セイファート城の客人たち12

 ――クルゥが無事ルゥルゥに保護されて、クリムがようやく安心して中庭へと戻る途中。




「……今度はお主らか。今日は随分と知った顔とのエンカウント率が高いのぅ」

「えっと……何、いきなり」

「すまん、気にせず話を続けてくれ」



 その道中に居たのは……深刻そうな顔で話し込んでいる、ソールレオンとヴェーネだった。


「というか、お主も来ておったのじゃな」

「はいでやんす、不肖このヴェーネ、帝都解放委員会代表の連絡員として、出向を命じられたでやんす!」


 そう、何故か三下言葉の緑髪のワービースト少女が、クリムに敬礼しながら元気に教えてくれた。


「……で、何を話しておったのじゃ?」

「なに、今度の決戦に向けて、物資提供に関しての交渉をね」

「といっても、あっしらが一方的に提供を受ける側で申し訳ないでやんすけどねえ」


 そう、頬を掻きながら困ったように笑うヴェーネ。

 なんでも……ソールレオンは、『ノール・グラシェ北方帝国』がこれまで溜め込んだ素材を解放して、抱えている職人たちも総動員し、高品質の装備を冥界樹討伐に参加するプレイヤー皆へと提供することを決定したのだと言う。


「今回の大規模戦闘は、間違いなくプレイヤー全てを巻き込んだ決戦だからな。プレイヤー全体の戦力を底上げするべきだと、彼らに武具の提供を行なっていた」

「いや、助かるでやんす。でも、こんな大盤振る舞いをしてギルドの財政は大丈夫でやんすか?」

「何、どうせこの決戦に負けたらやり直しなんだ。ならばせいぜいありったけ使い切って勝率を上げた方が有意義だろう」


 そう、何でもないことのように言うソールレオン。

 だが、同じくユニオンを率いる身であるクリムは、その思い切りの良さに舌を巻いていた。



 ……実際は、ギルドや個人が所有する物資はループに入っても引き継がれる。ならば、万が一この決戦で敗北した場合、物資を残して周回に入ったギルドの方が、スタートダッシュには圧倒的に有利なはずだ。


 だが、ソールレオンはそれをばっさりと却下して、この周でのクリアに全力を傾けている。


「……ふ、はは。お前がそうするなら、我が余力を残すなど良くはないな」


 確かに、この決戦に参加全てを賭けるならば、後先を考えるより少しでも勝率を上げたいところである。


 だが……これは、権力が盟主であるソールレオンに一点集中している北方帝国ならではのフットワークの軽さがあったからこそ、可能とした即決だ。

 連王国や共和国では、そう「やります」とは言えないところだった。


「じゃが、我ら連王国は一応我が盟主を務めておるが、運営は各ギルドとの合議制じゃ。即断とはいかんが、まずは議題に挙げてみよう」


 そう言って、クリムは早速ユニオンの会議用掲示板にスレッドを作り、先程の内容について連王国からも物資供給をしても良いか質問する。


「……これでよし、と。すぐに物資を出しますとはいかんが、すまんな」

「いや、全然そんなことないっすよ、ほんとありがたいでやんす」


 ひたすら感謝するヴェーネに、気にするなと告げてひとまずはこの話題を終わらせる。


「ところで、お主ら解放委員会の盟主はどうしておる?」


 クリムが気になっているのは、やはり姿を見せぬヴェーネの上司、解放委員会盟主である『おひいさま』の事だった。


 ……今回の件、彼女にはかなりの負担を押し付けているためだ。


「おひいさまっすか? 今日も少しでも戦力を充実させようとして、小中ギルドの折衝に駆け回ってるでやんすねぇ」

「やはりそうか……すまんな。お主ら解放委員会や、聖王国には多大な負担を強いることになるが……」



 プレイヤーの側の部隊編成や指揮などには、実は今回、クリムたちは関わっていない。


 というのも、今回の決戦では『解放者アンチェインド』であるクリムたちを抱える三魔王勢力は、他のプレイヤーの部隊中には参加できない。


 今回、『ルアシェイア連王国』『ノール・グラシェ北方帝国』『ブルーライン共和国』の主力部隊は全て、クリムたち『解放者』の直衛として、冥界樹中枢を目指す突撃部隊となっている。



