キリングマシーン


「――なるほどのう……お主らは、そんな経緯でこのゲームに流れて来たのか」

「ああ……そういえば、こんな話をDUO内でギルメン以外の誰かにしたのは初めてだな」

「そうか……しかし、そのVRFPSは我も一時期プレイていたが、むぅ、サービス終了していたとは寂しいのう」


 クリムが色々なゲームを渡り歩いていた時期に遊んだ中の一つ、それほど長期にプレイしていたわけでもない、すでに辞めたゲームとはいえ……無くなってもう二度と遊べないというのは、やはり何度経験しても寂しいものだ。

 ゆえに、しみじみと呟くクリムだったが、しかし彼らはその「一時期プレイしていた」という言葉にざわつき出す。



「……ん? あのゲームをプレイしていて、名前がクリム……」

「おい、それって……」

「いや、偶然だろ、だって『首狩り赤騎士』って男だったし」



 そんなことをヒソヒソと話している彼ら……『黄昏の猟兵』アルファ分隊と名乗った面々を尻目に、クリムはリーダーの男と思い出話に花を咲かせていた。

 昔プレイしていたゲームの事となると話が弾むもので、楽しげな様子をフレイとフレイヤがすぐ後ろで「仕方ないな」「だねぇ」と苦笑しながら見守っているのだった。



 ――と、そんな穏やかな空気が、しかし不意に途切れる。


「……魔王さんよ、聞こえたな」

「うむ、もちろんじゃ……これはプレイヤーの悲鳴じゃな、しかも相当に切羽詰まっておるときた」


 耳を澄ませ、遠くの様子を探る先頭を歩く二人に、周囲の者たちに緊張が走る。

 今、この場には多数のプレイヤーが集っているはずだが、しかしクリムの表情が厳しくなったのを見るに、遠方で発生している戦闘は相当に悪い状況らしい。


「我が先に救援へ向かおう、雛菊、お主も共に来い!」

「はいお師匠、がってんです!」


 クリムが全力で走った場合、ついてこられるのはこの中では雛菊くらいだ。カスミとセツナがこの場に居ないことが悔やまれるが、居ないものは仕方がない。

 他にはスザクもついてこれるだろうが、手勢が少ない中で彼まで連れて行くとこちらが手薄になってしまう。


 クリムはそう即座に判断して手短に指示を出すと、雛菊を伴い全速力で、悲鳴が聞こえた方角へと駆け出したのだった。




 ◇


 ――そうしてたどり着いたのは、やや小ぶりなテーブルマウンテンの一つ。その根本には、ぽっかりと洞窟が口を開けていた。


「こんな場所があったんですね……」


 ほへー、と中を覗き込み、洞窟内を見上げる雛菊。


 彼女の見上げる先にあったのは、広大な地下空洞。

 その内部は相当に広く、どうやらこの台地全てがそっくり空洞になっているらしい。

 そしてその構成素材は仄かに蒼い光を放つ、黒い石材をキューブ型にして積み上げたもの。明らかにこの世界の真っ当な建造物ではない。


 ――このような時でさえなければ、すわアタリかと喜べたのだが。


「うむ、だが入り口に誰かが死んだ形跡があった、気をつけて進むぞ」

「はいです!」


 元気よく返事をする雛菊についつい頬が緩むのを堪えつつ、クリムは今は静寂を保つ地下空洞へと足を踏み入れる。


 その際にすれ違った、入り口に一つだけあった残光が、おそらくはクリムの聞いた悲鳴の主であるプレイヤーだったのだろう。


 そして……光のラインが走る幾何学模様が刻まれた立方体をいくつも重ねたような柱が、まるで森のように無数に聳える空洞内では、いくつもの残光が転々と残っていた。それは、まるで一人、また一人と確実に始末されていったかのように。


 そして……転々と残る光に導かれるままに、空洞の中心へと進んだ先には。


「お師匠様、生き残ってる人が居ますです!」

「うむ、急ぎ助けに――」


 そう、茫然自失といった様子でぺたんと座り込んでいる、白を基調とした法衣を纏ったヒーラーらしきプレイヤーの少女へと駆け寄ろうとしたクリムだったが。


「え、あれって――ッ、ダメですまおーさま、気をつけて!!」


 クリムの姿に気付いたその要救助対象本人から発せられた必死の忠告に、クリムは嫌な予感に従うまま、向かって右手へと『シャドウ・ヘヴィウェポン』の詠唱をしながら振り返る。


