真なる竜④


『それでは、この辺りで降ろしましょうか?』

「ああ、頼む」



 ――ここは、新都ノバルディス……からある程度離れた場所にある雪原。


 そこに、クリムたち三人を掌に乗せた真竜ヴェルザンディが、ソールレオンの指示に従いゆっくりと下降していく。


「ふわぁ、早かったねぇ」

「うむ、往路の二時間がほぼ数分とは。なかなか貴重な体験じゃったな……」


 すっかり乱れに乱れ切った髪を直しながら、クリムとフレイヤは、わずか数分の空の旅の感想を語り合う。



 ……なぜこんなことになったのかというと。


『試練に打ち勝った小さき子らですもの、私、最大限の便宜を図って差し上げます』


 そう、戦闘終了後、嬉しそうに語るヴェルザンディ。


 そんな姿にとても「いや結構です」とは言えないため……その申し出については非常にありがたかったのもあり、こうして厚意に甘えて送ってもらったわけである。



「ところでヴェルザンディ、君は『幻体』に変化できるのか?」

『はい、もちろんです。たしかにこの姿を見咎められたら騒ぎになってしまいますし、先に変化しておきましょうか』


 そうソールレオンの問いに答えた直後、ヴェルザンディの体が光を発し……その巨体が、みるみると縮んでいく。


「ふう……こちらの方が、話しやすいですね」

「ほう、お主、人型にもなれるのか」

「うわぁ、すごい美人さんだぁ」

「ふふ、これこそ私たち真竜族の対人インターフェースである『幻体』です」


 忽然と姿を消した機竜ヴェルザンディの代わりに姿を現し、自慢げに胸に手を当てて微笑んでいる、人型形態のヴェルザンディ。



 それは――豊かな金髪を編んで頭の後ろで束ねた、見た目ハイティーンくらいの少女の姿を取っていた。


 人工物めいた精緻さながら、見るものを安堵させるような優しい微笑を湛えた美しい顔。


 均整の取れた豊かな肢体を包むのは、踊り子のような布地の少ない衣装。


 惜しげもなく晒されたその肌は不思議と卑猥さは感じず、全身どこにもくすみ一つない、まるで自ら輝いているかのような瑞々しさを保っている。


 さらにその上には、透けるようなひらひらとした薄衣を幾重にも纏っており――その姿を総じて見た感想としては、女神と呼ばれる存在に対するイメージそのものといった、少女と大人の女性の境目にあるかのような麗人だった。



 そんなヴェルザンディの姿に、クリムとフレイヤが見惚れていると……


「さて、それでは早速ですが、忘れてしまわないうちに、約束の褒美をお渡ししますね」


 彼女はそんなクリムたちの様子に一つ微笑むと、その手を眼前へ掲げる。


 次の瞬間、目も眩むような光がその手の上から炸裂し……視力が戻ってきた頃には、彼女はいつの間にか、青く光り輝く正八面体の結晶体を浮かべていた。


「こちらが、あなた方の希望した……『竜の輝石』と、あなた方小さき子らが呼ぶものです。どうぞお受け取りくださいな?」


 そう言われて、おそるおそる、ヴェルザンディから差し出された結晶を受け取るクリム。


 手の上に乗せると、それはほの暖かい光を内から発していた。


「ところで……この『竜の輝石』とは何なのじゃ?」

「はい、それはですね。正直、適切な固有名詞が人の世に無いために少々説明が難しいのですが」


 それが、膨大なエネルギーを秘めた物体であることは見ていればなんとなく分かる。

 が、それが何であるか不明となれば正直恐ろしい。人は、未知をこそ恐れるものなのだ。


 と、おっかなびっくりといった様子で輝石を突いたりしているクリムに、ヴェルザンディが嬉々として指を立て、解説してくれる。


「私たちは、周囲の空間を『魔力のある世界』から『魔力の無い世界』に相転移し、その差分を自身のエネルギーとして活用しているのですが」

「……やっぱり、めちゃくちゃ世界観が違くない、お主ら?」


 初手からとんでもない話となっており、ジト目でツッコミを入れるクリムだったが、ヴェルザンディは「そういうものなんです」とさっくりスルーして解説を続ける。


「その際に発生する、私たちに活用できないよく分からない不純物。それを結晶として凝固させたものを体外に排出したのが、この『竜の輝石』です」

「はー……これ自体、相当なエネルギーを秘めているように見えるがのう」

「そうなんですけどねー、残念ながら私たちには活用できなかったのです。はるか昔に存在していた小さき子らの一部の者は、これを触媒として何かを作ったりしていたみたいですけれど」


 そんな中……先程の会話には参加せずに先程のヴェルザンディの話を反芻していたフレイヤが、ハッと何かに気付いたように顔を上げる。


「必要なものを回収し終えた残り……あの、それってもしかして、真竜さんの」

「む、どうかしたか、フレイヤ?」

「あ、ううん、何でもないよ!」


 振り返ったクリムの言葉に我に返ったフレイヤが、両手をワタワタと振って何かを誤魔化す。


 そんなフレイヤに……クリムはただ、首を傾げるのだった。








【後書き】

 この真竜姉妹、実はまだぼんやり構想中の第二部における重要NPC候補だったりします。

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