第18話 我、断腸の思い

 少女はダンジョンに入ってすぐ、腰を下ろし背中のリュックをあけた。

 取り出したのは木で出来た三方。それを少女は道の端へと設置する。


「えっと、三方って仏間においてあった、これでええはずやけど……。これにお供えもんして、お祈りしたらダンジョンマスターちゃんに届くがよね」


 少女は不安げにつぶやくが、それに答える者はいない。キョロキョロと辺りを見回しつつ、リュックから大きな瓶を取り出す。

 瓶は黄金色の液体でいっぱいに満たされていた。存外に重いのか、少女はそれを、んしょとばかりに持ち上げて三方にお供えする。


「ダンジョンマスターちゃんへ。うちで取れた蜂蜜です。お爺さんが、りぐって作りゆうき、ざまにおいしいです。食べて下さい。あ、食べるときは包装を画面に映るようにして下さい」


 ぱんぱんと手をたたき一礼する少女。だが少女が顔を上げ目を開いても、三方もお供え物もその場に残ったままだった。

 残ったままのそれを見て、少女は眉根を寄せる。


「むぅ。ユウの嘘つき。蜂蜜渡せてないやんか。ダンジョンマスターちゃんに蜂蜜渡せたら、うちのが売れて助かると思うたのに……」


 少女は三方を再度リュックに詰め始めた。


「まあ、できんならしょうがない。ほしたら最初の予定通り私がダンジョンで稼いじゃるけんね。ユウの大学費用もちゃんと稼いじゃるけん」


 そう言って、再度リュックの中をあさりはじめた。



《方言女子、いいな》

《ちょくちょくわからない言葉が混ざる》

《まあ、ニュアンスはわからなくもないし》

《イントネーション、いぃ》

《それにしてもモナちゃんを宣伝に使おうとするとか、いい思いつきだな》

《まあな》

《モナがおいしそうに食べてると、俺も食べたくなるもん》

《わかる~~。さっきのマシュマロも、他の商品とまとめてさっきポチったもんね》

《俺は昨日、漬物を色々ポチったから、そっちは我慢した》

《今のご時世、下手なCMうつよりも、マヨちゃんに食べてもらう方が宣伝になったりしてね》



「むっ。我、広告塔になる気はないぞ。そんな形で関わる気は無い」


 モナは目尻を上げ否定する。



《結果的に売り上げには貢献してるんだよなぁ》

《まあでも、これまでのは別に宣伝しようと思ってモナちゃんに渡したわけじゃないし》

《下手したら、一気に注文が来て困ってたりするかもしれない》

《あり得る》

《ちなみにさっきの蜂蜜は宣伝目的だったから受け取らなかったの?》



「いやまあ、それは……」


 モナは指を突っつき合わせてごにょごにょと口ごもる。


「知らぬ奴からの贈り物は怖いからの、受け取らぬようにしておったのじゃ。ま、まあ、結果おーらいじゃろ?」



《まあ、確かに》

《そうそう、知らないおじさんから物を受け取っちゃ駄目だよ》

《大丈夫、その判断は間違ってない。さすが迷ちゃん、我が愛娘》

《ん?》

《おや?》

《お姉ぇ、今日は見るだけにしておくんじゃなかったの?》

《生きとったんかい、われぇ》

《復活はやすぎぃ》

《あ……、すまない、黙る》

《時すでに遅し》

《これはこれは……》

《ここであったが百年目ぇ》

《弱み見つけたからって、マウントとるの早すぎ》

《ほどほどにねー(にっこり)》

《――スン》

