが……。
「……はい? ザマ? と、言いますと……?」
公平はきょとん、としてカイトを見つめた。
カイトもカイトで、公平を見つめ返した。
「……はい? ……いや、だからほら、パーティ追放だから、ざまぁじゃないスか? スローライフもいいっスけど、オレ、根が戦士タイプっていうか」
「…………あ、これは失礼しました。私まだ、異世界は不慣れなものでして……こちらの異世界に、ザマー、という……なにか、そういう名前の行為が?」
流れる微妙な空気。公平が「ザマー」を「サマー」と同じアクセントで言うものだから、ミーカは思わず吹き出しそうになってしまって、唇を噛んで堪えた。
公平ときたら、異世界は不慣れ、どころではない。
異世界転生どころか、ゲームやマンガ、ライトノベルにアニメ、そういった知識が、まったくない。まったくないのにこうして異世界の役所に座り、転生した冒険者の相手をしているのには、それなりの理由があった。
といっても、トラックにはねられたのでも、過労死をしたのでもない。
そういう辞令が来たからだ。
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