 殺気は無かった。

 感じたのは、微かなイオン臭。


 直後、クリムが見たものは――まるで宙から染み出すかのように現れた、ダークブルーの装甲を持つロボットらしき敵の姿。


電磁迷彩ECS……じゃとッ!?」


 突如、眼前に現れたそのロボット。

 その耳障りな音を立てて高速で回転する右手を咄嗟に生成した漆黒の大剣で受け止めたクリムだったが、しかし不意を突かれたために大きく態勢が崩れる。


「ぐっ……!?」

「お師匠!?」


 身長差が倍以上、ウェイトなら五倍はあろうかという相手が、上からクリムの小さな身体を押さえつけるかのように、ギリギリと回転する右手を突き出してくる。

 ほとんどドリルを眼前に突きつけられているようなものであり、その視覚的な恐怖心は相当なものだが、それよりも。


「――怖! な、なんじゃこやつ怖っ!?」


 ギョロギョロと動く、真っ赤に点灯する一つ眼のカメラアイが、クリムを真っ直ぐに捉えた瞬間激しく明滅する。


 至近距離からそんな一部始終を目撃したクリムは内心チビりそうになりながら……回転に巻きこまれる形で空中に弾かれるのに逆らわず、むしろその動きに乗る形で不利極まりない鍔迫り合いから脱出する。

 そのまま吹き飛ばされざまに体を捻り、翼でバランスを取って態勢を立て直し、座り込んでいた少女プレイヤーの隣へと降り立つ。


 一連の攻防にポカンとしていた法衣姿の少女だったが……しかし彼女もすぐに気を取り直して、クリムへ警告を送る。


「まおーさま、雛菊ちゃん、気をつけて……そいつに、皆が瞬く間にやられた!」

「……なるほどのぅ、確かにこれは!」

「お師匠、このロボット、何か怖いです……!」


 クリムの背に、冷や汗が伝う。傍では、珍しく怯えの色を浮かべる雛菊の姿。



 ――それは、異様な風体のロボットだった。


 おそらくは排熱なのだろうか、蒸気のようなものを吐き出す口のようなスリットのある、独楽のような形状の胴体。

 そこへひょろりと細長い手足と一つ目の頭を付けたような見た目をした、その異形。

 手足は細く頼りなさげに見えるが、果たして見た目通りなものだろうか。先程からかなりの高速で周囲を旋回しクリムたちの方を様子見しているが、その走行はブレることなく安定している。


