保養地ラシェル防衛戦③

 ――エクリアスとキャシーを護衛しながら、道中遭遇する敵を撃退しつつ、集会所へ向かうクリムたち。




 それも、目的地まであと少し……そんなところまで来た、そんな時だった。


「――キャシー、それにエクリアスちゃんも!」


 集会所が近付いてきたその時、頭上から掛けられた女性の声。

 そちらを見ると……こちらもレオナにエスコートされて、今しがた到着したらしきライブラが、クリムの後ろに居た巫女二人の存在を見つけて、安堵した様子で走ってきていた。


「二人とも、無事で良かった。ユーフェニアとシュティーアも、怪我はない?」

「うん、まあ……大丈夫」

「とりあえず、服が欲しいです……」


 ユーフェニアは少し気まずげに、シュティーアは半裸にマントという現在の姿を思い出して羞恥で真っ赤になりながら、再会を喜ぶ現地の者たち。その一方で、クリムたちの方に声を掛けて来る者もいた。


「クリム、近隣住人の避難もなんとかだいたい終わったぞ」

「流石に、今回ばかりは犠牲者無しとはいかなかったけどね……」


 現状を報告してくれるフレイとフレイヤ。その傍らには、散開していたカスミやリコリス、セツナたちも全て勢揃いしていた。


「さて、となるとあとは合流していないのは……」


 残る1人、最初に別れて以来いまだ姿を見せていない、いつも余裕ぶった少年の姿を探すクリム。



 ――そんな時だった。上空で二つの火球が炸裂し、その方向から何かが落下してきたのは。


 それは、まるでクリムたちを見つけ方向転換したように軌道を変えて、クリムのすぐ前へと、短時間の間空中浮遊が可能となる深知魔法『フライト』を展開して降りてきた。


「くっ……流石に、単身で挑むのは無茶が過ぎますか……!」

「お主……シャオ、何を!?」


 落下してきたそれは……全身をボロボロにしながら、尚も杖を支えに立ち上がる少年魔王、シャオ。そして……


「気をつけてください、クリムさん。彼女がクリフォ3i『ルキフグス』です」


 そんなシャオの紹介と共に降りてきたその人影は、周囲を睥睨すると、うげ、と嫌そうな声を上げた。


「ンだよ、もうほぼ片付いてしまってんじゃん、うわサイアク」


 そう悪態を吐き散らしながら集会所前に降りてきたのは……顔が隠れてしまうほどに目深にフードを被り、足元すら隠すほど長い法衣に全身覆われた、悪魔の一柱、ルキフグス。


「それは……良かった。不快に思って貰えたなら……足止めした甲斐もあるというものです」

「本っ当に、ベリアルが言った通り性格悪いなアンタ」


 ルキフグス相手に、ボロボロなくせに、荒い息を吐きながらも挑発的な言葉を吐くシャオ。

 そんな彼と悪態を吐き合いながら、彼女は今しがた地面へと叩き落としたシャオを、しかし憎々しげに睨みつけていた。


「っていうかさあ、アタシ、アンタに粘着されるような覚え無いんですけどォ?」

「貴女には無くても、僕にはあるんですよ」


 起き上がり、服装を直しながら、シャオは訥々と語り始める。


「……貴女は、僕の領地で裏組織を操って、色々やってくれましたね。その中に、安いけれど依存症が強く危険な薬品の売買もありましたよね」

「ああ、アンタに潰されたやつ? それ、もう終わった話じゃね?」


 悪びれもせずに肩をすくめ答えるルキフグスだが、しかしシャオはそのリアクションに腹を立てたりとかそういうアクションすら見せず、話を続ける。


「その被害者の中に、まだ幼い姉妹が居ました。今、彼女たちは後遺症に苦しみながら、今は入院中です」

「それで?」

「彼女達は……僕の妹の友達でした」


 目を伏せ、そんな端的な理由だけ告げて……シャオはこれ以上語らないまま、十秒、二十秒と時間だけが過ぎていった。


