第6話 我、怖いんじゃが
《にしてもアレだーね。リナポ世界のスライムって、ドロドロのタイプなんだね》
《あ、確かに言われてみるとそうだな》
「ん? どういうことじゃ?」
モナが怪訝な顔で先を促す。
《ほら、創作だと大きく分けてスライムって二つのパターンじゃん》
《さっきのスライムみたいな奴か、プルンプルンした、跳ねる物体かって奴だな》
《ああ、3DダンジョンRPGでよく出てくるスライムか、名作王道RPGで出てくる奴かって話か》
《ドログチョがダンジョン物で出てくる奴として、名作王道ってどれだ……?》
《そっちがわかんねぇのかよ!》
《ほら、ノーマルが青で、ベスがオレンジ色の奴》
《姉妹にメグとジョーとエイミーがいる》
《それは若草物語。ややこしくなるからやめれ、ZZi》
《ZZiじゃないやい、ミュージカルぐらい見ろい》
《若草なんとかはわからんけど、王道RPGはわかった。メタルなアイツの出てくる奴か》
《創作だと基本、ドロドロとぷるぷる、どっちかしか出てこないよね》
《前者は強いイメージ》
《TRPGネタだと、通路に鎧とか浮いてて、なんだろうと思って近づいてみたら通路いっぱいのスライムでしたってのあるね》
《それは怖い》
《最近はそうでもないぞ。後者のタイプだけど実は最強ってパターンも多い》
《人型も最近は多いぞー》
《そっちは……、ひとまずおいておこう。ややこしくなるから》
《まあでも、リナポは前者のパターンなのかな?》
「あ、いや、違うぞ。リナポミンは知らんがダンジョンにはどっちもおるよ」
《え? マジで?》
《スライム娘もいるって?》
《俺、スライム娘としっぽりするの夢だったんだ》
《モン娘フリーク、気持ちはわかるが帰ってどうぞ》
《わかるならいいじゃん、同士よ!!!》
《ひゃっほい》
《今日はあかん……。ストッパーがおらん》
《しつけネキはいずこ? さっきまでいたやろ?》
《離席してるんじゃね?》
そんなコメント欄の狂喜っぷりに気圧されつつも、モナは口を挟んだ。
「あ、いや……。今回は人型がいるとかの話じゃなくてだな。もう片方のタイプのスライムもおるという話をじゃな……。そ、そうじゃ!」
誤魔化すように取り出したのは百科事典(のような取説)で……、
「こ、こんな感じの奴じゃ!」
モナがそう言った瞬間、百科事典が光を放ち、ぽよんと乳白色の丸い物体が飛び出してきた。
それは机の上でリズムを取るように跳ねた後、モナのそばまで転がってくると、ぷるぷると体を震わせる。
慌てて早口になっていたモナもそれを見て顔をほころばせた。
「むむ? なんじゃこやつ。以外と可愛いのぉ」
人差し指でもってそれをつつくモナと、じゃれるように体を震わせるスライム。
突然始まったその状況にコメント欄も――、
《なごむわー》
《わかるー》
――癒されていた。
《ただいま戻りました。……なんですか? あの可愛い物体は……》
《マヨが呼び出したスライムっぽい何か》
《ぷるぷる。ぼく わるいスライムじゃないよ》
《ああなると、俺的にはスライムじゃなくて別の何かだな》
《同じ色が四つそろうと消える味がある》
《ああ、ばよえんばよえん言うやつか》
《わかるーー》
《アレ好きだったな》
《お手紙ちょうだい派》
《ドラコなケンタウロスちゃんか……、俺も好き》
《お手紙ちょうだいボイスって負けとるやん》
《まあでもわかる》
《あれもモン娘のはしりよな》
《う~~ん、ZZiどもの会話がマニアックすぎてついて行けない件について》
《まあ、今でもシリーズ出てるし、eスポでもやってるみたいだし……》
《いうてマニアックなことには変わらんな》
《ちくせう。ジャンル的にはまだまだニッチだったか》
《会話が成り立つだけマシなんだぞ》
《そんなことよりお前ら、洞窟の方見ろって》
《なになに?》
《え! うそ!? アイツまた来たの?》
《マジか!? うっそだろおい》
再び洞窟内の動画が映し出されていた。洞窟に入ってきたのは先程の男。
スライムに溶かされた服を着替えたのか、ズボンとシャツは替わっていて、だけども似たような服装だった。
《マヨ、このダンジョンってすぐ再入場できるの?》
