閃光の獅子姫

 平穏な道程は――しかし北方帝国によって解放された北の『ノーザリン砦』で一泊し、翌朝改めて再出発してすぐのところで破られた。




 空気が変わったと御者台からへ出てきたクリム。やがてその眼前に迫り来るのは、大量の狼……のような姿をした魔物。


 だがその体躯は狼にしては明らかに大き過ぎるし、体のあちこちからは触手のようなものが幾本も生えている。


 そして何よりも、狂犬病に罹患したかのように舌を垂らし泡混じりの涎を垂れ流し、血走った目で睨んでくるその表情が、まともな動物などではあり得ないことを雄弁に物語っていた。


「さて……仕事じゃな」

「気をつけてね、クリムちゃん!」

「うむ、任せよ……む?」


 護衛として、今まさに馬車から飛び出そうと足に力を込めたクリムだったが……しかしふと、その足を止める。


 直後――爆発的な勢いで降ってきた『何か』が、クリムたちと魔者たちの間へと激しく土煙を巻き上げ着弾した。


 やがて……土煙が薄れていく中で、何か――否、がゆっくりとその身を起こし、腕を組んで仁王立ちで魔物たちへと立ち塞がった。



「――狼藉はそこまでにしてもらおう、アタシが来たからには浄化し滅ぼしてくれよう、魔物ども!!」


 そんな啖呵と共に、土煙が突如舞った突風に吹き散らされ、視界が晴れる。そこに居たのは……一言で印象を述べるなら、金色。


「……レオナ姐さん!」

「お、キャシーじゃないか、久しぶりだねぇ。そっちの可愛らしいお嬢さんは新しい姉妹かい?」


 魔物の前に仁王立ちしていた人物に、馬車から降りていたキャシーが嬉しそうに呼びかける。そんなキャシーたちの方を首だけ向き、呵々大笑している乱入者の女性。


 彼女は……簡潔に言うならば、露出多めな毛皮の服を纏った、派手な褐色美人の女性だった。



 健康的な褐色の肌、その下には鍛え抜かれた筋肉が浮かび上がり……しかしそれは決して美しさを損なうような肥大したものではなく、豹や獅子といった猫科の猛獣じみた、しなやかな力強さと女性らしさが同居した肉体美を感じさせるもの。


 豊かな黄金の頭髪はまるで獅子の鬣のようで、その髪に縁取られた顔は美しくも野性味を帯びている。


 そして……その背に燦然と輝くは、『セフィラの巫女』の証である黄金の光翼。


 だが、これまで出会った巫女たちとは全く違う、抑えきれない強者のオーラを漂わせ……彼女は、数多の敵に相対しながら一歩も引かず、腕を組んで仁王立ちしていたのだった。



 そんな派手派手な美人といった女性は、再びキャシーたちに背を向けると、重心を落とした姿勢でその拳を構える。


「いいねぇ、一人自由気ままな武者修行も良いけど、可愛い妹たちを守って戦うのは特別燃えるってものよね……!!」


 そのまま、こー、ほー、と呼気を整えると……カッとその金色の眼を見開いた瞬間、彼女を中心に闘気の風が吹き荒れた。


「――ぉおおおオッ! 燃え上がれ、アタシの『バーニング・ハート』ぉッ!!」


 ――ドンッ、と、彼女、巫女レオナの周囲に黄金に輝く光が渦巻く。


 豊かな金髪が、揺らめく闘気と共にうねりを上げて舞い踊る。その圧力は、正気などとうに無さそうな異形の狼たちが、まるで恐れたように足を止めてジリッと後退するほどだ。


「あれは……まさか複合魔法『バーニングハート』!?」

「知ってるでやんすか、まおーさま!?」

「う、うむ……」


 驚愕するクリムを見て首を傾げるヴェーネの疑問に、クリムは気を取り直し、ざっと解説を加える。



 ――回復・強化複合魔法『バーニングハート』


 強化された治癒術による過回復により、全身の細胞を賦活させて潜在能力を解き放つだ。

 自身にスリップダメージを与えるデメリットはあるものの、その強化幅は非常に大きいと聞く。


 その効果は劇的ではあるが……しかし都市伝説レベルに、使用者はほとんど居ない。


 魔法自体がボスドロップの激レアスクロールによる習得なのも勿論あるが……それ以上に回復と強化を二つ、わざわざスキルレベルを大量に消費し高レベルまで伸ばしているプレイヤーは、そのほとんどが純支援構成なのだ。


 故に、習得条件を満たした上で最前線に出るような、この魔法を有効活用できる構成の者はあまり居ない。

 それがレア魔法を獲得できるほどにレイドボスに通い詰めているならば、すなわち効率を突き詰めたボス討伐ギルドであるため尚更に。


 そのため、クリムも実物は初めて見る魔法なのだが……



「さて……来ないなら、アタシから行くよ――『閃狼牙』!」


 鉤爪のように構えられた手から迸った、獣の顎のような黄金の闘気。


 ドン、と大地を震わせて、レオナが最も手近な敵の眼前へと踏み込んだ瞬間――まるで空間を抉り取ったかの如く、その闘気纏う手が触れた狼の頭を消しとばし、絶命させる。


 ――速い、そしてなんて威力だ!


