悪魔ルシファー①
『――ようこそ、歓迎しますよ、限界を超えし【
穏やかな微笑みを浮かべ、荘厳な光を背負って現れた黒翼の女神。
そんな神々しさすら感じられる姿に、ゴクリと息を呑むクリムたちだったが……しかし。
『それにしても……ふふ、こうしてお客様を迎えるのは、数百年前に獅子赤帝ユーレリア様を迎えて以来ですね。何かお茶とお菓子でも用意した方がいいでしょうか?』
「あ、いえ、お構いなく……」
これまでの威厳のある振る舞いが秒で崩れ去り、お節介なお姉さんみたいなことを言い出したルシファー。
そんな姿に、皆を代表し、困った様子でどうにか返答を返すクリムだった。
『ああ、そうでした、その前に、この場にいない他の皆様にも接続しなければなりませんね』
はたと思い出したように手を叩いたルシファーが、何かプレイヤーが使用するコンソールによく似た半透明のウインドウを空中にいくつも投影して、操作し始める。
『――皆様がた、聞こえていますか? 私はルシファー、あなた方が悪魔と呼称する存在です』
やがてすぐに、勝手に通信ウインドウが開き、そこに眼前で喋っているルシファーの姿が投影される。
そしてそれはおそらく、今、全てのプレイヤーへと届いているのだろう。
『今回は皆様の代表として、ごく一部の方々をお呼びしましたが、しかしこれから話すことは、この世界全ての皆様……あなた方がプレイヤーと呼ぶ方々全てに関係する内容のため、こうして傍聴していただいています。ご了承ください』
そう言って会釈すると、ルシファーは改めて、クリムたちへと向き直る。
『というわけで、お待たせしました』
どうぞ、何なりとご質問ください。
そう、ルシファーまるで企業のサポートページを管理するAIのように、微笑んで告げるのだった。
――あまりにも、予想とかけ離れたルシファーの姿に面食らっていたクリムたち一行。
その中で最も早く立ち直ったシャオが、挙手して質問を投げかける。
「まず、最初に聞いておきたいんですが……僕らは、冥界樹クリファードの封印された力がここにあると聞いてここまで来ました。ですが、この機械……ですかね。これは何ですか?」
シャオが、真っ先に皆が疑問に思っていたことを尋ねる。そんな疑問にルシファーは一つ頷くと、訥々と回答を話し始めた。
『大丈夫、あなた方は道を間違えてなど居ませんよ。これは……言うなれば、遥か彼方の世界から漂流した、環境制御装置です』
「環境……制御装置?」
『はい。マナの循環の流れ、大気や土壌を調整して、元々あった世界の生物の生存に最適化した環境を作り上げ、元の世界の環境を再現するための生命の方舟……それが、この【エデンの園】でした』
この『Destiny Unchain Online』のどの文献にも載っていなかった、ルシファーの回答。薄々予感はしていたが、やはりというか、思い切りSFの話だった。
「もしや、その環境を制御する機構が世界樹と冥界樹か?」
『はい。世界樹セイファートが環境を整えて、生命を誕生させ、繁栄させる。何か齟齬があれば、冥界樹クリファードが剪定して、トライアンドエラーを繰り返して元の世界と同じ環境を整えて、入植先とする……はずでした』
先ほどから、やたらと『はずだった』という言葉を使うルシファー。そろそろ皆も嫌な予感に満ちてきた頃……沈痛な面持ちで、彼女が語る。
『ただ……誤算がありまして』
「「「誤算?」」」
ルシファーの、やや目を逸らしながら曰った言葉に、皆が嫌な予感を膨れ上がらせながら、一斉に首を傾げる。
『この大陸に落着した際の衝撃で、データの一部に破損があったんです。なんせ、大陸の形を根本から変えてしまう勢いで落下してきましたから。
それでエラーを吐いたデータに、よりにもよって何が完成かの設計図も入っていたので、トライアンドエラーの辞めどころがわからなくなってしまったみたいなんですね』
「おいこらぁ!?」
困ってしまいましたね、と頭をコツンと叩いて軽く述べたルシファーの、その重大すぎるやらかしの告白に、思わずクリムが噛み付く。
「じゃあ何か、俺たちは壊れたコンピューターが暴走して引き起こしている滅亡と衰退のサイクルに付き合わされているのか?」
