風見兄妹との邂逅

 ――それは、古谷家で一緒に摂る夕飯、聖お手製のロールキャベツ(ちなみに中身は鶏肉だが紅は克服済み)のトマト煮込みに、舌鼓みを打っていた時だった。


「ねえ紅ちゃん。明日、ちょっと買い物に行きたいんだけど、付き合ってもらえないかなぁ?」

「え? あ、うん、いいよ」


 そう提案する聖に、紅も一も二もなく即答する。


「昴は……」

「やめとくよ、僕は僕で明日は行きたいところがあるから。だから、二人は遠慮なくデートしてきなよ」

「ちょっ……!」

「えっ……と、そうなっちゃう、かな?」


 昴の指摘に、今ようやく気付いたようにあたふたし始める紅と聖。


 こうして、明日は二人でプチデートする事が確定したのだった。



 ◇


 そうして翌日の午前中、家の前で合流し、やってきた都市部の駅前。



「良かったね、探し物があって」

「うんうん、街に出てきて良かったよー」


 今時すっかり珍しくなった紙の本屋で、無事にお目当てのものを見つけた聖は、上機嫌にS市の駅前名物であるペデストリアンデッキ上を歩いていた。


「それにしても……はぁ、もう春だねぇ」

「うん、上着はちょっと余計だったかな」


 厳しい冬もとうに過ぎ去り、朝方は肌寒かった空気も、昼前ともなればポカポカとした陽気に変化していた。


 それを考慮してやや薄手の上着にしたはずが、それでも少し汗ばむくらいに暖かくなり、紅はコートの前を開けてバサバサ風を取り入れたりしていたが……そんな時だった。


「あれ……向こうにいるの、曉斗あきと君と明莉あかりちゃんじゃない?」


 不意の聖の言葉に、紅が顔を上げて、彼女が指差している方向を見ると。


「え? ……あ、本当だ」


 その先では、見覚えのある若干年下の少年が、似たような顔立ちの少女に腕を組まれて、やや辟易としたような表情で歩いていた。


 何故、このようなところに……そう考えている間に、紅と聖の存在に気付いた明莉らしき少女も、パッと表情を明るくしてこちらへと向かってくる。


「紅お姉さん、聖お姉さん、お久しぶりです!」


 そう、元気に挙手しながら挨拶してくる少女と、その後ろを驚きの表情でついてくる少年。


 それは紛れもなく、ギルド『嵐蒼龍』の風見兄妹だった。




 ◇


 そうして、思わぬ人物と邂逅した紅たちは――S市に割と最近できた、美味しいと評判の喫茶店に来ていた。



「それじゃあ、お兄さんに誘われて、スイーツを食べにこっちまで出てきたんだ?」


 眼前に並ぶ、各々好き勝手に注文したスイーツの山。

 そんなテーブル上の光景に目を輝かせながら、聖が明莉に問いかける。


「そうそう、たまには気分転換に遊びに行こうって、珍しくお兄が街に遊びに誘ってくれたの」


 そう、ニコニコと嬉しそうに、目の前に並ぶケーキの中からモンブランを選んでフォークで掬い取り、口に運んでいる明莉。


 その表情には以前シャオが言っていた事……ゲーム内のNPCが悲惨な目に遭ったことに対する翳りのようなものはなく、実に楽しそうに見えた。


「それは……ねえ曉斗くん。もしかして、明莉ちゃんがゲーム内での出来事で凹んでいるとかいう、以前言っていたアレから元気付けるため?」

「いや別に……ちょっと甘いものが食べたくなって、でもこういった店に僕一人で入るのは気まずいから、仕方なく妹に付き合って貰っただけですよ」


 耳を寄せてこっそりと尋ねる紅の問いに、しかしそんな事は関係ないと、澄まし顔でコーヒーを啜っている曉斗。


 だが、そんなことを曰う彼の前にはアップルパイが一切れだけ、しかもいまだに手付かずでコーヒーばかり口に付けている。


 しかも手元で何かをめくる所作をしているのは、明らかに電子書籍を読み耽っている動きだ。どう見ても甘いものに飢えていたようには見えない。


 一方で、隣で聖と女の子同士楽しそうに話している明莉は、今はとても上機嫌な様子で曉斗の腕に抱きついている。


「まったくもー、お兄ってば口ではあれこれ悪態吐くくせに、妹のことめちゃくちゃ大好きなんだからー困っちゃうなー、このシスコンめー」

「勝手に言っててください」


 すっかり新しい玩具を見つけたように、ニシシと笑って揶揄う明莉。


 そんな彼女に寄りかかられながらも、平静を装って淡々と電子書籍を開いて文字を追っている曉斗は……しかし若干気まずそうに目線を逸らしているのが、正面に座る紅からは見えていた。


 ――やっぱりシスコンだよなあ、こいつ。


 紅は内心でそう明莉の意見に全面的に賛同しながら、まだシロップを入れていないカフェオレを啜るのだった。


「でも、明莉ちゃんが元気そうで何よりだったよ」

「ははー、その節はご心配をおかけしました」

「その様子なら、どうやら吹っ切れたみたいだね?」


 紅たちの問いに、明莉が苦笑しながらも頷く。


「まあ、あの子達の事は気になりますけどね。しばらく悩んでたら、こう思ったんです――まずは、あのルキフグスだっけ? あいつをぶっ飛ばして落とし前を付けさせるのが先だなって」


 そう、据わった目で曰う明莉。

 その迫力に、紅も聖も、曉斗でさえ、背中に薄ら寒いものを感じてそっと目を逸らす。


 ――やっぱりこの子、シャオの妹だわ。


 そう、今更ながら思い知るのだった。



「と、いうわけで。今まで休んでごめんね。帝都アルジェント攻略には、ちゃんと参加するよ」

「そっか……うん、頼もしいよ」

「戦場は違うけと、一緒に頑張ろうね、明莉ちゃん!」


 そう、和気藹々と盛り上がる紅たち女の子三人に……文庫本に目を落としていた曉斗が安堵したように表情を緩めたことには、誰も気付くことは無かったのだった。





 ◇


「それじゃあ、今度はゲームでね、紅お姉さん、聖お姉さん!」

「うん、またね!」

「今度また一緒に遊ぼうねー」


 喫茶店を出て、曉斗と明莉と別れを告げ、紅たちも別方向に歩き出す。


 時間は、ようやくお昼を回ったところ。

 まだ、どこかに立ち寄る時間はある。


「……ねえ、紅ちゃん。私、ちょっともう一箇所、寄りたいところがあるんだけど、いいかな?」

「奇遇だね、聖。私も行きたいところがあるんだ」


 そう二人で言い合って、揃って苦笑しながら手を繋ぐ。



 もう、嵐蒼龍の方は問題ないだろう。

 となれば……もう一方の問題も気になるというものだ。


「それじゃ、駅地下で何かお見舞いを買ってから行こうか?」

「うん、賛成! 何がいいかなー?」


 そう、紅と聖は二人、ああでもない、こうでもないと語り合いながら歩き出すのだった。



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