真名、解放
「ここなら遠慮しないわよ! えーい、『テラフレアボム』ー!」
ジェードが投げた、何かヤバげな髑髏マークが描かれた手乗りサイズの木箱。
それが、奥に続く横穴から次々と漆黒の蔦が雪崩れ込んでくる中に、飲み込まれ……
――轟音と、熱気。
激しく燃え盛り、横穴全体を埋め尽くすような炎が吹き荒れる。
「……よし、効果はあるようじゃな! ジェードはこの調子で横穴を抑えてくれ、リコリスとサラ、それとリュウノスケはそちらのサポートを!」
「はい、任せてください!」
「了解よ、少しでも遅延させれば良いのね?」
「ああ、任された、やれるだけのことはやってやる!」
さすがにそれだけで奥の蔦全てに延焼するような都合の良いことは起きないが、しかし火はやはり苦手なのか、蔦がこちらに入ってくるのを躊躇っているようだった。
そんなジェードやリュウノスケ達一家が健闘している一方で、メインでユーフェニアの護衛についているクリムと、その周囲では。
「えぇい、うじゃうじゃと……あやつの邪魔するでないわ!!」
気合い一閃、全身を使って大きく腕を振りかぶったクリムから放たれた大質量の一撃が、地下空洞に衝撃を走らせる。
すっかりと馴染んだ『剣軍の王』により繰り出された、手に持っての使用などまるで考慮されていない巨大な大剣は、迫る蔦の大群を千々に薙ぎ払い、吹き散らす。
――この場に居るメンバー中、対多数戦において最大の打撃力を誇るクリムを中心に、皆、持ち場を堅持して、全周囲から際限なく迫る漆黒の蔦を食い止めていた。
「クリムさん、突出して巻き込まれないでくださいよ……吹き荒れなさい、色々弄った『イラプション』!」
いかなる方法を使用しているのかはクリムには分からなかったが、シャオが放った『イラプション』……ただし、威力と放たれる火球の数が別物レベルで違う……が、クリムが粉砕したは良いがまだ動いている蔦たちを、灰すら残さず焼き尽くす。
同時攻撃対象数が多く使い勝手がいいという理由でよく対集団戦で見かけるのがこの『イラプション』という魔法だったはずだが……それはもはや、クリムたちが知っているものとは全く違う魔法だった。
「……とんでもないな。同じ魔法職としては尊敬するよ」
「はぁ……あの人がこのゲームの最強魔法使い、青の魔王様なんですねぇ」
「とはいえ、あれだけ威力を増した魔法なんてそんな長続きしないはずだ、僕らは僕らの仕事をきちんとやろう」
そう、広範囲の攻撃はクリムとシャオに任せて、小回りのきく魔法を駆使して取り逃がした敵を焼却してくれているフレイとラン。
その更に後ろでは、時折思いがけない場所からユーフェニアを狙ってくる蔦に対処するためフレイヤが付きっきりでガードしており、クロノとシュティーアが速やかに処理してくれている。
元々、ベリアルとの激戦からの連戦だ。ハルがMP自然回復の呪歌をずっと歌ってくれているが焼け石に水、決して余裕があるわけではない。
三分間という、絶え間なく新手が無数に迫る中では無限にも思える時間に……皆、疲労の色は加速度的に増している。
だがそれでも……ユーフェニアはクリムたちを信じて、静謐な佇まいで瞑想を続けているのだ。その信頼に応えねばと、皆もいっそう奮起して耐えている。
……問題は、だ。
「さて……向こうの状況は大丈夫かの」
そう呟いて、今はベリアルと交戦中の二人……ソールレオンとスザクの方へと、チラッと目線を飛ばす。
そこでは――
◇
「ヘルムウィーゲ、オルトリンデ、ゲールヒルデ、ヴァルトラウテ、戻れ!」
激しくベリアルと切り結んでいたソールレオンが、周囲を飛び回ってベリアルを翻弄し、サポートしていた四本の剣を呼び戻す。それと同時に。
「ジークルーネ、ロスヴァイセ、グリムゲルデ、シュヴェルトライテ、行け!」
今度は、今まで温存していた残る四本の剣に、指示を出して解き放つ。
そうして、これまで宙を飛び回っていた四本の剣が光輪へと再装填され、代わりに待機していた残る四本の剣が射出された。
――ソールレオンの種族進化により得たこの『ドラゴンアーマー:ヴォーダン』が備えた兵装、ワルキューレの名を冠した八本の剣。
これらは攻防両面で非常に心強い存在ではあるが……欠点として、一回の使用可能時間はさほど長くない。
その都度光輪へと戻して、MPを消費し魔力の再充填をしなければならない。
戦いが長期化すれば、剣士として尖り切ったステータス構成をしているために実はさほど多くないソールレオンのMPは、瞬く間に減少していく。