 そして……その手に備えた、開き、閉じ、回転する巨大な三枚のブレードで構成されたマニピュレーター。

 ガシャガシャという足音とともに、ギュインギュインと回転音を上げるその手の音は、おそらく特異な外見と共に相手へと心理的な威圧感を与えるためのものだろう。


 一見すると、古臭い機械兵器に見えるかもしれないが……残念ながら、そんな与し易い相手ではなさそうだと、クリムは漆黒の大剣を握り直す。



 ――それは、純粋に相手を破壊するためだけを突き詰めて華美も無駄も極限まで削いだ機体。すなわち特有の、冷たい雰囲気を放っていた。


 それは生物とは全く別の、無慈悲な恐怖を想起させるものだ。幼い雛菊が怖いと感じたのも仕方ないだろう。


 そして――当然ながら、話をする余地などあるはずもなく。


「速――ッ!?」


 不意に、一瞬で目の前へと飛び込んできたロボットの右手が、ギュイィィンとけたたましい音を上げながらクリムの小さな身体を破砕せんと迫る。

 まるでドリルのように高速回転するロボットのマニピュレーターだったが、しかしそれは咄嗟にクリムの構えた漆黒の大剣と激しく火花を散らしてぶつかり合う。


 だが、次の瞬間クリムの表情に、焦りが生まれた。


「――こやつ、よもや武器破壊属性持ちか!? 雛菊、お主は回避と攻撃に専念せよ、間違っても武器で受けるでないぞ!」


 微かにだがガリガリとその刃が削られていく、クリムの魔力で編まれた漆黒の大剣。

 その秒単位の凄まじい勢いで減少していく耐久値を目にしたクリムが、咄嗟に雛菊に警告を放つ。


 クリムのものは使い捨てで惜しくはないが、耐久値低めな刀系武器を主武装とする雛菊がこれを受けるのは不味い。

 この騒音の中で果たして聞こえたか心配したが……しかし彼女はクリムの忠告に従い素早くもう片方のドリルの内側へと小さな体を滑り込ませ、下から掬い上げるようにその細い腕を斬りあげる。



 ――ギィィ……ン!!



 耳障りな金属音を上げて……雛菊の持つ太刀の刃が、ロボットのマニピュレーターに僅かに食い込んだだけで止まった。



「……うそぉ、です!?」


 まさかの絶好のタイミングで腕一本すら両断できなかったことに驚愕の声を上げる雛菊。

 その驚いて硬直した体へと、未だ健在なロボットの左マニピュレーターが高速回転したまま迫る。


「――させるかあッ!!」


 雛菊が斬り込んだちょうど反対側から、クリムがロボットの右手との鍔迫り合いを強制的に切り上げて、遠心力を乗せて全身を回転させるように斬り込む。


 今度こそひとたまりもなかったようで、甲高い音を上げてロボットの左手が宙を舞った。


「――雛菊!」

「はいです!」


 先ほど振り切った勢いのまま、今度は横薙ぎに払われたクリムの大剣が、ロボットが体を旋回させながら振るう残った右マニピュレーターとぶつかり合い、激しく音と火花を上げて弾き返す。

 それとほぼ同時に。蒼炎を纏わせた雛菊の太刀がロボットの胴体の中心、口のように裂けた切れ込みへと突き刺さる。


「燃、え、尽、き、ろ……ですッ!!」


 轟、と音を上げて、軽量化のためか機密性に難ありらしいロボットの全身の隙間という隙間から炎を上げて、炎の中に消えていく。


 やがて地面に倒れて動かなくなったその姿に、クリムと雛菊、そして背後で事の成り行きを見守っていたプレイヤーの生き残りがホッと安堵の息を吐き掛けた――その直後。



 がしゃん、がしゃん。


 ガシャガシャガシャガシャ。


 ガシャガシャガシャガシャガシャガシャガシャガシャ。



 無数の硬質な足音が何重にも聞こえてくる空洞内に、この場に居る全員が表情を引き攣らせる。


 同時に、背後で震えている少女が、クリムたちが助けに来るまで生き残っていた理由を今更ながら理解した。彼女は他に新たなプレイヤーをこの場に誘い込む餌だったのだ。


 退路は――おそらく、無い。


 空洞中心まで誘い込まれた現状で、姿が見えないあのロボット複数体から逃げ切れるとは思えない。


「…………うわぁ、マジか」

「お師匠様ぁ、この足音トラウマになりそうですよぅ……」


 思わず素で嫌そうな声を上げるクリムと、すでに涙声になっている雛菊。要救助対象であるヒーラーの少女など、真っ青になって今にも気絶しそうだ。


 音は聞こえるが姿は見えない。

 見えないが、確実に居る。

 それも――クリムの見立てでは、おそらく最低でも六体。


 あの見た目と性能をしたロボットが実は量産機であり、しかも高度なステルス機能を持っているなど、ちょっと怖すぎるとクリムが内心で愚痴るのも無理はなかろう。


 それが、生き残りのプレイヤーを護るように背中合わせで武器を構えているクリムと雛菊の周囲を高速で駆け、広いホール内に無数にそびえる柱を縫うようにを走り回っているのだからたまったものではない。


「やれやれ……今日はほんの様子見じゃったはずが、これは少し骨が折れそうじゃなぁ」


 そう言って罅だらけ刃こぼれ塗れになっていた漆黒の大剣を投げ捨てて、代わりの武器を作り直して構えたクリムだったが……しかしその表情は、どこか今の危機的状況を楽しむかのような笑顔を微かに浮かべていたのだった。

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