サボる二人

鯖缶/東雲ひかさ

五月中旬某日

 いつも通り朝の授業をサボるため、いつも通り体育館倉庫に向かう。つい先日、高校二年生になって僕はサボることを覚えたのだ。


 うちの学校だけか知らないが、何故か倉庫の鍵はいつも開いている。授業の行われていない体育館を堂々と通り、ステージ横の通路を少し進んだ先の倉庫へ。


 僕の背丈より少し高い重々しい鉄の扉の前に着き、それを開ける。倉庫なので当然外開きだ。二十畳程の空間。モノが溢れていると言うこともなければ少ないとも言えないモノの多さ。


 採光窓はあるが薄暗い。


 跳び箱、平均台、得点板、各種ボールの山。限りなくいつも通りだ。いつも通りではない事を挙げよ、と言われれば跳び箱の付け根に女生徒が座っていた。


 俯いてスマートフォンをいじっていている。


 同じクラスの奴だ。名前は知らない。精悍な顔立ちでショートカットなのでどこか男っぽくもある。凛々しいとも言える。


 僕はこんな所で知らない人と、ましてや女と二人でいることなど耐えられないのでゆっくり扉を閉める。


「おい。人の顔見て逃げんなよ」


 絡まれた。依然俯いたままだ。人間の視野角を疑う。


「じゃあどうすればいい」


 僕はこういうとき、状況を呑み込むようにしている。郷に入ればという奴だ。


「入れよ。私の顔見て逃げられるのは気分が悪い」


 別に貴女の顔を見て逃げた訳じゃない。美少女だろうが美少年だろうが関係なく人がいたら逃げるだろ、と思ったが言うほどのことではなかった。


 僕は言うとおりにして倉庫に入り、扉近くの壁に寄りかかって座る。僕の定位置だ。持ってきた文庫本を読む。


 それと女生徒を観察する。一応言っておくがいやらしくではなく。制服は着崩しているし、僕と同じく真面目そうには見えない。

 暫くして唐突に、


「ねぇ、あんた経験ある?」

「なんの」

「いや、まぁ、それは、」


 はっとした顔だ。


「痴女が」

「そんなんじゃない」


 そう言うと彼女はスマートフォンの画面を見せてきた。何かの記事だ。


「高二は8割経験済みとか嘘だよな?」


 同意を求められる。


「嘘だと思うけど」


 自分の保身も含め言う。


「だよな、私もない」


 口が滑った、といった感じで彼女は黙りこくった。僕も朝の一、二時間目が終わってサボるのをやめるまでずっと黙っていた。

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