だが……それでも、頼らなければならない理由があった。
「お兄様、今回復します!」
「助かる! やはり倒して駄目というのは厄介だね……!」
打ち合うたびに、そのソールレオンの腕を侵食する、漆黒の魔剣から放たれる瘴気。
それが蝕みスリップダメージを与えるようになる都度、専属としてベリアル足止め組の回復を担っているユリアが治療していた。
だが、こちらもただでさえ光翼を維持するためにMPを消費しているユリアが、今の頻度で高位の浄化魔法を飛ばすとなると、現在神剣の加護によるMP自動回復によって増えるMP量をも上回ってしまうだろう。今度は、いずれ彼女のMPも切れてしまうはずだ。
そのため、極力接近しないようにワルキューレ達をフル稼働していたソールレオンだったが、限界は近い。
……と、その時。
「黒の魔王、スイッチだ、俺に代われ!」
「すまないスザク、任せた!」
返事と同時に、ソールレオンが大きくベリアルの剣を弾く。その隙をついて、スザクが割り込むようにベリアルの前に出た。
そんなスザクは……左手に構える魔剣グラム以外にもう一振り、布切れに包まれた、何か長い棒状の物体を右手に携えていた。
その布切れを取り払うのも時間が勿体無いとばかりに、ベリアルの魔剣と打ち合う。
当然、魔剣の放つ瘴気に侵食され、みるみる崩れていくその包みだったが、しかし、中から現れたのは……
『…………ッ!』
すでに完全に冥界樹に操られているはずのベリアルが、包みの中から出てきたものを目にして、僅かにだが表情を変えた。
「見覚えがあるはずだベリアル、これは……お前達の剣だからな!!」
それは――ダアト=クリファードが鍛造したものを、ダアト=セイファートが回収して鍛え直した新たな聖剣。
紅から碧へと綺麗なグラデーションを描く刀身を持つその剣は、ぶつかりあったベリアルの漆黒の魔剣から黒い瘴気を吸い上げて――代わりに、輝くマナが放出された。
『……ア、ぁ……!?』
至近距離から清浄なマナを浴びて、嫌がるように離れるベリアル。
死人のように何も写していなかったその瞳が、今は微かに揺れているのを見て……冥界樹クリファードの瘴気さえ浄化できれば、元に戻せるという希望が見えた。
「言っておくけどな……ベリアル、俺は、お前の事を赦してなんていないからな」
手答えを感じたスザクは、構え直してベリアルと向き直り、語りかける。
「だから――まずは、あのガキに謝るところから出直して来やがれ! 話はそれからだッ!!」
そう叫んだスザクは、微かに動きが鈍くなったベリアルを抑え込むべく、激しく切り結び始めるのだった。
◇
――約束の三分が、経過した。
ユーフェニアが、これまで閉じていた目を見開き、下段に構えていた神剣を、ゆっくりと頭上、大上段の位置へと構え直す。
「――ありがとう、皆」
周囲に湧き上がっていたマナが、ユーフェニアの神剣へと収束していく。
その神剣は、今はもう、目を開けていられないほどの眩い光の剣となって、暗闇だった大空洞を明るく照らし出していた。
――マナを内に溜め込めば溜め込むほどに、浄化の輝きを増していく。それが、この神剣の、もう一つの能力。
その一撃に破壊の力は無く、周囲の悪しき魔だけを浄化する光の剣。
溜め込むまでには時間が必要なものの、クリム達が稼いだ時間、ずっとかき集めていたこれだけの力があれば……精霊一人分の、隅々まで侵食した瘴気だろうが、かけらさえ残さず浄化できるはずだ。
「帰って来なさい、ベリアル!!」
ユーフェニアが、蒼く輝く眩い閃光そのものとなった神剣を、振りかぶる。
名は、力。
その、光り輝く浄化の剣に与えられた、真の名は……生命の樹を見守る、神の遣いにより配置された、炎の剣。
即ち――
「顕現せよ――『
ユーフェニアが、浄化の光そのものと化した神剣を、全力で振り下ろす。
その輝きは――地下大空洞に蠢いていた全ての冥界樹の蔦ごと、ベリアルを飲み込んだのだった――……
【後書き】
■ラハット・ハヘレヴ・ハミトゥハペヘット
エデンを守護する、知天使の所有する炎の剣。
バビロニア神話におけるマルドゥーク神の持つ炎の剣「リットゥ」が原典との説が有力。
ラハット(炎)
ハヘレヴ(剣の)
ハミトゥハペヘット(回っている)
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