《母上の話はこっちに置いておいて……。まあ、モナちゃんが受け取らなかったのは正解だろ。方々から色々送られても困るだろうし》

《そりゃそうか》

《でもあの蜂蜜、おいしそうだったから、ちょっともったいなかったかもね~》

《そうなの? あんまり代わり映えのしないパッケージだったし、ブランドっぽくもないから普通の蜂蜜だと思うけど》

《やっぱハチミツといえばマヌカハニーよな》

《いやいや、そこは日本ミツバチの蜜でしょ》

《っぱ巣蜜なんだよなぁ》

《それはそれでおいしいけど、別にブランドじゃなかったり、見た目が普通だからって、味も普通だとは限らないよ~。若旦那のところの甘酒もそうでしょ~》

《まあうちのは味に自信はあっても流通に乗せてないからな。そもそもは奉納用だし》

《おいしいよー、味はアタシたち姉妹が保証してあげるよん。お店は教えないけど》

《の~み~た~い~。清酒は絶対造ってるだろうからの~み~た~い~》

《おおう、博雅のアネキが荒ぶっておられる》

《ま、まあ、それはともかく、わざわざダンジョンまで持ってきてるんだから、味には自信があるんでしょ》

《だよねぇ、下手にマズかったりしたらモナに不評だったら、マイナスイメージになるんだし》

《パケが地味だったし、あんまり売れてない理由はそこかもねぇ》

《パケの隅にミカンの蜂蜜って書いてあったから、多分お高い。だからそれも理由になってるかも》

《え!? そんなの書いてあった?》

《くっ、こういう時に巻き戻して見れないの困る》

《母上、ちょっとアーカイブで確認して》

《いや、クラスによる異能はダンジョンでしか使えないぞ? だから今は無理だ》

《はぁ、つっかえ……》

《……ん?》

《つ……ツッカエネーロス53世はすごい人》

《誰それww》

《…………せーふ》

《よしっ》

《話はそれたけど、蜂蜜を受け取らなかったのは判断としては妥当。でもちょっともったいなかったねって事かな》

《そういうことやね》

《本当にみかんの蜂蜜だったら、すっきり甘くておいしかっただろうに、残念だったねモナちゃん》



「な、なんじゃと!?」


 机に手を当て身を起こすようにして驚くモナだったが、数瞬、身を縮める。


「……いやしかし、あの段階で受け取るわけにもいかんから仕方ない、これは仕方のないことなのじゃ」


 朱い瞳ををぎゅっと縮め、断腸の思いで言葉を振り絞る。



《まあ、そこは巡り合わせというか。しっかし、せめて事前に言ってくれてればなぁ》

《でも、チャンスとしては昨日しかなかったし、おまけに書き込んでもシステムで弾かれる可能性もあるし……。まあ、運よね》

《大丈夫、迷ちゃん。私が手に入れる!》

《母上、ステイ》

《……はい》

《あれだな、母上もっと怖いかと思ってたら、割と面白い枠だったな》

《わかるー》

《まあ、あれだ。モナちゃん。今の画面の子と、この動画越しで知り合ったんだ。今はもう知らない奴ってわけじゃないんだから、次からはハチミツを受け取れるだろ》



 そのコメントにモナははっと顔を上げる。


「おお、おお。そなた、よいことを言った。そうじゃな、もう見知らぬ人というわけじゃないものな。はちみつの子よ、次にダンジョンに来るときに、再度はちみつを持ってくるのじゃぞ、次は受け取るからな、頼んだぞ」




