第9話 絶対だから予知でありノヴァラージュである

「満足してもらえてるよね要ちゃん? ちゃんと猫ちゃんも落とし物も見つけられてるし」






 「そうだな。時間かかる事もあるけど、必ず依頼達成できてるぞ」






 占い部にこれまであった依頼はペット捜索、スマホ捜索、財布捜索だ。この三種類しかないが、その三種類は全て依頼者の満足する結果になっている。行方不明のペットは見つけてるし、スマホも発見してるし、財布も必ず見つけている。






 「え…………あ、ああ、そうなんだ! 凄いね椿ちゃん!」






 「全然凄くないよぉ。お姉ちゃんみたいに未来を見通すとかできないし…………」






 「そんな事ない! 依頼者の頼み事をキチンと解決できるなんて凄いよ!」






 「でも、私ができる事なんて落とし物やペットの捜索がせいぜいだよ…………」






 「依頼内容の大小なんて関係無い! 依頼者を満足させるってもの凄く………………もの凄く難しいんだから!」






 椿は「私は柊華姉ちゃんみたいに凄くない」って連呼して、その度に柊華姉ちゃんは「そんな事ない!」って椿を励ましている。




 常に平行線で終わりの見えない二人の会話が続く。




 ――――――なんか柊華姉ちゃんの態度に違和感あるけど。






 「着いたぞ二人とも。不毛な慰め合いはそこまでな」






 「不毛な慰め合いなんて失礼だよぉ」






 「そうだそうだ。要くんは失礼だなー」






 エンドレス工場入り口前に着き、オレはずっと続きそうな識那珂姉妹のやり取りを無理矢理ストップさせた。




 ちなみにここまでの所要時間は校門を出てから十数分。すぐ隣にあるのに、入り口まで遠すぎだな。いや、別に近くなきゃいけない必要性無いけども。






 「さて、こっからどうするかな」






 まさか乗り込むワケじゃあるまい。洋画よろしく、ここが悪の本拠地とかじゃないんだし。






 「ここから頑張るって部分だけど…………私達って絶対不審者で迷惑極まりないよね」






 椿はため息をつきながら呟くと、入り口付近をキョロキョロと見渡す。




 工場の入り口前で猫捜索とか、真面目に勤務している人達の嫌がらせでしかない。ここは配送トラックなんかも出入りする場所だし、高校生三人がウロチョロなんて迷惑千万だろう。






 「頑張る…………か。椿ちゃんの予知がそうなってるんだから、追い出されないようにしつつ、子猫を探さないとね」






 「ごめんねお姉ちゃん。私の予知ってこんなのばっかりなんだ…………」






 「謝る必要無いよ椿ちゃん。でも、そっかー。これが椿ちゃんの占いなんだね」






 ――――――――そういえば、柊華姉ちゃんが椿の予知に付き合うのは初めてか。




 まあ、忙しい人だし、椿も好んで柊華姉ちゃんの前で占いしたりしないだろうからな。






 「ちょっと君達」






 誰かが声をかけてきた。




 工場の入り口にある守衛室にいる男性警備員だ。こんな場所に三人も高校生がいるなんて、あり得ないから気になったのだろう。工場周囲に屯ってる迷惑な高校生がいるなら、それを追い返すのは彼らの役目である。






 「天宮高校の生徒? 工場に何か用?」






 やる気はないが真面目に勤務している感じの警備員だ。二十代か三十代かわからない年齢不詳の男性で、警備員服に着られているような頼りない体型をしている。仕事だから仕方なくオレ達のいる場所までやってきたという雰囲気を隠していない。






 「あ、ちょっと猫を探してまして。この辺りに逃げたみたいなんですが」






 オレは正直にここにいる理由を告げる。嘘ついてもしょうがないし、嘘つくべきタイミングでも何でもないからな。




 こういうのはオレの役目になっている。椿は予知って仕事があるから、それ以外は極力オレが請け負いたいのだ。それに椿の予知が予知なので、「頑張る」の部分が危険や危機の可能性もある。






 「え? 猫? うーん」






 警備員は考えるように頭を掻く。本人は隠しているつもりだろうが、その態度にはダルさが表れている。






 「ずっとこの辺見てたけど、猫なんて見てないなぁ。雀くらいなら見たけど」






 「そうですか。この辺に逃げたって聞いたんですが」






 「うーん、そう言われてもなぁ。見てないモノは見てないし。こんなトラックが行き交う場所にいるワケないと思うけど」






 警備員の言葉を翻訳すると「さっさと帰れ」となるのはわかっている。そもそも、そういった態度が見えてるし。警備員からすればオレ達なんてウザい以外の何者でもないんだし。