『はい、重ね重ね、申し訳ありません』
スザクの詰問に、深々と頭を下げるルシファー。だがその行為は義務的であり、本当に申し訳ないと思っているかはいまいち判別できない。
今思えば、人と共にいた記憶が長いベリアルは、何だかんだで常識的だった。
エイリーも、自由すぎて少しアレなところはあるが、それでも物事の尺度はどちらかというとクリムたちと大差無かった。
だが、この『ルシファー』は違う。
たしかに善良で友好的だ。理知的で、話も問題なく通じる。
だが、尺度が決定的に違う。
おそらく彼女は、たとえクリムたちが失敗して今の世界が一度滅んでも、『今回は駄目でしたが次に期待しましょう』と割り切るだろう。
……なるほど、ベリアルが『無責任クソ野郎』と罵っていた訳だと、クリムも納得した。
そんな、皆が白い目で見ていることなどまるで気にした風もなく、ルシファーは話を継続する。
『ですが……今回のサイクルの中で現れた、冥界樹クリファードを封じてしまった彼女――獅子赤帝ユーレリア・アーゲントというイレギュラーとの邂逅の中で、変化がありました。
私はただの、そのエデンの園の管理を行う擬似人格でしたが、最初のクリフォ……バチカルを組み込まれた事で、独立して思考できる頭脳と、単独行動できる精霊の身体を得ました。
これで、このサイクルを止めることができる。そう喜んだのも束の間のことで、それが不可能であることはすぐに判明したのです』
頬に手を当てて、ふぅ、とため息を吐きながら、彼女は困ったように語る。
『自我と体を得て……それでも、私は他の悪魔の子たちと違って根本からエデンの園に隷属する身です。今の環境管理システムが暴走していても、本体からの指令がなければそれを停止することはできませんでした。
よって、この円環のシステムを止める裁定者を放つことにしました。
そのためにまず、彼女……ユーレリア・アーゲントへと協力を依頼しました。彼女が世界樹セイファートから託された神剣によって私を殺させる事で、この身と共に、クリフォ1iに私が有する管理者権限を付与して無数に分割し、この大陸へと私の因子をばら撒きました。これから産まれてくる者たちに託す事で、いずれ冥界樹クリファード、ひいてはエデンの園を止めるためにです』
そう、胸に手を当てて語るルシファー。
自分の存在を殺してまで、後に現れる者に世界の救済を託すに至った彼女は……果たして何回、世界が滅ぶのをただ無力感と共に見送ったのだろうかと、クリムたちも固唾を飲んで彼女の話に耳を傾ける。
『……ですが、それだけでは裁定者たりえません。あくまでも植え付けたのはその種子であり、実際に裁定者としての権限を得るには、それを強く育て、また、殻を破る意思を持たなければならなかった。いつか、そんな存在が現れる日が来ることを期待して、今までずっと見守っていたのです』
「なるほど……それが私たち種族進化した者、お前の言う『
『はい……私の望みは、思っていたよりもずっと早く叶ったみたいですね』
そう、愉快そうに笑うルシファーに、クリムたちも釣られて笑う。
『まあ、まさか最初の一周目で訪れるとは思っていなかったんですけどねー、ふふふ』
「……聞いておきたかったのじゃが、現れなかったらどうしたのじゃ?」
『まだ時期尚早ということで……ユーレリアが冥界樹の封印に用いている12のセフィラの力を奪い、あなた方の持つ私の因子に書き込まれた情報を回収して、一年前の時点に時間遡行を敢行してあなた方がふたたび訪れるのを待つつもりでしたよ?』
「つまり、問答無用でループしておったのじゃな……また、ぞろ炎上しそうな事を仕込みおってからに」
人は、積み上げてきたものを突然奪われるのを嫌う。もしもクリムたちが種族進化しておらずにこの場が設けられなかったら、さぞ多方面に燃え盛っていたであろう事は想像に難くない。
――やっぱ開発、頭のネジ吹っ飛んでないか?
あっけらかんと笑いながら曰うルシファーに、クリムをはじめ、この場にいた一同、引き攣った笑いを浮かべるのだった。
【後書き】
長くなったので分割です。
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