第4話 血のつながってない姉ちゃんは予知能力者

突然、知ってる声が聞こえた。






 「椿がスタイルなら姉ちゃんに負けないって」






 「なるほどなるほど。たしかにたしかに。椿ちゃんは私に負けず劣らずのダイナマイトボディだよねー」






 「言い方古いな」






 「ふっふっふ。私、これでも脱いだら凄いんです」






 「これ以上凄くなったら青少年達はさらに大変だ」






 「良いこと良いこと。青少年ならエッチな事を考えるのは普通だよ」






 「姉ちゃんはどうなの?」






 「そりゃモチのロン。お姉ちゃんだってエッチな事を考える時だってあるよー」






 「え? 何ソレ何ソレ? オレ、とっても興味あるかもしんない」






 「ちょっと二人ともッ!」






 突飛な会話を椿がバッサリ切り落とす。






 「な、なんで柊華お姉ちゃんがここに!?」






 「なんでとは酷いなー。私はただ椿ちゃんや要くんと一緒に登校したかっただけなのに。しくしく」






 椿の姉である識那珂柊華姉ちゃんがわざとらしくその場に蹲る。




 シクシク泣いてるが、幼児が見ても騙されない貧弱クオリティな嘘泣きだ。明らかにオレか椿のツッコミ待ちで、その後ボケを続けようとしているのが見え見えである。






 「私はそんな邪険にされる姉だったんだね。なんてことでしょう」






 「久しぶりの姉ちゃん、絶好調だな」






 「プライベートとお仕事は使い分けてますから。二人だけに見せる姿ですから。だってプロですから」






 「プロか。そうなんだよな。柊華姉ちゃんはプロなんだよな」






 「そうだそうだ。そうなんだぞ。まいったか。えっへん」






 オレはそんな普段通りの柊華姉ちゃんを見ていると、色々と考え込んでしまう。




 柊華姉ちゃんは予知能力を使った占い動画配信で色んな人達を救っている。予知の的中率は百パーセント。その予知を使って、視聴者達に約束された幸福を教えているのはもちろんで、それはやがて国という存在にも関わる程になった。




 そう、柊華姉ちゃんの予知は国という大きなモノにまで影響しているのだ。




 当然、最初は政府内から反対があったらしいが、柊華姉ちゃんの占い的中率は百パーセントだ。そんな声を黙らせるのに時間はかからず、今では政府の立派な要人になっている。




 政府の要人、学生、占い師の三つ(時々テレビ出演)を掛け持ちする恐るべきスーパースターが識那珂柊華である。






 「いつもお仕事で頑張ってる私を椿ちゃんは…………椿ちゃんったら…………一緒に登校を拒否なんて…………オヨヨ~」






 オレと椿の目の前でバレバレの嘘泣きをしているのはそんな遠い存在で、こうして向こうから現れてくれなければ会う事はできない。例え家族だったとしてもだ。実際、柊華姉ちゃんは忙しくて家でロクに顔を合わせてないし。住む世界が違うのだ。




 なので、そんな柊華姉ちゃんが傍にいれば色々と思ってしまうモノなのである。






 「きょ、拒否なんて言ってないよ! だっていきなりなんだもん! びっくりしたの! お姉ちゃんは仕事場から直接行く事が多いし…………」






 「ふええ~。椿ちゃんが酷い事言ってるよ要く~ん」






 「とりあえず姉ちゃん立とっか。他の人の登校の邪魔になるし」






 姉ちゃんは嘘泣きしてからずっと未知の真ん中に座ってるので、これ以上は迷惑になるだろう。






 「むー、そこは優しい言葉の一つくらいかけるべきだと思うなー」






 「あまりにワザとらしく塞ぎ込まれたんじゃ言う気が失せる」






 「はー、昔はコレ一回でいっぱい優しくされたのに。お姉ちゃんは寂しいよ」






 「柊華姉ちゃんがオレに騙されない精神を教えてくれました」






 口を尖らせてぶーたれつつ柊華姉ちゃんは立ち上がり、ついてもいない埃を払う仕草をしながらオレに媚びるようなウインクをする。何やってんだこの有名女子高生は。






 「一応というか、オレにそういうのやめた方がいいと思うけども。柊華姉ちゃんって人気アイドルって言っても差し支えないんだし」






 「別にいいじゃーん。ウィンクして何が悪いっての。嫉妬は見苦しいぞよ要くん」






 「いや、嫉妬はオレ以外の誰かがすると思う」






 「せんせーい。大好きな人に特別なリアクションして何が悪いって言うんでしょうかー」






 「そういう事を往来で言うのもどうかと思う」






 「お? 照れてるのかな? 意識しちゃったかな? ウブだな要くんはー」






 「どうしようもないなこのウザ姉」






 懲りずに姉ちゃんはもう一度オレにウィンクする。一回目よりワザとらしく、よりツッコミ待ちの姿勢で。






 「姉ちゃんはもうちょい自覚持つべきだと思うんだよな。ワザとやってるのが見え見えだったとしても」






 オレは誰にも聞こえないくらい小さな声でボソリと呟く。




 実際、柊華姉ちゃんの煌めく宝石のような瞳でウィンクなんてされたら、普通の男子ならイチコロだろう。椿と同じく美少女と言って良い顔立ちで、スタイル抜群で、そんな女子が自覚のない(ないのか?)好意を向けてくるのだ。これではイチコロにならん方がどうかしているし、勘違いしない方がどうかしている。