 だが、オレ達は帰るワケにはいかない。




 予知で頑張るとなっている以上、ここで諦めず頑張れば絶対に何か出来事イベントが起こるはずなのだ。






 「いや、絶対ここにいるはずなんですよ。だからちょっと探したくて」






 「そう言われてもこっちとしては困るしなぁ」






 さらに警備員の「探すも何も一目でわかんだろ」と、言ってくる視線を強引に流しつつ、オレはどうにか会話を続ける。




 ――――――なんとなくわかってきたが、今回の頑張るというのはコレだろうか。てっきり、猫捜索の事かと思っていたが、この警備員とオレの間にある澱みの空気。既に頑張る時が来ているようだ。




 考えてみると、いつも予知は何を頑張るかの指定がない。椿の予知は肝心な部分に具体性が無いので、今回はコレだったとしても別に違和感はない。確信は無いけども。






 「ここは工場の入り口前だし、トラックの行き来も多いんだよ。特徴言ってくれれば、おれが探しとくよ。それでいいでしょ?」






 「いや、こちらとしてもですね。いなくなったペットは自分達で探したいんです。頼まれた責任もありますので」






 引くワケにはいかない。引けば椿の予知を無視した事になり、頑張ったとならない。




 どんな形でもいいので警備員を納得させ、ここで猫を捜索できなければ予知を完遂できない。いや、予知を完遂って意味不明なのわかってるけども。




 警備員とオレ達(主にオレ)の不毛な言い合いは続く。これはいつまで続くのかと思われたが。






 「おい、どうしたんだ仲本なかもと?」






 そんなオレ達の元に配送トラックがやって来た。荷物を運んできたのか、受け取りに来たのかわからないが、運転席の窓から中年男性が顔を出してこちらを見ていた。






 「あ、撞磨どうまさん。あのですね――――」






 「あ、ちょっと待ってろ」






 撞磨と呼ばれた中年男性は配送トラックをそのまま少し走らせ、入り口にある納品場所に停めた。そのタイミングで工場にいる作業員が出てくると配送トラックの中を調べ始め、荷物の一つ一つを開けていく。




 かなりの量だ。端から見たオレでも解るくらいうんざりする数のダンボールが荷台に載っている。全部洗濯機だろうか? ここは洗濯機工場だし。






 「お前、こんな所で油売ってると怒られるぞ。いいのか?」






 検品の間は暇になるのだろう。配送トラックから降りた撞磨のおっさんはオレ達の所にやってきた。




 仲本と呼ばれた警備員と比べて、撞磨のおっさんはかなりガタイのいい、鍛えた身体をしていた。日本人離れしているといっていいかもしれない。






 「可愛いお客さんだな。こんな時間に工場見学か?」






 撞磨のおっさんはオレ達を咎めようとせず、気さくに話しかけてくる。






 「どうも」






 「こ、こんにちわ!」






 オレは軽く会釈をし、椿はカチコチに身体を固めつつ撞磨のおっさんに挨拶する。椿は人見知りしない方だが、緊張はするので、初対面には基本こんな感じになる。






 「………………こんにちわ」






 そんな椿とは対照的に柊華姉ちゃんは人見知りゼロで、初対面でも明るく笑顔で話せる――――――――――のだが、どうしたのだろう?




 なんか、撞磨のおっさんを見てる姉ちゃんの顔がやたら強ばってるんだが。






 「仲本、女子高生捕まえるとか犯罪だぞ。いくら彼女が欲しいっつっても、やっていい事と悪い事があるだろが」






 「おれが欲しい彼女は年上の余裕ある女性です! 女子高生は好きだけど彼女としてはどうでもいいです! って、それはどうでもよくてですね! 撞磨さん、この子達ペットがこの辺に逃げたとかで――――――――」