 ――最大戦力の一点集中による、たとえ他のプレイヤーたちを犠牲にしてでもの突破陣形。



 そんな尖り切った作戦に踏み切らせたのは、今回の決戦が、クリムたち『解放者』の四人のいずれかを冥界樹最奥へ送り込み、冥界樹強制停止コマンドを叩き込むのが、唯一クリムたちに与えられた勝利条件だからだ。


 どうしても敵陣奥深くまで入り込むクリムたちに、それ以外の場所で戦う皆の指揮を執る余裕もないだろう。



 ……そうして、他の勢力でかつプレイヤーたちを纏められる人材として白羽の矢が立ったのが、やはりというか大陸を四分するうちの一つ、聖王国の聖王セオドライト。


 そしてもうひとりが、先の戦闘で西側のプレイヤー連合を指揮した帝都解放委員会、その盟主である『おひいさま』だった。



「まあ、乗りかかった船っすからね。うちのボスも乗り気だし、気にすることはないでやんすよ」


 やれやれと肩をすくめ苦笑するヴェーネに、しかしその顔には嫌だとは書かれていない。

 そんな彼女ら解放委員会の皆に、あらためて深く感謝するクリムとソールレオンだった。





 そうして、しばらくソールレオンやヴェーネと話を詰めていると。


「――お久しぶりです。赤の魔王様……とお呼びしてよろしいでしょうか?」


 不意に、新たな声が場に加わる。


 クリムがそちらを向くと、そこには……クリムより少しだけ年上に見える、黒い長髪を右側だけ頭の横で括った髪型をした少女が、いつのまにか佇んでいた。


「お主は……確か、緋剣門に居た双子の巫女の……」

「妹の、ミニーでございます。赤の魔王様においては、あの門が解放された日以来ですね。お久しぶりです」


 そう言って、両手を揃えて楚々とした仕草で深々と頭を下げる少女。


「ところで、双子の姉の方は……」

「姉のジェミーでしたら、今は解放委員会の盟主様と行動を共にしております」


 そんなミニーの言葉に、クリムは驚きに軽く目を見開く。てっきり、彼女たちは片時も離れないタイプだとおもっていたのだが、しかし。


「そうか、そういえばクリムたちは知らなかったな」

「元々、彼女たちは別行動が基本なんでやんすよ」

「そうなのか?」


 ソールレオンとヴェーネの言葉を受けて、クリムはミニーに尋ねる。


「はい……私たち姉妹二人は、戦闘においてはさしたる力はありません。ですが、お互いの五感をリアルタイムで共有していますので」

「生まれつき持っている、お互いが見聞きしたものをどれだけ離れていても共有できる能力なんだそうだ」

「こうして通信員としての仕事がメインなんだそうでやんす」


 そんな説明を受けて、なるほど、とクリムは思う。



 クリムたちプレイヤーは、遠方に会話を飛ばす手段としてチャットが標準搭載されているが、彼女たちこの世界の住人にはそれがない。


 一応、ごく少量、通信機らしきものは残存しているが……それでも、こうして瞬時に音声と映像で情報共有できるというのは、彼らにとっては非常にありがたい存在だろう。

 ミニーは、戦力としては大したことはないと謙遜していたが……とんでもない、多少の武勇よりもずっと重宝する、貴重な存在のはずだ。


 ……もっとも、繰り返しになるが、クリムたちプレイヤーにとってはチャットシステムのせいでその恩恵はあまりないのだが。



「私はこちらにお世話になっているレオナ様たちに同行して、大陸中央に残った姉と共にお互いの会議内容の情報交換に努めさせていただきます。しばらくお世話になりますね」

「うむ、了解した。何か困った事があったら遠慮なく言ってくれ」


 微妙に不憫に思えたことはそっと胸の内に仕舞い込み……クリムはにこやかに、彼女を歓迎するのだった。

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