最終層:蒼穹決戦②


 クリムが戦っている場所から虚影冥界樹の中枢までは、走って数分というところだろう。


 しかし、立ち塞がるルシファーとクリムが交戦を開始してから、すでにその時間は過ぎている。


 いまだにクエスト完了の知らせがないということは……スザクの方でも、何か防衛機構が待ち構えていた可能性が高い。


 残り時間は、刻一刻と迫っている。


 だが……クリムの方もまた、眼前に立ち塞がる『最初の悪魔』ルシファー相手に、有効な攻略手段を見出せずにいた。




 ◇


「――くっ!」


 背中の十二枚の翼をゆらめかせ、いっそ優雅な動きでいつのまにか距離を詰めていたルシファー。

 その武器らしきものは何も所持していない繊手せんしゅが、光を纏いクリムに向けて振りかぶられる。


 そのルシファーが腕を振るうのに合わせ、クリムは『剣群の王』を操り、盾として間に挟み込ませる。


 ――猛烈に、嫌な予感。


 それに身を任せ、大剣のガードがありながらも即座に身を伏せるクリム。


 直後――まるで一瞬だけ、世界が静止したような錯覚。


 クリムの眼前で、大剣の上半分、柄の側が吹き飛んでいった先で形を失い消えたのは、そのすぐ後だった。


「な……っ!?」


 たった一振りで、頑健なはずのクリムが『剣群の王』で操る大剣が斬り飛ばされる。


 考えられるのは――防御無視攻撃、それも物理魔法両面での無効攻撃だ。


 とっさに離れるクリムのその足元に、広がる赤い範囲――AoEArea of Effectの輝き。


「……くっ!」


 逃げきれない――即座にそう判断を下したクリムは、ままよ、とばかりに残る三本の大剣を前面に突き刺して、障壁とする。


 閃光が、戦場を蹂躙した。


 幸いにも三本の大剣はクリムに閃光が届く前に遮断してくれたが……そこに、ピッと斬閃が入る。またも振われたルシファーの刃が、三本まとめて断ち切ったのだ。


「……っの、やはりむちゃくちゃじゃな!?」


 瞬く間に、従えていた四本の大剣を失った。


 身を守ってくれるはずだった剣を失ったクリムが、止まれば死ぬという焦燥に追われるまま、大きく周囲を旋回して駆ける。



 ――ぞわりと、『このまま走ったら死ぬ』という不安が鎌首をもたげる。


 直感に任せ、無理やりに横へ飛んだ瞬間、それまで走ろうとしていた先の地面に、赤い線が引かれる。


 それは……何か高熱が過ったことによる、融解痕。


「――なっ!?」


 今、どこから攻撃されたのかがまるで分からなかった。


 ただ危機感に突き動かされるままに退いたら、結果として当たらなかったというだけだ。


 決して、クリムとてそんな読まれやすい機動をしていたつもりはない。

 だが、ルシファーの目はこちらを追従してくる。まるでこちらの動きを予想するかのように……否、クリムが動こうとした、わずかに先を間違いなく見ている。


「ぬぉお!?」


 ルシファーの左手が振われた瞬間、これまでクリムが進もうと思っていた方向に対して、五本の斬撃エフェクトが発生する。


「なんとぉ……ッ!?」


 それでも翼を振り回して体勢を入れ替え、斬撃エフェクトの間を縫うように駆けるクリムの体が――死地を抜けた。


「……ぉおおおおッ!!」



 すれ違いざまの大鎌の一閃が、先の大技の直後で硬直しているルシファーの胴を薙ぎ払うが、しかしクリムの手に返ってきたのは硬質な感触のみ。



【Absolute Defense】

【18810/20000】



「……アブソリュートディフェンス!?」


 もはや馴染みとなったその障壁に舌打ちするが、おそらく少人数での戦闘用に調整くらいはされているのであろうそれは、絶望するほどのものではない。


「じゃが、さほど硬いものではない、コレならば我だけでも……ッ!」


 そう、もう一度足に力を込めて斬りかかろうとした――その瞬間、視界の片隅で、チカッと何かが光った。


 咄嗟に翼をはためかせて方向を変え、飛んだ瞬間、『ピュン』という小さく軽い音が耳に入り、また床に真っ赤な線が一直線に描かれる。


「また……ッ!?」


 だが、今度は理解した。

 その閃光の出本は、空だ。


 ひときわ明るく輝く明けの明星、そこから放たれた光だった。


「分かったとて、どないせいと言うんじゃこんなもん!!」


 いつ放たれるかわからない。

 どこを狙っているかも分からない。

 放たれたほんの数瞬後には着弾する射撃攻撃など、当たる当たらないはもはや運でしかない。


 そんな愚痴を口にしながら走っていると――


「あ、ぎっ…………ッ!?」


 突然、肩が外れるかという強烈な衝撃が走り、転倒する。

 だが、地面に倒れこんだりはしなかった。させてもらえなかった。


 なぜならば、クリムは右腕を何もなかった空中に固定される形で、宙吊りにされていたからだ。


 ――拘束バインド


 ルシファーが凝視した先の宙に浮かぶ光の輪に手首が囚われていて、抜けることができない。


 そんな拘束は直後に自然と消えて、とつさに身を捻るクリムだったが――



 ――ザンッ!