 撞磨のおっさんは仲本からオレ達の説明を聞き「ふーん」と一言漏らした。






 「この辺にペットが逃げたねぇ」






 撞磨のおっさんは顎に指を当てながらオレ達を見ると、柊華姉ちゃんに視線を合わせる。






 「アンタみたいな有名な占い師なら猫なんてすぐにわかるんじゃないか? ペット捜索なんかより凄い事やってのけてんだからな」






 「え? 有名………………あ!」






 仲本はずっと気づいてなかったようだが、撞磨のおっさんはすぐにわかったらしい。




 配信が主とはいえ、柊華姉ちゃんは有名人なのだ。普通に顔バレしてもおかしくはない。






 「シューカさんですか!? マジかよ! 配信のアラビアーンな占い師しか見た事ないからわからなかった!」






 「アラビアーンって、そこはお前ジプシー衣装って言えよ」






 「撞磨さんよくわかりましたね! 制服姿だと別人なのに!」






 「そりゃわかるとも。有名人だもんな?」






 撞磨のおっさんは柊華姉ちゃんの目を見ながら、調子の良い声で同意を求めた。






 「…………え? ええ、はい。そうですね」






 「おいおいシューカちゃん。そこはもうちょっと営業スマイルくれてもいいんだぜ?」






 そんな撞磨のおっさんに柊華姉ちゃんは愛想よく同意するが――――――――やっぱよそよそしいな。




 この撞磨のおっさんを見てから姉ちゃんの様子がおかしい。普段の仕事からして慣れてるはずなのに、一体どうしたんだろうか? ただのオッサンに対して、こんな萎縮した態度をとるなんて。






 「…………ん? なんか向こうが騒がしいな。何かあったのか?」






 撞磨のおっさんがトラックの方を見ると、そこで検品していた作業員が何やら騒いでいる。




 オレ達も何を騒いでいるのかと思ったが、その疑問はすぐに解明された。






 「にゃーん」






 トラックの荷台から猫が飛び出して来たのだ。飛び出した後、華麗に地面へ着地するとオレ達の方へ駆け寄ってくる。




 間違い無い。オレ達が探していた猫だ。安原が言っていた猫の特徴と完全に一致している。






 「荷台に猫が紛れてたのか。なんとまあ、偶然過ぎる展開があるもんだ」






 撞磨のおっさんは駆け寄ってきた猫を抱えると、すぐに柊華姉ちゃんに渡す。言葉や態度からして、オレ達が探していた猫だと完全に悟っているようだ。




 おそらく、コレはオレが仲本と言い争いを頑張った結果だろう。言い争いを頑張らなかったら、播磨のおっさんに会えなかったのだから。






 「ハッハッハ、こりゃ凄い! さすがの占いだ。こんなの誰も予測できねぇな」






 予想外の結果に撞磨のおっさんは笑った。たしかにこんなの誰も予測できないだろう。たまたまやってきた配送トラックに目的の猫が乗り込み、オレ達のいる場所にやって来るなんて、どんなAIでも予測するのは不可能だ。






 「本当に凄い占いだ。もう超能力とか、そういう類いのヤツだなコレは。占いで終わらせていいもんじゃねぇな」






 だが、予知のノヴァラージュならピタリと当ててくる。




 どんな偶然も奇跡も引き起こし、その予知を必ず現実にしてしまう。






 「ああ、気を悪くしないでくれ。お前さんを気味悪がっているとか、そういうんじゃないんだ。普通に褒めてるだけだよ」






 撞磨のおっさんは「悪かった」と柊華姉ちゃんに謝罪する。




 どうやら柊華姉ちゃんが占い(予知)をしたと思っているようだ。本当は椿なのだが、別異言う必要はないだろう。






 「いえ、別に謝らなくても…………問題ありませんから」






 「そうか? ならよかった」






 柊華姉ちゃんは相変わらずのテンションで、撞磨のおっさんとの温度差で台風が発生しそうなくらいだ。なんとか視線は合わせているが、無理しているのはバレバレだ。端から見ているオレでも察せるのだから、当の本人である撞磨のおっさんにはまるわかりだろう。この人鈍くなさそうだし。




 つか、このオッサンさっきから柊華姉ちゃんになれなれしいよな?




 柊華姉ちゃんの態度が気になってたけど、このオッサンもオッサンだ。いくらネットの有名人で話したい相手とはいえ、ここまで話すもんだろうか。いや、有名人と話したいって気持ちはわかるけども。






 「おっと、しまったな。フランクにしすぎちまった。謝るよ少年」






 そんな事を思ってるオレを見透かしたのか、撞磨のおっさんから頭を下げられる。




 やっぱ察し良いなこのおっさん。良すぎるまである。






 「お詫びといっちゃなんだが、コレで許してくれ」






 撞磨は作業着のポケットを探ると、そこから二枚のチケットを出した。




 それを見てオレと椿が驚愕する。






 「え?」






 「ええっ!?」






 そのチケットには『風雪ペスキスタワー完成披露セレモニーチケット』と書かれていたからだ。


 開催まで一週間を切った風雪市のイベントだ。いや、それだけに止まらないか。塔の高さは日本一だし、世界各国から要人もやって来るし、日本の歴史で見ても有数のイベントだからな。




