第23話 洗濯機が襲ってくる!

「ぐっ…………」






 ギリギリの回避が間に合う。危なかった。今、避けるのが少しでも遅かったら喉を掻っ斬られていた。




 この強烈な風の中では、たった四メートルの距離でも銃弾はかすりもしないのか。わざわざ攻撃のチャンスを臥厳にくれてやってしまった。






 「足下にも気をつけろよ? 踏み外しても決着がつく」






 臥厳の攻撃は止まらない。何度もオレを斬りつけ、その度にオレはギリギリで避け続ける。臥厳の攻撃に対してオレは防戦一方だった。






 「このッ!」






 このままではいつまで経ってもオレに反撃の機会は回ってこない。防御態勢のまま、臥厳を無理矢理押しやるように前へ出ると、左の拳を真っ直ぐ臥厳の腹部へ放った。




 態勢もタイミングも悪く、全力で殴れないが、これでも充分な威力がある。




 オレの左腕、左拳は情報流体生命金属だ。当然、ただの左手と比べれば頑丈で、単純に腹部を殴りつけるだけでも、力士を吹き飛ばせる威力がある。そんなモノをくらえば、普通の人間はただでは済まない。




 その左拳を臥厳の腹部に放った。




 だが、相手は普通の人間であっても、ただの人間ではない。






 「なに?」






 キィィィィン、と何故か甲高い音がして、オレはすぐに臥厳から飛び退いた。左拳の一撃とほぼ同時にグルガナイフが迫っていたからだ。




 臥厳への手応えはない。臥厳の腹部から伝わったのは、分厚い鉄板でも殴ったかのような感触だった。






 「目視できるようになってるが、それはハンデにしといてやるよ。これでも平等主義なんだ」






 臥厳の腹部にガラス製のアメーバとでもいうべきモノが張り付いている。それがオレの攻撃を防いだのだ。






 「何驚いてんだ? 摩利支天が作った情報流体生命金属に比べればこんなの大道芸レベルだろ? ま、世間様の科学力でコレを作るのは無理だが」






 さらに、それと同じモノが他にも三つ。臥厳に触れるか触れないかくらいの距離で浮いており、ウネウネと激しく形を変えている。まるで、主に攻撃したオレを威嚇しているようだった。






 「特別補助武装機エンティール。オレが頑張って作った発明品おもちやだ。摩利支天の遊び道具(兵器)程じゃないが、仲良くしてやってくれ」






 間違い無い。このエンティールという機械はメインデッキでオレを拘束したヤツだ。中央ホールで霧灘と瀬良の銃弾を防いだのもコイツだろう。このエンティール達には荒灰のおっさんが投げたカラーボールの特殊塗料がかかっているからだ。本来は透明なのに、今はバッチリその姿が見えていた。




 荒灰のおっさんは臥厳の仲間だったから、知っててカラーボールを投げつけたのか。




 臥厳は荒灰のおっさんにあまり姿を見せなかったらしいが、嫌がらせ程度の対策を思いつくくらいはエンティールを見せていたようだ。






 「見えてるんじゃ何も怖くないな。しかも、さっきまで使わなかったって事は、この風の中じゃ自在に操れないんだろ? お前のそばで縮こまってるのがいい証拠だ」






 この一対一の状況なら、エンティールを使ってオレを拘束すれば簡単に勝てるはず。それをしないのだから、この場所では自在に使えないと自白しているに等しかった。






 「ああ、そうだな。お前の言う通りだよ。こんな風の中じゃお前を拘束するのは難しいな。コイツらをこの場で使うなら防御が精々だ」






 なのに何故だろうか。臥厳は「別にそれで構わない」と、何も問題にしていない。




 たしかに臥厳はさっきのナイフ技術だけでも充分強い。しかし、だからといってオレを封殺できる程じゃなかった。事実、エンティールがなければ臥厳はオレにやられていたのだから。