 そんな音を立てて、右腕側が軽くなる。

 空から降り注ぐ光が、かろうじて直撃を避けたクリムの腕を薙いだのだと――瞬時には理解できなかった。


「――ッ!?」


 宙を舞って飛んでいく、大鎌を握ったままの見慣れた腕。視界に瞬く部位欠損アラート。


 微かに動揺したクリムの動きがわずかに鈍り……ほんのわずかに、ルシファーの攻撃範囲から逃げ遅れた。



 ほんの少しだけ外縁部で灼かれただけ……しかし光を弱点とするクリムにとって、それさえも致命的。


 光に灼かれ、全身から上がる煙。半分を切って黄色になっているライフを横目で確認しながら、ギリっと歯を食い縛り、立ち上がる。



 ――次にまたあのバインドに補足されたら、終わる。


 だがそれを完璧に避けるには、おそらくルシファーの視界に入ってはならない。だがこちらの動きを予測演算し正確に追ってくるルシファーにそれを行うのは極めて困難だろう。


 絶体絶命か――そんな中で、配信の会話ログの中からその言葉を見つけたのは、ほんの偶然だった。


『回復薬とか残ってないの!?』


 その視聴者からの言葉に、ハッと思い出し、残る左手でポーチを漁る。ある、とっておきのやつが。



 ――我一人でもったいないけど、ありがたく使わせてもらいます!



 再び駆け出しながらエリクシールを取り出して、キンっ、とアンプル状の小瓶の口を割る。


 戻ってくる手の感覚と、四肢に染み渡り、満ちていく力。


 だが代償に、もう回復薬には頼れない。可能な限り速やかに、この戦闘に勝たなければならない――短期決戦だ。



 ――やれるだけの事は、やってやる!



 それでもダメだったらなどという考えは捨てる、今はただ、皆がつなげてくれたこの戦いに勝つこと以外を思考から締め出して、叫ぶ。


「――『ブレイズブラッド・フルムーン』ッ!!」


 瞬間、クリムの体がそのうちから湧き出す赤い光に包まれた。


 全身に走る、深紅の模様。

 白から紅に染まった髪。

 その側頭部からは、ねじれた角が姿を見せていた。


 ――血壊魔法『ブレイズブラッド・フルムーン』。


 一時的に『純血種』へと変貌する力が付与された、『ブレイズブラッド』の強化版だ。



 次の瞬間、首元にチリっと嫌な予感が走る。


 ――ぶっつけ本番だけど、それでも!



 嫌な予感にかられたクリムが地を蹴ったその瞬間――その姿が、消えた。


 クリムがいた場所、首があった場所に、虚しく拘束バインドの輪が瞬き、虚しく消えた。


『……? 対象ロスト、予測……失敗』


 攻撃対象を見失ったルシファーが、一瞬その動作を止めて、周囲を再走査、改めてクリムの方を向く。


「なるほど……さすがににはついて来られぬようじゃな、ならば……!」


 しかも、なまじ視界内の対象についての短期未来予測があるせいか、こちらの姿を見失った瞬間に行動の空白が一瞬だけ存在する。


 勝機が見えた。

 それを確信して、クリムが壮絶な笑みを浮かべる。



 今のクリムの動き――たしかに『ブレイズブラッド・フルムーン』による身体強化もあるだろう。だが、先程のスピードは、それだけでは説明がつかない。


 それは、今までざまざまな武器を使い倒してきたクリムだからこそ解る……移動系戦技の身体の動かし方を分解して解析し、移動時の足の使い方を抽出して通常の移動行動にも適用する。


