保養地ラシェル防衛戦②

 ――炎上する、ラシェル保養地下層の一角にて。



「あの、キャシーお姉さん、大丈夫ですか?」

「大丈夫……君には絶対手出しさせないから、消火に集中して!」

「は、はい……!」


 キャシーの言葉を受けて、自分の仕事に集中する、まだ幼い少女。

 周囲一面が炎に包まれた中にありながらも必死に詠唱を紡ぐその健気な姿を見ると、年長である自分が守らないとという責任感が湧き上がるのだが、しかし。


 ――とはいえ、どうしたものかなぁ……!


 そもそもキャシーは潜入が得意なのであって、巫女中、いや、レジスタンス中でも最強戦力であるレオナや、特定条件下でだけあのレオナさえ凌ぐ殲滅力を誇る皇女様の側仕えの子らの武闘派二人とは違う。

 戦闘力が特別高いわけではなく、せいぜいが、後ろの少女よりは少しマシなくらいである。


 そのため、次々と現れてくる新手のゾンビたちに、次第に対処が追いつかなくなってきていた。


 本格的に崩れる前に、消火を放棄してでも背後の少女を逃すべきか……そんな考えがチラッと頭の隅をよぎった瞬間、隙が生じてしまった。


「しま……っ」


 避け損ねた結晶体ゾンビの槍を、辛うじて交差させた短剣で防ぐ。

 しかし向こうのほうがずっと力が強く、転倒こそ免れたものの、弾き飛ばされて大きく体勢が崩れた。


 ゆっくりと流れる視界の中で、こちらに、そしてその真後ろにいる少女に向けて、手にした槍を投擲せんと振りかぶられるゾンビの腕。

 その切先を見つめながら、腕の一本くらいは捨ててでも後ろの子だけは守らないといけない……そんな悲壮な決意を固めた、そんな瞬間。



 ――ガァアアンッ!!


 金属塊が硬い岩盤の地面を砕く轟音と共に、眼前に居た敵が、文字通り粉砕されて消滅した。代わりに視界を埋め尽くすのは、黒い壁のような何か。そんな光景に……


「……は? あの……え?」


 キャシーは、覚悟を決め悲壮感に強張った顔のまま、間の抜けた声を漏らすのだった。





 ◇


 ――キャシーたちの窮地、そのほんの少し前に遡る。



 シュティーアと合流したクリムとユーフェニアは、炎に包まれた街を、集会所に戻るように疾駆していた。


「……酷い」

「うむ、そうじゃな……」


 街のあちこちに倒れている人々、火の手が上がる街の様子を見て、思わずと言った様子で呟くユーフェニア。


「つい昨日までは、不便なまでも平和だったのに、こんなのって無いよ」

「ユーちゃん、今は……」

「分かってるよ、今は少しでも、助けられる人を助けよう」


 そんな会話をしているユーフェニアとシュティーアに、クリムも今は、声を掛けるのを差し控える。


 この数日の付き合いなクリムとは違い、何年もこの街で暮らしてきた彼女たちの心情など、分かるとはとても言えなかったからだ。


 ――と、その時。


「クリムさん、あそこに!」

「あれは……キャシー、それにエクリアスも!」


 目に飛び込んできたのは、結晶化ゾンビの群れに襲われている、見知った二人の少女の姿。


 必死に水魔法を発動し街の消火作業に当たっているエクリアスを守っているため、大きな動きができない状態のまま踏ん張っていたキャシーが……しかし、ついにゾンビの攻勢に押し切られ、弾き飛ばされた光景だった。


「ちぃ……間に合え……ッ!!」


 咄嗟に、背後に追従していた黒い大剣を上空へと飛ばして、余波に二人を巻き込まぬよう細心の注意を払って落下させる。


 狙い違わず、敵の先頭で槍を振りかぶっていたゾンビを粉砕して、少女二人とゾンビの中間に落着した大剣。その効果を確認するよりも早く、クリムは更に強く大地を蹴っていた。


「――『ナハト、アングリフ』ッ!!」


 黒影一閃、進路上にいた結晶化ゾンビたちを、闇を纏ったクリムの大鎌がまとめて切り払う。


 その突進の勢いのまま浮き上がった身体を、地面に突き立てた大剣の柄に足首を引っ掛けるようにして勢いを殺す。

 そのまま引っ掛けた足を軸にして向きも急反転したクリムは、まるで蛇が巻きつくような動きで大剣の鍔を足場として立ち上がる。


「どうやら間に合ったようじゃな、キャシー……それにエクリアスも。無事で良かった」

「あ……まおーさま!」


 嬉しそうな声を上げるエクリアスに、安心させるよう一つ笑い掛け、ポカンと呆けているキャシーへと告げる。


「よく保たせた……あとは任せよ」

「……はい、お願いします!」


 単身戦わざるを得ない重圧から解放され、パッと表情を明るくしたキャシー。

 クリムはそんな彼女に頷き返すと、眼前に群がる結晶化ゾンビの群れへと飛び込んで、片端から殲滅を始めていくのだった。



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