そのコメントにモナはしどろもどろに答える。
「う、うむ。出来るか出来んかで言えば出来るんじゃが……。あやつ一度死んだんじゃぞ。復活は結構しんどいはずなんじゃぞ」
《あ、やっぱそういうのあるんだ》
《もし無かったとしても、頭から捕食されたんだぞ。平気なわけない》
《いやあでも、コイツ平気そうなんだが……》
《そうなんだけどさぁ》
《こいつは例外中の例外だろ》
《まあ、そうだよな》
《むしろ、これくらいの精神性がなかったらダンジョンに潜れなかったりして……》
《さすがにそれは……》
《それだと俺は無理だな》
若干引きはじめたコメントにモナは慌てた。
「だ、大丈夫じゃぞ。我のダンジョンは安心安全設計じゃ。死んだりしても一日ゆっくりしてれば完全復活じゃ。…………たぶんじゃが」
小さく付け加えられた言葉。だがそれをかき消すように、モナは手を大きく振って安全をアピールする。
「じゃ、じゃから皆、ダンジョンに来てたも?」
拝むように手をすりあわせた。
《はぁ、やれやれ》
《しゃーなしやで》
《貸し1》
《偉そうww》
《モナもチョロいけど、ホントにチョロチョロなのはコメント民の方なんだよなぁ》
《ほんそれよ》
《にしてもコイツ、何でまた入ってきたんだろうな。精神的か肉体的かは知らんけど負担はあるんだろうに……》
《なんとかとなんとかはなんとかって言うし》
《なんとかしか言ってないじゃん》
《そりゃ大体世の中の言葉はそうなるさw》
《もしかして馬鹿と天才は紙一重ってか?》
《よくわかったな》
《だが普通すぎ、ノマルン決定》
《ヒドスww》
《ちくしょう、なんで……》
《わ、ら、う》
《まあコイツの場合は、馬鹿とキチガイは紙一重って感じだよね》
《しんらつう》
《ま、そこら辺も見てりゃわかるでしょ》
画面の男はぶつぶつと言いながら、先程と同じ道を歩いている。
「結局採取した土は持ってこれませんでしたか……。せっかく持ち物の原状復帰を望まなかったというのに残念な限りです。ですが、ということは持ち出し可能な物はある程度決まっているという事でしょうか。確か魔物をそのまま外へ持ち出すことも出来なかったようですし……」
物思いにふけりながら歩を進める男。しかし、しばらくして男は立ち止まった。
「……色々と興味は尽きませんが、今後も少しずつ検証を続けていけばわかっていくでしょう。それよりも、アレですね……」
男の視線の先にあるのは濁った水たまり。
「さて、先程と同じならアレが自衛隊に説明されたスライムというやつなのでしょうが……」
男は注意深く近づきながら水たまりを観察する。
「ふぅむ。不自然に揺らいでますし、おそらく間違いないですか。であれば」
取り出したのはプラスチックの容器に入った溶液。
「塩でも多少の反応は見られたことですし、ひとまずSDSを試してみますか。どんな反応があるにせよ、わかることはあるでしょうし」
《おい、なんか実験はじめたぞ》
《SDSってなんぞ?》
《細胞溶解に使う界面活性剤だよ~。アニオン界面活性剤だったかな~》
《ああ、台所用洗剤の一種か?》
《う~ん、厳密に言うと色々違う物も混ざっちゃうけど、ざっくり強力な石けんと思ってもらってもいいのかな~。専門じゃないからわかんないや~。くぴくぴ》
《相変わらず呑んでおられる》
《まあ、何となくはわかった。ありがとな博雅ん》
《で、それをどうすんの?》
《そりゃあ一つしかないだろ》
コメントの言うとおりだった。男はそれを容器ごと水たまりへと放り込んだ。
水たまり、いやスライムはたがわずそれを取り込み、溶かし吸収していく。
「すぐには反応は、ない……か?」
前回の件を踏まえ、一歩離れたところで観察する男。
「出来れば攪拌して――」
――その瞬間、スライムがはじけた。
元の体積を無視するかのように大きくはじけたスライムは、壁に、天井に、べったりと貼り付く。
そしてそれは当然男にも……。
男に貼り付いたスライムは、当然のようにうごめき溶解をはじめた。
「ふむ……まさかこんな反応が起こるとは……。一体どんな理由で。いやそんなことより早く退避しなければ。内部の物を外に持ち出せない仕様上、入り口に戻りさえすればなんとかなるはず。さすがに2死は今後に差し障りがありますし……」