 そう語りかけられたはちみつの子はというと、左手にスプレー缶、右手にラケットを持ってダンジョンの道を歩いていた。


「確かここのダンジョンには、蛾ぁみたいなん出よるんよね。それやったらこれでシューってやって、ばちんで一発やろ」


 イメージトレーニングだろうか、少女は宙にスプレーを吹き付け、何度も右手のラケットで素振りを繰り返しながら道を歩く。



《左手は、凍結系の殺虫スプレーか。右手は何だ?》

《多分、電殺ラケット。電気通してるハエ叩きみたいな物よ。小さな昆虫ならやれる》

《スズメバチとかになると厳しいけど、殺虫剤で弱らせたところをとどめに使うといけるかな?》

《フェアリーちゃん、完全に虫扱いで草》

《だってあれ、かわいくないし》

《しっかしそんなにうまく行くモノかね》

《モナちゃんのお墨付きよ? さっきフェアリー倒したパーティって言ってたじゃん》

《パーティ(一人)》

《ラケットはともかく凍結系殺虫スプレーはうまく行きそうかも》

《アレ、-100°近いんだよね。それなら少なくとも動きは止めれそう》

《止まったところを踏み潰すでいけそうだな》

《あー、でもそううまくはいかなそうよ》

《うわ、まじかー》

《あれ? はちみつの子、操られてね?》

《さっきと同じじゃーん》



 コメントの言うとおりだった。

 先だっての男と同じように、はちみつの子の目はうつろになり、ぼーっと立っている。その頭上には「キシシ」と耳障りに笑うフェアリー。

 フェアリーは先程と同じように、少女を草むらへと誘導しようとしていた。

 ところが、フェアリーはその動きを止め、今度はしきりに少女の背負うリュックのまわりを飛び回る。


「………………」


 少しの後、道の端で歩を止めた少女は、その場に腰を落とし、うつろな目のままリュックを探りはじめる。

 少女の手により取り出されたのははちみつの瓶、先程三方に供えられていた物だ。

 それを手に取り、少女は固く閉じた蓋をゆっくりとあけていく。


 あいた瞬間、フェアリーは瓶にしがみつき、のぞき込むように顔を中へと入れはじめた。

 ちろちろとうかがうように中身を舐めるフェアリー。

 少女はその間も無言で、ぼーっと虚空を見ながら瓶を抱えていた。


 やがて味に満足したのか、フェアリーは「キシッ」と軋む笑いを立てると、今度は勢いよく瓶に頭を突っ込む。

 そうなると今度は粘度の高いはちみつのこと、往きはよいよい帰りは怖いと、突っ込んだ顔が抜けなくなり、フェアリーはじたじたともがきはじめた。

 となると、少女の持つ瓶にもその影響は出るわけで、しっかりと持たれているわけでもないそれは、ぼすんと音を立てて転がった。


「――え!?」


 足に当たった瓶の衝撃で、少女は正気を取り戻す。


「なになに? どうしたが? あぁもう、わややん」


 自分の服にべったりと付くはちみつを見て少女は嘆息する。そうして視線を上げたその先に、頭からはちみつをかぶってもがく、フェアリーの姿があった。


「え!? 敵やんか。いつの間に?」


 とっさに殺虫スプレーと手に取ろうとするが、そばにはなく……。ジタバタともがきながら、たまに少女をすがるような目で見るフェアリー、そしてはちみつまみれの自分の手を見て、毒気を抜かれたのか少女は大きくため息をついた。


「はぁ……、ちょっと待ちよりや」


 そう言って少女は開いたリュックから水の入ったペットボトルを取り出す。それでもって自分の手を洗い、今度はフェアリーにも慎重に水をかけてあげる。

 しばしの後、多少ははちみつが取れたのか動けるようになった身体をフェアリーは震わせた。


「あーもう、犬みたいにプルプルさせんとって、散るやんか。はいはい、こっちにきいや。タオルで拭いちゃるけん」


 今度も慎重に、羽等を傷つけないようフェアリーの身体を少女は拭っていく。

 やがて身ぎれいになったフェアリーを空へと放ち少女は言った。


「ほしたらもう行きや。次あったら敵同士やけん、覚悟しちょきよ」


 しっしと手で払う少女に対し、フェアリーは少女のそばをくるくる飛ぶだけで一向に離れようとしない。

 それどころか、小さな手で瓶に残ったはちみつを指さすと、「キシシ」と笑う。


「なんながもう、しわいねぇ。…………これで最後やけんね」


 少しの逡巡。少女は残ったはちみつを指ですくい取り、フェアリーに差し出す。

 出されたそれをフェアリーはしきりに舐めとった。


「あーもう、くすぐったいやんか」


 やがて満足したのか、フェアリーはくるくると宙を舞い、最後に大きく光を放った。


「わぷっ」


 驚きで目を閉じる少女。次に彼女が目を開いたとき、そこには先程までの、耳まで口の裂け、蛾のような羽を持ったフェアリーはいなくなっていた。

 代わりにいたのは、緑のアーモンドアイにはちみつ色の羽、淡い燐光を放つフェアリーの姿だった。

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