お見舞い

 ――S市市内で最大規模を誇る総合病院の、上層階。


 明らかに下の一般病棟とは作りが違う、VIPルームとでも言うべき特別個室が並ぶフロアの廊下。



 そんな、普通に生活していればまず縁のない場所を……紅と聖はやや気遅れしながら、以前に玲央が送ってくれたメッセージに記載されていた病室を探して歩いていた。



 ……と、そんな中。


 一つの病室入り口前に、どこかで見たような顔の青年が立っているのを見つけた二人は、そちらへと歩を向ける。


「あれ……もしかして、シュヴァルさん?」

「……ん? おう、赤の魔王さんか。こっちでは初めましてだな」


 紅たちより何歳か年上の……やや金色がかった灰色の髪をオールバックに撫で付けて、パリッとしたジャケットスタイルの私服を纏った、少し目つきの鋭い青年。


 そんな彼は少々近寄り難い見た目に反し、人懐っこい笑顔を浮かべると、紅と聖に気さくに声を掛けてきた。


「もしかして……玲央の護衛ですか?」


 一見するとチャラそうに見えるものの、彼の立ち姿には隙はない。

 その様子は明らかに堅気の者とは思えず、ならば玲央の『公爵家の御曹司』という肩書きも加味してそんな質問を投げかける、が。


「いや、玲央の奴には護衛なんて要らんだろ。俺はどちらかというと、姫さんの方の護衛だな」

「ああ、なるほど」

「たしかに、玲央君なら大概のことは一人でどうにかしちゃいそうだもんね」

「ああ、全くだ。初めて稽古に来たガキの頃から、何でもそつなくこなす可愛げのねぇガキでなぁ……って、違ぇこんな話じゃなかったな、見舞いだろ?」


 目線で問うてくるシュヴァルに、紅も頷く。すると彼は、すっと部屋の前を開けて通してくれた。


「しかしまあ……結局、お前らも来たんだな?」

「あの、私たちも?」

「まあ、入れ入れ、遠慮すんな」


 シュヴァルの言葉に首を傾げて尋ねる聖だったが、しかし促されるままに、病室へと入る。


 そこには……




「なんだ、姉さんたちも結局来たのか」

「あれ、昴がなんでここに居るのかな?」


 まるでホテルの一室のようなその特別個室の病室の中で、ベッドの上に身を起こしたお腹の大きな(見た目は)少女を囲む、複数人の人影。


 その中の一人……昴が、入ってきた紅と聖の姿を見て目を丸くしていた。


「そっか、昴の言ってた用事っていうのは、この事だったんだ」

「ああ、そうだよ。一度イリスさんのお見舞いしておこうと思って」

「すまないな、三人とも。気を遣わせてしまって」


 そう言って頭を下げたのは、私服姿の玲央。その横では、普段使いのドレスを纏ったユリアが、私服姿を見られるのが恥ずかしいのか玲央の背にちょっとだけ隠れるようにしながら、照れた様子でスカートを摘み、軽く膝を曲げて会釈していた。


 ――うーん、やっぱり可愛い。


 少女の精一杯の挨拶に、皆が頬を緩める中……紅と聖は部屋の主であるベッド上のイリスに、改めて深々と頭を下げる。


「あら……いらっしゃい、二人とも」

「はい、お邪魔します」

「元気そうで安心しました。これ、お見舞いにと買ってきたので、よろしければ」


 そう言って、聖は手に携えていた有名な洋菓子メーカーのロゴが入った紙袋を手渡す。


「あら、まあ。病院は夕飯の時間が早いから、すごくお腹が空くし、甘いものは本当に嬉しいです」


 そう、裏表の無さそうな笑顔を向けてくるイリス。


 中身は、入院中の妊婦さんなら食べるときに音がしないお菓子なんかが喜ばれますよと、店員さんに勧められて購入したチョコレート。

 なんでも夜にお腹が空いた時など、周囲の他のお母さん方に気付かれずに摘めるのが嬉しいのだとか。


 しかしよく考えたら、アウレオ理事長の娘さんで、何やらどこかの国な要人でもあるらしいイリスさんが個室じゃないわけ無いよなあ……と、二人揃って苦笑していたお見舞いのお菓子は、彼女にきちんと喜んでもらえたようで、紅と聖はホッと安堵の息を吐く。