 思わずクリムは身を乗り出して、レオナの戦いぶりを見つめていた。



 その後は、一方的な殺戮の様相だった。


 地を這うような姿勢でレオナが駆け回るたびに、彼女の両手がまるでケルベロスの双頭のように敵へと踊りかかり、魔物化した狼たちがその身をごっそり食い散らかされていく。


 そんな地上の光景に恐れをなしたかのように、背後に控えていた翼と手足の生えたトカゲの石像……ガーゴイルたちが、レオナに、そしてその背後にある帝都解放委員会の輸送隊に向けて輝く魔法陣を展開する。


「おっと、攻撃魔法じゃな、フレイヤ!!」

「うん!」


 ガーゴイルたちが放った、馬車の隊列目掛けて降り注ぐ氷柱の雨に、フレイヤが防御魔法を展開しようとするが……しかしそれよりも早く動いた者がいた。


「はぁあああ、『プロテクト・ルミナス』!」


 気合いを込めた咆哮と共に、まるで拳法の掌打みたいな腰を落とした姿勢で突き出されたレオナの掌。

 そのすぐ前に張られた虹色の障壁へと衝突し、氷柱が弾かれて落ちる。


 その光景を、信じられないと唖然として眺めるのはクリムとフレイヤだ。


 彼女の使った今の障壁……あれは強化魔法と抵抗魔法の複合上位魔法である『守護魔法』、その中にあるごく短時間だけ全属性の術を防ぐ魔法障壁だった。


 更には……


「ええぃ、ちまちまと遠くから、しゃらくさいねぇ……ッ!」


 そう言って腕を頭上に掲げ、詠唱を始めるレオナ。

 その手に集う、離れてもなおクリムの肌をピリピリと灼く聖なる魔力は……強力な浄化の力を秘めた


「――聖、断ッ!!」


 裂帛の気合いと共に振り下ろされるレオナの腕。

 放たれる、魔を滅する断罪の光剣。


 それは紛れもなく、以前緋剣門でフレイヤが使用した神聖魔法『ホーリージャッジメント』だった。


「バカな、上位神聖魔法も、じゃと!?」

「うそ、『ホーリージャッジメント』まで使えるの、あの人!?」


 ごく一部例外を除き、神聖・深知・守護・深淵の複合上位魔法スキルを有している友好的NPCというのはほとんど居ない。居たとしてもそれは、見るからに魔法使いといったキャラばかりだった。


 ――それを、彼女は二種も。


 現在発達した犬歯を剥いて、狂戦士さながらの喜悦の笑みを浮かべ、迫りくる異形の狼を素手で粉砕している女闘士が上位魔法を自在に操っているというのは、なかなかに頭がバグるほどインパクトのある図であった。


「ムチャクチャじゃなぁ……」

「レオナさんぱねぇですよ……」


 唖然として、クリムとフレイヤが呟く。



 ――キャラが濃すぎる。



 巫女ってなんだろう。そんな疑問にぶち当たったクリムたちは呆れたように呟くのだったが、しかしただ圧倒されているわけにもいかない。


「っと、巫女レオナで良いのだな、助太刀感謝する!」


 衝撃からようやく気を取り直したクリムが、戦場に飛び込み、手に精製した漆黒の大鎌でレオナの背後を狙っていた狼を斬り飛ばす。


 一方でクリムからのアイコンタクトを受けたフレイヤはというと、馬や後ろにいる巫女たちが乗る馬車を守るように、位置を移動して盾を構えていた。


「お、ありがとね、小さくて可愛らしいお嬢さん!」

「小さいとか可愛いとかは余計じゃー!」


 豪快に笑っている悪気は無さそうではあるが、小さいと言ったレオナに食ってかかるクリム。


 その顔のすぐ横を……二本の矢が立て続けに掠めて飛んでいき、さらに敵後方から迫っていたガーゴイルの頭を正確に撃ち抜いていた。


「まおーさま、援護するでやんすよ!」

「……ほう、ヴェーネか!」


 見れば、御者台の上でいつの間にか長弓を構えたヴェーネが、新たに三本の矢を番えて一息に放つ。

 それらは狙い違わず残るガーゴイルたちを次々に貫き、落としていく。


「へぇ、変な口調だが、あのお嬢さんもやるねぇ」

「うむ、負けてられんな、あやつもカウントして撃破数でも競うかの?」

「ああ、いいね乗った、面白そうじゃないか……!」


 思わぬ援護射撃に、すっかりテンションが振り切れた笑みを浮かべ敵へと振り返るクリムとレオナ。その背後では、この後の展開をあらかた予知したフレイヤが魔物たちに向けて合掌していたが、それはそれ。



 そうして、予想外のヴェーネの弓の腕に興が乗ったクリムとレオナが残敵を全滅させるまで……さほど、時間が掛かることは無かったのだった。







【後書き】

 一般的な友好NPCとしては最強クラス。すでに根強いファンがいるトカ。

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