 「ナイフだけで終わらせようとしたおじさんがいけなかったよ。済まなかった。でも、まあアレだ」






 臥厳はスッと右腕を上げた。






 「俺に勝てる。そんな希望が持てて気持ちよかったろ?」






 瞬間、オレの側で爆発が起こった。たまらずオレは吹き飛び、慌てて鋼鉄網を掴んだ。




 ギリギリのタイミングだった。もう少し吹き飛んでいたら何も無い空中に身を晒す所だった。すぐによじ登り態勢を整える。






 「な、何が起こった!?」






 落下しなかったのは運がよかっただけだ。たまたま鋼鉄網を掴めたから助かった。次も同じ事が起これば、高確率で落下するだろう。






 「ぐっ…………」






 爆破によるダメージも大きい。爆発をモロに受けた右腕部分の服は焼け、皮膚も火傷で爛れている。まだ動くが、さっきの爆発を同箇所にくらえば使い物にならなくなるだろう。




 爆破が起こった鋼鉄網に目を向けると、その鋼鉄が握りつぶされた飴細工のようにバラバラになって吹き飛んでいた。他箇所の鋼鉄網に刺さっている破片もある。相当な威力だ。




 いくらオレの身体が強化状態であるといっても、もうこの爆発をくらうワケにはいかない。死なないまでも、致命的な一撃になってしまう。






 「くそっ…………」






 もう情報流体生命金属による治癒機能は期待できない。さっき全開で使ったせいで治癒能力が落ちているのだ。火傷をこれ以上酷くしないだけで精一杯だった。






 「情報流体生命金属が無ければ、さっきので全身が弾け飛んでたんじゃないか? よかったな人外で。さ、耐久テストを続けよう」






 臥厳を直接攻撃したいが距離が離れてしまっている。銃が使えないこの状況では、臥厳への攻撃手段がなかった。どうにかして近づかなければならない。




 オレは距離を詰めようとするが、それを阻むように臥厳が右腕を上げる。






 「動くなよ。テスト中だぞ?」






 二回目だ。もう、不意打ちをもらうワケにはいかない。






 「くっ…………」






 オレはすぐに周囲を警戒し――――――――――こちらへ飛んでくるある物を見た。




 それはこの風雪ペスキスタワーに入る前、目の前いっぱいに広がっていた物だった。きっと臥厳はコレを使ってタワーのガラスを破壊したのだ。




 完全に目視できる距離にソレはやってくる。






 「…………洗濯機?」






 洗濯機が着弾する前、なんとかオレはその場から飛び退いた。鋼鉄網にぶつかった洗濯機が爆発し、その衝撃がオレを襲う。強風を打ち消す以上の衝撃波が発生し、避けて着地したオレの態勢バランスを崩そうとする。






 「何なんだこの洗濯機…………これじゃミサイルだ」






 慌てて態勢バランスを整える。爆発を避けても、態勢バランスを崩して落ちたら終わりだ。






 「おいおい。誰が一発だけって言ったんだ?」






 一息つく暇はない。下を見れば、既に次の洗濯機がオレに迫っていた。




 数は二機。いや、時間差で辿り着くのが三機、四機、五機。まだまだ増えている。






 「多すぎるだろ…………」






 弾切れは期待できない。タワー前にいくつ洗濯機があったか思い出せないが、相当数あったのは覚えている。仮に百機と考えても、それら全て避け続けるのは不可能だ。いずれ力尽き、モロに洗濯機をくらってしまうだろう。






 「…………やられてたまるかよ」






 全洗濯機の回避が不可能でも、それは諦める理由にならない。




 オレは洗濯機の爆破に臥厳を巻き込むべく走った。臥厳の直前まで迫って急に方向を変えれば、洗濯機は勢い余って臥厳にぶつかるはずだ。事実、さっきの洗濯機は避けたオレを狙えず鋼鉄網にぶつかっている。




 ナイフで迎撃されようと関係無い。それをやってくるなら、洗濯機の爆破ダメージに喜んで付き合ってやる。




 臥厳の身体はオレと違って普通の身体だ。耐久力なら圧倒的にオレの方が高い。オレにとって致命傷になる威力は、臥厳にとって三回死ねる威力だ。






 「そうだよな。自爆ってのは美学だ。俺には理解できんがね」






 だが、臥厳は攻撃しようとしなかった。直前まで迫ったオレに対して、何も手を出さない。ただ、エンティールで目の前に壁を作るだけで、オレと洗濯機の接近を阻んでいた。






 「くっ…………」






 エンティールでの防御を考えなかったワケじゃないが、コレでは攻撃も自爆も意味がない。臥厳は安易な挑発に乗るようなヤツじゃなかった。




 洗濯機は予想通り臥厳にぶつかり爆発する。






 「しかしせっかちなヤツだ。道連れは洗濯機だけにしてほしいもんだね」






 臥厳はエンティールで洗濯機の爆発を完全に防げている。鉄壁の防御だ。その場でジッとするだけで、臥厳にとって有利な状況が作られていく。




 だが、オレは懲りずにエンティールや鋼鉄網に洗濯機をぶつけるのを繰り返していた。






 「あん? それは無駄だとわかったはずだろ?」






 避けるだけでは洗濯機達を減らす事はできない。洗濯機は威力もだが、一度に襲って来る数を最も警戒する必要がある。仮に洗濯機を一機も鋼鉄網に激突させず、大量の洗濯機達が一斉にオレへ襲って来る状況になってしまうと、その全てを回避するのは非常に困難になるからだ。