「でも、せっかく玲央君とユリィのお友達がたくさん来てくれたのですから、頂いたお菓子も開けてみんなでお茶にしましょうか」

「あ、それじゃ僕が淹れますよ」


 そんなイリスの提案に、側に控えていたラインハルトが立候補して、部屋の片隅にあったティーセットで慣れた手つきで支度を始める。




 そうして、簡易テーブルをベッド脇に設置して、あれよという間に始まったお茶会。


「ところで、玲史さんは?」


 そう、紅は入れて貰った紅茶の香りを楽しみつつ、今この場に姿が見えない赤毛の青年のことを尋ねる。


「あの人は今、お父様のところに現状の報告と、今後の相談に行ってますよ」


 そう言って、チョコレートをひとかけ摘んで口に含み、幸せそうな笑顔を浮かべるイリス。どうやら甘いものを欲していたというのは本当らしい。


「それで、出産予定日は一ヶ月後の四月末でしたっけ。経過の方は……」

「大丈夫、今回はすこぶる良好です。お医者様も、この調子なら第二子は安産で済むかもしれないと太鼓判を押してくださったわ」


 そう、嬉しそうにすっかり大きくなったお腹を撫でるイリス。どうやら今度の赤ちゃんは、大人しい子らしい。


「でも、さすがにもうほとんど出歩かせてはもらえなくて。身を起こすときについ『よっこいしょ』って掛け声を出しちゃった時は、もう私もおばちゃんだなぁってしみじみ思ってしまいましたね……」

「「「いやいやいや」」」


 アンニュイな様子で頬に手を当てて曰うイリスに、周囲の者たちが一斉に首を振る。

 彼女の見た目でおばちゃんならば、世の中の女子高生生の大半はおばちゃんを自称しなければならない。それだけは断固阻止しなければと、皆の心が一つになっていた。


 唯一、そんな周囲の反応にビックリして目を瞬かせているイリスだったが、この話は続けさせまいと、玲央が話題を変える。


「と……ところで、『あちら側』はどうなっているんだ?」


 そう、紅と昴の方に尋ねる玲央。どうやらあちら側……『Destiny Unchain Online』内の情勢が気になっていたらしい。


「大丈夫、向こうは今、平和そのものだよ。最終的な進軍は予定通り、今は皆も偵察から戻って金曜日に向けた準備中かな」

「そうか……すまなかったな、あまり攻略には貢献できなくて」


 申し訳無さそうに頭を下げる玲央に、大丈夫と首を振る紅たち。


「それは良いんだけど……当日、ゲームしていて大丈夫?」

「そうだよ、金曜日、玲央君たちはここに残っていた方がいいんじゃない?」


 紅と聖の心配そうな言葉に、しかし玲央は首を振る。


「大丈夫、その日から数日はずっと玲史叔父さんがついてることになっているから心配ないよ」


 だから、遠慮なく頼ってくれ。


 そうきっぱり告げる玲央に、ラインハルトとシュヴァル、北の氷河中核メンバーである二人も頷く。


「あの、お母様とお父様は、たまに二人だけの日を作ってあげないとお馬鹿になるからだめねって、玲央お兄様のお父様が言っていました」

「あ、あの、ちょっと待ってユリア?」


 ユリアのよくわかっていない言葉に、イリスが慌てて発言を止めようとするが、時すでに遅し。


 ――あーはいはい、ごちそうさま。


 すっかり真っ赤になって指をモジモジさせているイリスを前に、紅たちはそんな心境で、まだ砂糖を入れていなかったために適度な渋みのある紅茶を飲み干すのだった。

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