 それが、以前スザクとの対戦時に見せたものの完成系、クリムの絶技……システム外技術アーツ『ゼロ・ドライブ』だった。



 そんな、もはや他からは紅い光にしか見えぬような速度で駆け回るクリムが、ルシファーを飛び越えざまに、赤と黒、多種多様な武器を地面に向けて無数にばら撒く。

 攻撃のためではない。いや、多少はそんな期待もあったが、本当の目的は、周囲に使える武器をばら撒くことにあった。


 限界まで酷使した『無形の剣匠』によって、作成した武器たちを何十本と周辺にばら撒き、床へと突き立てる……それ自体が目的だ。


「――破軍剣聖、剣軍跳梁、此処に来れ、『刹那幽冥剣』……ッ!!」


 そのうち依代となったその武器たちが十二本は、光の中で姿を変化させながらひとりでにふわりと浮かび上がり、クリムの周囲を旋回し始める。


『刹那幽冥剣』と、『ブレイズブラッド・フルムーン』、どちらの効果時間も限られている。


 ルシファーを撃破するには、この時間内にどうにかする以外に手段はない。


 ならば……


「付き合ってもらうぞルシファー、我も未体験の、全力全開を越えたその先ヘ――ッ!!」




 ――その先、約十数秒ほどの短時間に起きた光景は、配信越しにクリムの戦闘を見ていた者たちが、およそ理解できぬものだった。


 ドン、と地を蹴り瞬時に最高速度まで加速したクリムが、ルシファーの眼前に刺さっていた剣を抜き、振るう。


 速度の載った剣先からは地面さえ引き裂く衝撃波が放たれて、ルシファーが纏うアブソリュートディフェンスを叩いた。


 ルシファーがクリムを迎撃しようとした時……そこにはもう、クリムがその場に再び突き刺した剣しか残っていない。


 そんな攻撃対象を見失ったルシファーに襲い掛かる、それぞれ別個に飛翔して、高速で飛び交う十二本の紅の剣。


 迎撃しようとルシファーが動いた瞬間――背後から再びクリムが、地面からまた一本の剣を抜き、無造作に横薙ぎに払う。

 その剣から放たれた紅い衝撃波が、またもルシファーのアブソリュートディフェンスを叩き、その体勢をわずかながらに崩させる。


 だが、クリムは止まらない。


 刃が飛び交う中で、クリムは手当たり次第に、手元に来た武器を抜いては振るう――否、予測や予想を超えた『反射』にて最善手を選び取り、未来予測にも似た速度で先を読む。


 ――疾く。


 ――ルシファーに補足されるより、疾く。


 所詮は本来の魂なき、パターン反応によるプログラムにより制御された存在であり、補足できない相手個人にはアクティブな行動には移れない。


 それが――本来の『悪魔』である彼女たちと、複製体の差。


 だから捕まるな。

 エラーを吐かせろ。

 予測演算を超えろ。


 攻撃回数が二十を超え、三十を超え、五十、百、まだ尽きない、無限に続く円環の輪舞。



「――無尽ジリオン……強襲レイド……ッ!!!」



 ルシファーの纏うアブソリュートディフェンスが、一瞬で砕ける。

 一回のヒットで1%しか削れないライフならば、100回叩き込めば消し飛ばせる。


 そうして荒れ狂う深紅の光の乱舞と化したクリムの、ほんの一瞬の、しかし異様なまでに執拗な攻撃を受けて――ルシファーの複製体は、何が起きているかを理解できぬまま消えて行ったのだった。





「――はぁッ、はぁっ……ッ」


 周囲にルシファー複製体が散っていった残光が舞う中で……動きを止めたクリムが激しく息をつきながら、呆然と天を見上げる。


 仮想の世界のはずなのに、息が苦しい。視界が霞む。

 まるで数秒間心臓が止まっていたかのように、脳が酸素不足を全力で訴えかけている。


「今の……感覚は……っ」


 膝に力がもう入らず、体重を支えきれずに膝から崩れ落ちる。

 無我夢中だったが故に、何が起きていたのかも自分にすら分からない。


 ただひとつ言えるのは――知覚の限界領域の向こう側へと吹っ飛んでいたのだという漠然とした理解と、今のクリムが感じている息苦しさは、たった十数秒限界を踏み越えた、その代償だということだけだ。


『……驚きました。クリムさん、貴女の……勝利です』

「…………いや、まだだ」


 賞賛の言葉を送る、本物のルシファーの声を制して、クリムは震える膝を叱咤してまた立ち上がる。


 まだ、『ブレイズブラッド・フルムーン』の効果は続いている。今から全力で駆け抜ければ、せめてひと殴りだけでも先で戦っているスザクの手助けができるかもしれない。


 故に、クリムは全力を出し尽くした身体に鞭打って、追従する十二の紅剣を伴い、ふたたび駆け出したのだった――……








【後書き】


 ※エネミーのステータスは戦闘参加人数に合わせて調整されています(勝てるとは言ってない

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