 もちろん、それが一時凌ぎでしかない事はわかっている。




 状況の改善に繋がらないと理解している。






 「…………何か狙ってんのか? ま、こんな状況だ。一人でどうにかできるなら見てやろう。興味がある」






 何十機の洗濯機を鋼鉄網や臥厳のエンティールにぶつけただろう。




 たった十秒前後経過しただけだが、強風が吹き荒れ、足場の悪い鋼鉄網を全力で動き回り、洗濯機の直撃を回避し続けるのは、身体強化状態でも相当キツかった。




 さらに、洗濯機が爆発する度に吹き飛んでくるタワーの破片が突き刺されば、ダメージによる体力消費でさすがに息が上がる。爆発自体は回避できても、その際に吹き飛んでくる破片は回避不能だった。




 確実にオレは傷ついていき、銀色の血が鋼鉄網に滴る。






 気づけばオレの身体は負傷で血塗れになっていた。






 「はぁっ…………はぁっ…………はぁっ…………」






  オレは首を縦に振って臥厳を見据える。






 「おいおい、それでも情報流体生命金属の移植者か? 情けねぇな。もっと人外らしさを見せつけてもらわんと」






 臥厳は面白いバラエティ番組でも見ているように笑った。






 「…………オレはお前を殺したい。この世から抹殺したい。オレの親を殺したお前を、オレの大事な人を悲惨な目に合わせたお前は許せない。絶対にな」






 今、この場にやって来た洗濯機は全て処理した。下を見れば何発目かわからない洗濯機がこちらへ飛んで来ているが、それらの到着まで僅かな時間がある。




 気休め程度に体力を回復できるタイミングが訪れ、オレはその場で深呼吸して息を整える。






 「そうかそうか。じゃあ、なんで俺になぶられてんだろな? アブみたいにブンブン飛び回って可哀想に」






 「でも、その決着の内容に拘っちゃいない。場所も時間もタイミングもどうでもいい。どう殺すか殺せるか殺したかもどうだっていい。オレはお前が死んでくれればそれでいいんだ」






 「一途でいいじゃないか。是非とも、俺に憎悪を抱いたまま死んでほしいもんだ」






 当然、深呼吸なんて気休めだ。息切れはどうにかできても、蓄積されたダメージはどうにもできない。パフォーマンスを万全に戻せないのはわかっている。






 「で、どうすんだ?」






 オレが避けられる洗濯機は次で打ち止めだ。次以降は、放たれた洗濯機の全てがオレの身体に命中するだろう。






 「かすりもしない銃で俺を撃つ気か? イチかバチかその左拳で俺を殴る気か?」






 つまり、臥厳が勝利を確信できるくらい、オレはどうしようもない状況に追い詰められていた。






 「この状況でお前が俺に銃弾を命中させる技量はない。殴る気なら俺は洗濯機が来るまでひょいひょい逃げるだけだ。どれも意味がないワケだが?」






 洗濯機が来る。




 オレは臥厳へ向かって真っ直ぐ走った。






 「イチかバチかってワケだ。見苦しい特攻で涙が出るね」






 それを見て臥厳はがっかりとばかりにため息をつく。






 「がっかりだ。じゃ、死んじまいな」






 臥厳はその場から少し後ろへ下がろうとした。洗濯機の着弾にオレの突撃を合わせるならそれで充分だ。それだけ動けば、殴られる前に洗濯機がオレの命を奪う。






 「オレが死ぬわけないだろ」






 その時だった。




 臥厳のエンティールが真上からの攻撃に反応したのだ。






 「死んだら頑張れないからな」






 銃弾が四発。それをエンティールが防いでいる。




 防いでしまった。






 「なんだと?」






 それは臥厳の予想にない攻撃だった。アイツには余裕と油断があり、周囲を警戒してなかった。立っている場所が、タワーのガラスが破壊された真下だと気づいてなかった。この強風では銃は役に立たないと確信していた。