 だが、幼なじみのオレにとっては慣れた事だ。イチコロにならないし勘違いも起こさない。姉ちゃんがしているのは授業中に目があったヤツを笑わそうとか、そういったアレと同種なのだから。気にしたら負けである。気にしたら調子にのった柊華姉ちゃんにからかわれてしまう。






 「ずーーーーーーっと忙しくて休めないからさ。朝菱先生に言ってしばらくスケジュール空けてもらったんだ。また風雪ペスキスタワーの完成披露セレモニーで忙しくなるからって、無理矢理な理由つけて」






 「よく朝菱先生聞いてくれたな。ダメって言いそうなのに」






 「朝菱先生は聞いてくれるよ。それに私は学生だもん。学生の本分は国への協力じゃなくて、動画制作でもなくて、学校帰りに友達とソフトクリーム食べる事だし。それを忘れちゃおしめーよ」






 「なるほど。おしめーなのか」






 「ふっふっふ。そうであろうそうであろう」






 「お姉ちゃん。一応言っとくけど、要ちゃんへの返しになってないからね…………」






 久しぶりにオレ、姉ちゃん、椿の三人で天宮高校へ登校する。




 これっていつ以来だろうか。去年は姉ちゃんが高校生でオレと椿が中学生だったから、最低でも一年は一緒に登校していないはずだ。それにオレと椿が高校生になっても、姉ちゃんは忙しくて車で学校に行ってたし。いや、ほんと柊華姉ちゃんと登校とかどんだけ久々なんだよ。






 「いやー、仕事が無いって最高だね。こうして椿ちゃんや要くんと登校できるし」






 「登校くらいで大袈裟だな」






 「何言ってんだい要くん。こうした小さな幸せを感じられないようじゃおしめーだよ?」






 「お姉ちゃんに時間できたなら、三人で何処か行きたいね」






 「お? じゃあもう行っちゃおっか椿ちゃん。今日学校終わった後とかさ」






 「え? い、いいのお姉ちゃん!?」






 椿の顔がUFOでも見たかの様な驚きに目を見開いている。まさか柊華姉ちゃんから提案があるとは思ってなかったのだろう。色んな感情の混じった顔で柊華姉ちゃんを見つめていた。






 「いいともいいとも。椿ちゃんの行きたい所でいいよ」






 「そ、そんなのダメダメ! お姉ちゃんの行きたい所がいい!」






 椿は久々だからと不意打ちなのもあって、首をブンブンしながら行き先を柊華姉ちゃんに委ねる。






 「お? 私に選ばせてくれるとは椿ちゃんサービス満点だねー。そうだなぁ、うーむ、何処がいいかなー」






 「無難にカラオケとかでいんじゃね?」






 なんとなくだが行き先が出るまで時間かかりそうと思ったので、オレが適当な案を出してみる。






 「要くんナイスアイデア! それでいこっか。ふっふっふ、久々に二人へ私の歌声を披露してあげようじゃないか」






 「やった! お姉ちゃんと一緒にカラオケだ! いつぶりだろう!」






 「ごめんね椿。お姉ちゃんがいなくて寂しかったろう。しくしく」






 「モロ解りな泣き真似されても困るよぉ」






 椿が呆れるように大きくため息を吐くと、ちょうど天宮高校が見えてきた。昔ながらの古めかしさを持つ校舎、それが我が母校である。






 「じゃ、今日の占い部は休みだな」






 「うん、そうだね。お姉ちゃんと遊ぶなんて久々だし、明日からまた頑張ろ」






 「OK部長」






 そして、その天宮高校の隣には大きな洗濯機の工場が建っている。この工場が目立っているおかげで、迷わず初登校できた生徒は多いらしい。オレもその生徒の一人だ。




 『エンドレス』というメーカーの工場で、天宮高校の五倍以上ある敷地で毎日洗濯機の部品を作って組み立てている。ここ数ヶ月で随分と洗濯機の売り上げを伸ばしたらしい。配送トラックをみかけたら、そのトラックは高確率でエンドレスの洗濯機を運んでいるとか。いつから、洗濯機ってそんなに売れるようになったんだんだ?






 「そんじゃねー。また会おう要、椿よ!」






 天宮高校の生徒が多く行き交う正門前で姉ちゃんは手をブンブンしながら別れると、すぐに二年の教室方面へと姿を消した。入学当時は柊華姉ちゃんが有名人なのもあって教室へ行くのも大変だったらしいが、今や本人も他生徒達も慣れたモノである。多少注目を集めるくらいで、柊華姉ちゃんに騒ぐ生徒はもういない。

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