 その風雪ペスキスタワーの完成披露セレモニーに参加できるプラチナチケットを、撞磨のおっさんはオレ達に差し出したのだ。






 「オレと知り合いがいけなくなって、二枚余っちまったんだ。そこの占い師の姉ちゃんは参加者だし、二枚で問題ねぇだろ?」






 このおっさんは、ネットオークションで流せば数万で売れるだろうとんでもないチケットを、何処の知らない子供に渡そうとしていた。






 「そ、そんな! こんな高価なチケット受け取れないですよぉ!」






 さすがに引いたのだろう。さっきまで黙っていた椿が首をブンブン振りながら「受け取れませんよぉ!」と拒否した。何処の知らない誰かから「ウン万円上げる!」と言われたら、喜ぶ前にその金額にビビるのが普通だ。






 「気にすんな。コレ売って小銭儲ける気にはならんし、そんなのするくらいなら袖振り合うのも多少の縁ってな。若者はおっさんの善意を素直に受け取るもんだ」






 撞磨のおっさんは椿に無理矢理チケットを押しつける。






 「別に完成披露セレモニーに行けともいわんさ。それを小遣いに返るもお前達の自由。そのチケットはお前達のもんなんだから」






 「で、できませんよそんなことぉ!」






 「だったら数日後を楽しみにしときな。教科書に載りそうなビックイベントだ。参加しなきゃ損だぜ」






 「で、でもでもぉ!」






 「デートできると思えばいいじゃねぇか。こんなタイミングと場所でデートできるなんて、人生で早々起こらんぜ?」






 「で、デートって言われてもぉ!」






 「金にするなり楽しむなりやってこいって。好きに使うんだぞ」






 撞磨のおっさんは「ま、俺は仕事だけどな」と付け加えると、トラックに戻っていった。見れば納品作業が終わっている。オレ達と喋る時間はそろそろ終わりなようだ。






 「えー!? 撞磨さんもったいないですよ!」






 「お前はチケットあるからいいだろ」






 「そりゃ、目当ての女性と行きたかったからどうにかして取って………………もうその女性いないけど…………って、そんなのどうでもよくて!」






 去って行く撞磨のおっさんを仲本は追って行った。






 「ど、どうしよっか要ちゃん?」






 椿は二枚のプラチナチケットを見て身体を震わせている。






 「どうしようも何もな。もらったんだし行くしかないだろ」






 「だ、だよね!」






 オレが同意した事で罪の意識(罪じゃないが)が薄れたのだろう。椿の震えは止まり、素直な喜びに変わっていった。切り替え早いなコイツ。






 「やったよお姉ちゃん! 私、セレモニー中のお姉ちゃん絶対に見に行くから!」






 「そうだな。オレも絶対見に行くよ」






 風雪ペスキスタワーの完成披露セレモニーに参加する柊華姉ちゃんは、ネットやらテレビの中継で見るしかないと思っていた。それをこの目でしっかり見られるようになったのは素直に嬉しい。有名になっていく柊華姉ちゃんを見るのはいつだって誇らしいし、幼なじみの立派な姿は何度見ても良いモノだ。






 「あわわわわ! 緊張してきたよぉ。どうしよぅ…………」






 「なんでもう緊張してんだよ。当日を座して待ってろ」






 「う、うん! 当日まで正座で寝るよ!」






 「お前、降って沸いたプラチナチケットのせいで、脳が半分死んでるな」






 柊華姉ちゃんを祝福するのは当然。




 と、オレは思っているのだが、






 「うん…………ありがと」






 その本人である柊華姉ちゃんは撞磨のおっさんと話している時と同じ顔のままだ。惨たらしい悪夢から覚めずに苦しんでいるような表情をしている。祝福されて嬉しいとか恥ずかしいとか、そんなポジティブな様子が一切ない。






 「…………さっきから姉ちゃんどうしたの?」






 プラチナチケットに興奮を隠せない椿を横目に、オレはこっそり柊華姉ちゃんに話しかける。さっきからずっと表情も態度もおかしいし、何かあるなら聞いておきたい。






 「……………………あのね、要くん」






 柊華姉ちゃんはオレの耳元でそっと囁いた。






 「あの撞磨って人…………今夜死ぬわ…………」
















 翌日、柊華姉ちゃんの言った通りになった。




 配送トラックの運転中、撞磨のおっさんがが交通事故で死んでしまったのだ。地元新聞に取り上げられたのと、播磨のおっさんの娘が天宮高校に通っていて、葬式で欠席したのですぐにわかった。




 予知のノヴァラージュが見たモノは必ず現実になる。




 何故ならそれは予知だからだ。




 予め決まった事だからだ。




 決まっている以上、覆す術は無い。




 故に、その予知は絶対。




 誰も逆らえはしない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る