 まだ、オレと一対一だと思っていた。






 「決めて! 須部原君!」






 それは霧灘の援護だった。さっき上方へ目を向けた際、霧灘がオレを援護しようとしている姿が見えた。なので、首を縦に振って合図を送ったのだ。




 霧灘は爆破されたガラスから僅かに身を乗り出し、臥厳の直上を狙って狙撃した。この強風を読み切り、ただの拳銃を使って五メートル先にいる臥厳へ弾丸を命中させた。オレでは絶対にできない芸当だった。






 「逃がさないわ!」






 さらに、霧灘は臥厳が下がろうとした場所にも狙撃した。狙い通りの場所へ命中。そのため臥厳は下がれず、その場に立ち尽くしてしまった。




 それは刹那ともいえるほんの僅かな時間だったが、オレが攻撃するには充分な時間だった。




 オレの左拳が臥厳に放たれる。命中すれば必死の左腕。情報流体生命金属による全力の一撃だ。




 霧灘の援護のおかけで、その一撃は確実に臥厳を捉えると思われたが。




 その左腕は空を切ってしまう。




 臥厳が解っていたとでも言うよに、身体を僅かに傾けて避けられてしまった。






 「須部原君ッ!」






 霧灘の悲痛な声が聞こえた。




 決定的な一撃を避けられてしまった。臥厳はこの後、すぐにでもエンティールの一つを使って霧灘の邪魔をし、他を防御に回して洗濯機を防ぐだろう。オレはこの場を避けられても、以降は避けられない。何機もの洗濯機が激突し、オレは死亡する。








 勝敗は決した。




 オレと臥厳が互いを見る。








 臥厳がオレへ「残念だったな」と勝ち誇っていた。




 そして、オレは臥厳に「そうか?」と勝ち誇っていた。










 「あ…………?」






 突如、臥厳が身体のバランスを崩す。オレの足払いが当たったのだ。




 元々、コレがオレの本命だった。臥厳の注意を霧灘に向けさせ、左拳が本命だと思わせる作戦だったのだ。それは完全にうまくいった。




 臥厳はすぐに態勢を立て直そうとするが、それは無駄な抵抗だ。






 「落ちろよゲス野郎」






 エンティールは霧灘が止めている。邪魔は入らない。




 オレは臥厳を風雪ペスキスタワーの外へ思い切り蹴り飛ばした。掴む物が何もない空中へ臥厳の身体が吹き飛ぶ。




 直後、オレの元へ洗濯機がやってきた。オレはすぐにその場から離れ、爆発をやり過ごす。




 爆煙が強風に流されると、臥厳の姿はそこに無かった。高さが高さだ。落下中風に煽られ、何処かへ乱れ飛んで行ったのかもしれない。




 偶然、落下中タワーに近づけて助かる可能性を考えるが、それは絶対に起こりえない。さっきからずっと吹き続けている強烈な風が臥厳を拒絶するからだ。この風は内ではなく、外へ追い出すように吹き続けている。そのため、タワーの何処かを掴める程まで接近できない。






 「…………死んだな」






 それに臥厳が生きているなら洗濯機による攻撃を続けているはず。なのに、洗濯機はやって来ず、下を見ても洗濯機の接近を確認できない。攻撃は完全に止まっていた。




 できれば臥厳の死体を確認したかったが、それはオレの我が儘だ。状況が死亡と言っているなら、それ以上の追求は自己満足でしかない。無駄な時間を消費するだけだ。






 「…………戻らないと」






 霧灘の姿はなかった。無理してオレの援護に来たのだろう。メインデッキの銃撃音は止んでいない。すぐに荒灰のおっさんの元へ戻ったようだ。




 可能ならオレもその戦闘に加わりたい所だが、まだオレにはやる事がある。






 「柊華姉ちゃん…………」






 柊華姉ちゃんが天望デッキに行ったのは確認している。オレもすぐに向かわなければならない。




 作業員用エレベーターはメインデッキに戻っていた。柊華姉ちゃんが使ったはずだが、霧灘が援護のついでに戻してくれたようだ。これならすぐに天望デッキへ行ける。オレは感謝しつつエレベーターに乗り込んだ。






 「ぐうっ…………」






 火傷やタワー破片で負傷しすぎている自身を再確認すると、思い出したように痛みが走り出す。オレは天望デッキにつくまで、ボロボロの身体を休めるように座り込んだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る