第7話 敵
「だからさぁ。おつり間違いだって言ってるよね?」
「いえ、ですから預かった金額が不足しています」
今日の昼、とあるコンビニでの出来事だ。老人が商品の金額よりも多く財布から金を出したと言い張っており、アルバイトの女子大学生が困っていた。
老人はこのコンビニの有名なクレーマーで日頃からこんな感じだ。気に入った女子店員と話したいがために、こういった愚かな行為を繰り返している。
余生を過ごすのに充分な金はあれど、充分な温もりは家に無く、それが老人にクレーマーという迷惑行為に走らせていた。老人にとっては、このクレーマー行為が誰かとまともに話せる唯一の時間なのだ。
だが、レジでだらだらと文句を言い続けるのは立派な業務妨害である。しかも老人は一度や二度なんて回数ではない。これまで何度も何度もこの行為を繰り返していた。
「レジがおかしいんじゃないの? 正しい金額を認識しないなんておかしいな。壊れてるんじゃないの?」
「いえ、ですから預かった金額が不足しているだけです。壊れてなんかいません」
だが、こういったクレーム行為で出入り禁止にするのは難しい。
それに老人は毎日クレームをつけにいくワケではなく、時間帯や日を分けて行っており、居座る時間も長時間ではないため、尚更出入り禁止にする事ができなくなっている。
「お客がおかしいって言ってるんだよ? なんで店員である君はお客の言う事を信じられないの?」
「ですからそれは――――――――」
そのため、今日も老人は気に入った女性定員と話すためクレーム行為をしている。
二つあるレジの一つが潰れ、もう一方のレジに他の客は商品を持って行く。
「大変ですね」
くたびれた灰色の作業着を着た中年男性は、コーヒーとサンドイッチの入ったカゴを、主婦のアルバイトのいるレジへ置いた。
「ええ本当に。ごめんなさいね。嫌なモノを見せて」
「あー大丈夫ですよ。店員さん達が悪くないのは百も承知ですから」
老人側が悪質のは誰が見てもわかる。まずアレを見て店員に非があると判断する人間はいない。
「あの客はいつもあんな感じで?」
「いつもですよ。気に入った若い子を見つけて嫌がらせをするのが趣味みたいなんです。あの子は気に入られてるからまだ大人しいですけど、夜勤の男の店員には怒鳴り散らしたりなんかもあって…………」
「出禁にはできない?」
「店舗のイメージのせいだか、マニュアル基準を満たしてないだとかで、何もしてくれないんですよ。他にも何処かで出禁にした店長を自殺に追い込むまで嫌がらせした、なんて噂もあって対応できないみたいです」
「なるほど。店の都合や相手のせいで出禁にできないと。世知辛いですなぁ」
「困ったものです。本当に」
商品を打ち終わりレジに金額が表示された。中年男性は千円札を出す。
「しかし、客を不快にするあんな老人には罰を与えたいですな」
「罰ですか?」
主婦のアルバイトはレジ袋に入れた商品を渡す。
「俺なら口に銃を突っ込んで殺すね」
中年男性は「ばーん」と銃を撃つポーズをしながら、至極普通に言った。
「え?」
「気に入らないヤツは殺す。人類共通の夢ですよ」
「は、はぁ…………」
「冗談冗談。真に受けなさんな」
ぎょっとした顔をする主婦に笑いながら中年男性はコンビニを出て行った。配送トラックに乗って何処かへ姿を消す。
主婦は「物騒な客」と呟くとすぐに業務へと戻った。老人への対応を考えるとうんざりするが、このコンビニで働く以上戦わなくてはならない。後で女子大生へのケアも必要だ。
主婦は「次はいつやって来るのか」とため息をつくが、そんな日は永遠に来なかった。
この日から四日後。
老人の家から腐臭がすると近所からの通報があり、突入した警官がハエやウジのたかる老人の死体を見つけたのだ。
死因は銃口を口に突っ込まれての射殺だった。
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