振り返り、入り口に向けて駆け出そうとする男。
――――ズルリ。
そんな男の目の前に落ちてきたのは、天井に飛び散ったはずのスライム。それが集まり、形を成し、男を逃がすまいと天井から降ってきた。
当然それは身を広げ男を包み込もうとする。
「いやはやこれは……、さすがに無理でしょうか。それにしてもどうしてこんなに容積が増えたのか、そしてそれでもなお同じように、いやそれ以上に活発に活動できるのか。せめてその理由の糸口くらいは知りた――」
何かに気づいたのか、男は目を見広げ動きを止める。
「――――――。あ、いや、なるほど。スキルとはこう使うものでしたか。クラス名にはいささか恣意的なものを感じましたがこれは便利、いや大変興味深い。ふむ、生物の名称や弱点がわかるのはいいですが、しかし……。ああ、調べることはたくさんあるのにもう終わりですか……」
その通り、男の体はスライムに取り込まれようとしていた。もはや猶予はない。
「やはりここで一言残すなら『I shall return』でしょうか。いやそれよりも……。溶かされるときはこちらの方がいいでしょうか?」
男は親指を立て――、
「I'll be back」
――言い放ち、スライムに取り込まれた。
《いやいやいや『アイル ビー バック』じゃねーよ。馬っっ鹿じゃねーの》
《意外とお茶目だな、コイツ》
《戻ってくる気満々じゃん》
《それは
《もう戻ってこなくていいぞ》
《すみません、また離席します》
《またフィルターかけてなかったか。次からはかけような》
《はい……》
《いてらー》
《前回の『次の私に……』発言といい今回といい、こういう感じ、俺は好きよ》
《だけど、自身が溶かされながら言う精神性よ》
《そこは見習いたくないがな》
《T-800は溶鉱炉でこんなこと言ってない定期》
《まあそこはそれ、イメージって事で》
コメントが流れる中、モナはというと――、
「――――――」
ぎゅっと目を閉じていた。
「も、もう大丈夫か? …………まだなのか?」
ちらっちらっと薄目になって様子をうかがっている。
《KAWAII》
《てぇてぇなぁ》
《さっきまでのすさんだ心が浄化される》
《そのまま天に召されてしまえ》
《リーンゴーン、鐘の音が響き渡る》
《そっちはダメだ。おまいらにはもったいない。地獄に落ちるといい》
《それはともかくモナモナ~。もう大丈夫だよ~》
《うんうん、おけおけよ》
「ほ、本当じゃろうな。嘘言っておらんじゃろうな」
《大丈夫だよ、嘘ついたら大叫喚地獄に落ちちゃうしね》
《閻魔大王に舌を引っこ抜かれちゃうから》
《ダイジョウブ、ワタシ、ウソツカナイ》
「うう、ますますもって心配なんじゃが……」
そう言いつつもモナはゆっくりと目を開ける。
そうして、画面が暗くなっているのを確認したモナは、ほっと一息をついた。
「ふぅ、なんじゃったんじゃあやつは。我がこういうのはなんじゃが、もうダンジョンに来て欲しくないのぉ」
《ダンジョンマスターに拒否られるとか。う、け、るwww》
《そんなモナちゃんに残念なお知らせです。彼は『アイル ビー バック』と言ってました。つまり私は戻ってくると》
《それに、洞窟を映した画面閉じてなくて、真っ暗なままだよな》
《うむ、一回目と二回目の間と同じ》
《つはりはもう一度…………》
「え!? あやつまた戻ってくる気なのか? まさか――」
モナは手元に資料を呼び出しパラパラとめくる。
「う、嘘じゃろ。あやつ今日だけで二回死んで三回入っておる。おかしいんじゃが……、頭おかしいんじゃが……」
モナは頭を抱えて震えだした。
《ま、まあまあ。また入ってくるまでちょっとは時間あるでしょ。それまで別のお話して、心を落ち着けよ、ね?》
《そうだな、俺たちも心を落ち着けたいし》
《そうしよそうしよ。ね、モナ》
そんな感じで雑談で気を紛らわせながら時間は過ぎていく。
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