真なる竜②



 ――新都ノバルディス。


 分厚く重苦しい外壁に囲まれた、雪と氷に閉ざされた灰色の城塞都市。

 大陸でも旧帝都、ウィンダムに続く第三の都市であるこの街は、しかし、特殊な因縁を持つ街でもあった。


 というのも……この街は、元々は暗黒時代の戦争に敗北し、大陸南部から追われた魔族たちがより集まってできた集落から発展した、魔族たちの都なのだ。


「……と、本来ならばめっちゃギスってるはずの街だったんじゃがな」

「そうは見えないねぇ……」


 まるで寒さを吹き飛ばすかのような、商人たちの取引が行き交う大通りの喧騒に、クリムとフレイヤは揃って苦笑する。



 ……確かにこの街は、帝都、そして人間たちを不倶戴天の敵として、いつも北の脅威としてあり続けた街



「ま、私らが領主になった時には、貧困で全員共倒れになりかけていたからな」

「む、早かったな」

「レオン君、突然押しかけてごめんねー?」


 不意に会話に加わってきた青年……ソールレオンに、クリムは手にした紙袋……先ほど、露店の一つから購入してきた饅頭を差し出す。


 彼はその中から嬉しそうに饅頭を一つ取り出して、台紙を剥がし、ぱくりと齧り付きながら、先ほどの続きを語り出す。



 ――確かに、帝国とは敵対関係にあったのだ、この街は。


 だが、帝国崩壊と共に内乱が勃発した際……この街は、血の気の多い魔族たちの間で、誰が帝国を食い尽くし次の大陸の覇者となるかで激しい権力争いに見舞われたのだ。


 その結果、元々食料に乏しい北の地であることも災いして、瞬く間に物資が底をついた。

 それを補うために、権力闘争を勝ち抜いたドラゴニュートの氏族長は重税を課してそのほとんどを軍事費に当てたものだから、後はどうなったかは推して知るべし。


 ……どれだけ武器を、兵を揃えても、腹が減っては戦にすらならないのである。




「――と、いうわけでね。まあ、もう皆戦争で腹を空かせるのはこりごりと、こうして種族対立は瓦解して交易に力を入れるようになったのさ」


 幸い、この大陸北部は優良な鉱山資源の宝庫である。交易する上での特産品には事欠かない。

 そのため……今は、鉱石類の買い付けに訪れる商人たち、そしてその商人たち相手に商売を始めた者たちによって、有史以来未曾有の好景気に湧いているのが、この新都ノバルディスなのだった。


「……なんとまあ、暗黒時代から連綿と続いていたはずの因縁にしては、締まらぬ結果じゃのう」


 呆れ混じりの感想を呟きつつ、クリムも袋から取り出した饅頭へと齧り付く。そんなこの饅頭だって、東のブルーライン共和国との交易により得た良質な食糧による賜物だったりするのだが。


 途端に口内に広がるのは、現実のあんまんとほとんど区別がつかない、ほんのり甘いふかふかの生地と、中から出てきた甘いこし餡。


 熱々のあんこに舌を焼かれ、皆ではふはふと言いながら一つ目を平らげたところで……ようやく、ソールレオンが再び口を開く。


「それで、君たちは何をしにここへ来たんだい、観光というわけではないんだろう?」


 そう確信を持って尋ねてくるソールレオンに、クリムとフレイヤは、揃って頷くのだった。





 ――この地に住まうという真竜から、『竜の輝石』を譲り受けたい。


 そんなクリムたちの話を聞いて……ソールレオンは、ふむ、と顎に指を当てて考え込む。


「真竜か……居場所なら、分かっている奴も居るが」

「本当か?」

「ああ、良ければ案内しよう」


 そう快諾してくれた彼によって、クリムたちは割とすんなりと、目的を果たすことができそうだった。


 ……少なくとも、この時までは。




 ◇


「これが……」

「真竜……なの……?」


 愕然と、眼前の光景を見上げるクリムとフレイヤ。


 そうしてソールレオンに案内されて連れて行かれた『竜の墓標』にて待っていたのは――三体の、白い優美な姿をした融機生命体の竜だった。


 そのうち二機は、クリムたちの方に興味無さそうに寝そべったまま、視線だけを向けてきていたが……最もクリムたちが来た側に座っていた一機は、ゆっくりと立ち上がり、クリムたちの方へと向き直る。


『これはこれは……珍しい来客ですね。私はヴェルザンディ、後ろに居るのは姉のウルズと、妹のスクルドです。どうかしましたか、小さき子らよ』


 それは意外にも、優しい声だった。


「申し訳ありません。私は、クリム=ルアシェイアと申します。寝所を荒らす意図は無くて、お願いしたい事があって参りました」

『ほう……構いませんよ、言ってご覧なさい?』


 どうやら話が分かる存在らしいとホッと安堵の息を吐きながら、クリムとフレイヤが、今回来訪した理由について語る。





 ――意外にも……というのも失礼かもしれないが、真竜たちは静かにクリムたちの話に耳を傾けてくれていた。


 外で起きている、冥界樹関連の出来事。

 それを解決するための準備の一環で、霊薬『エリクシール』の材料を集めていること。

 そして……そのために、真竜が生成するという『竜の輝石』が必要なこと。


『なるほど……話は分かりました。正直、あなた方ヒトがあのようなものを欲しがる理由は理解できませんが、私たちには不用なものですからお譲りするのは吝かではありません』

「では……」

『ですが』


 どうやら無事に話がまとまりそうだと、ホッと一息吐こうとしたクリムの言葉を遮るように、強い口調で続きを語るヴェルザンディ。


『古来より、竜に頼み事をする場合、試練を受けるというのが慣わしでしょう?』


 どこかウキウキと弾んだ声色で語るヴェルザンディに、クリムとフレイヤが顔を引き攣らせ、一方でソールレオンがこの後の展開への期待に表情を輝かせる。


「……な、何をすれば良い……のじゃ?」


 今更ながら、彼女の背部粒子加速器と全身の砲塔の存在を思い出して嫌な予感を感じながら、クリムが恐る恐る尋ねる。


『簡単なことです……私を、戦って納得させてみせなさい、小さな子らよ!』

「なんかやたら嬉しそうじゃなあお主ィ!?」


 嬉々として戦闘態勢に入るヴェルザンディに、思わずクリムがツッコミを入れる。

 しかし……彼女はそんな事などお構い無しに、畳んでいた翼を広げ、エネルギーの奔流による翼膜を展開して空へと浮かび上がっていた。


 キィィイイイン、と甲高い飛行音を上げながら上空を大きく旋回しているその姿に、クリムとフレイヤは、一抹の望みを掛けて寝そべっている他の二機……ウルズとスクルドに目線を送る、が。


『ごめんなさい。あの子、いつか小さきヒトに試練を与える日が来るのを楽しみにしてたの、ちょっと付き合ってあげて?』

『あたし興味なーい、頑張って生き延びてねー』


 そんな無情な言葉と同時に……加速をつけて急降下してきたヴェルザンディが地面に激突し、その衝撃により、あたり一帯に激しい吹雪が吹き荒れたのだった――……

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