「……は? まさかとは思うけど、そんだけ?」

「ええ、それだけです」


 服の埃を払いながら、淡々と語るシャオ。

 だが、それは冷静というよりもむしろ……


「そして――のは、それだけで十分です」


 ……怒りのあまり感情を顔に出せないという感じだった。


 だが、それは百の言葉よりもはるかに重く、彼が本気でキレていることを物語っており、皆その怒りに呑まれたように周囲に沈黙が落ちる。


 ……ただ一人、その怒りの向けられた先、ルキフグスを除いて。


「…………くふっ、え、何、マジで? え、そんな理由で、一人でひ弱な魔法使いのお坊っちゃんがこのワタシに執拗に突っ掛かって来たワケェ!? クフ、クフフフフ、あはははは、やべえマジウケるんだけどォ!?」


 眼前で、腹を抱えて大爆笑しているルキフグス。だがシャオはその間も一切表情を動かさず、ただ無表情のままジッと彼女を睨み続けていた。


 やがて……ラシェルの街の入り口の方から聞こえてくる、イースター砦から急ぎ引き返してきたレジスタンスたちの怒号。

 本体が合流すれば、残る結晶化ゾンビを駆逐するのも、火災を鎮めるのにも、そう時間は掛かるまい。どうやらこの襲撃事件も、もう終わりを迎えるようだ。


 その頃になって、ようやく笑いの衝動を納めて身を起こしたルキフグスはというと。


「あー、マジで笑ったわ、ぼちぼちタイムオーバーだし、なんかもう色々とどうでも良くなるくらい笑ったから、今日のところは引いてあげますねェ」

「そうですか……後悔しますよ」

「あ? やれるモンならやってみろよ?」


 そう言ってシャオに背を向けたルキフグスの足元に、紫色に輝く魔法陣が現れる。


「青の魔王、シャオって言ったねェ。帝都アルジェントで待っていますよ……愉快にさせてくれた礼に、オマエはワタシが殺してあげる」


 そう言い残して……ルキフグスは、保養地ラシェルからその姿を消したのだった。




「……どうやら、退いてくれたみたいですね」


 ルキフグスの姿が完全に見えなくなって、ようやく構えを解いたシャオ。先ほどまでの氷の表情が嘘のような胡散臭い少年の笑顔を見せる彼だったが……しかし。


「シャオ、お主は……いや、妹君は」


 そういえば今日の攻略の間、共和国の戦列に彼の妹、メイの姿は見えなかった。

 普段ならシャオのそばに副官か秘書の如く付き纏う彼女の元気な声が聞こえてこなかった事が、クリムは多少気にはなっていたのだが……ようやく合点がいった。


「ええ……先ほどの話に出た姉妹が、すっかり壊された状態で奴の麾下の闇組織のアジトの一つから見つかったのが、一週間前。それ以来あの子は彼女たちのお見舞いのために、診療所に入り浸っています」

「そうか……」


 この世界のNPCへと入れ込みすぎた結果、彼らに何かあった際に気分が落ち込んでしまい、メンタルヘルスに通う案件となる症例が多少なりとも存在する事は、クリムも耳にしていた。


 おそらくは、彼の妹であるあの快活で善良な少女も、仲良くなったNPCの惨状を目の当たりにして相当に堪えたのは、想像に難くない。


「ねえ、クリムさん」

「……なんじゃ」

「僕は、初めて思いましたよ……貴女や、ソールレオンさんみたいな、ああいうクソ野郎相手でもその顔面に拳を叩き込めるような武勇が無いことが、今は心底悔しくてたまりません、って」


 それだけを告げて、クリムたちに背を向けて歩き出すシャオ。


 そんな彼に対して、クリムたちも何か掛ける言葉も見当たらず、ただ立ち去る彼を見送るしか出来なかったのだった。

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