帝都アルジェント動乱
馬車旅
――帝都周囲をぐるりと取り囲むように整備された、石畳の敷かれた帝都外縁環状街道、その北部。
巫女の加護によって瘴気が押しのけられたこの周囲は、今は良い天気に恵まれており……数年ぶりにそこを走る馬車と竜車の集団が、軽快に道程を消化していた。
そんな大集団の中……先頭を走る幌馬車の中で。
「しかしまあ……やはりというか、暇じゃなあ」
「馬車で目的地まで二日だもんねぇ」
「うむ……こう座りっぱなしじゃと、尻が痛くなるのぅ」
暇にあかせ、大陸中央部での各プレイヤーからの報告がまとめられたジャーナルを読み耽っていたクリムだったが……それにも飽きて、しみじみと呟く。
そんなクリムに、隣に座るフレイヤが苦笑しながらポンポンと誘うように膝を叩いたものだから、クリムはふらふら誘導されるように、その柔らかな太腿へと頭を預けて横になる。
「……あのー、後部座席でイチャつかないで欲しいでやんすが」
「む、許せ」
「あはは……」
そんな二人に対し、前、幌馬車の御者台に座る緑髪のワービースト……ヴェーネからそんな苦情が飛んできたのを、クリムは悪びれもせず、フレイヤはちょっとだけ苦笑しながら、笑って誤魔化す。
――クリムたち『ルアシェイア』の主要メンバーは現在、レジスタンスの拠点へと物資を運ぶ帝都解放委員会の輸送隊に、護衛としてその馬車に同乗していた。
帝都解放委員会の輸送部隊分隊長としてヴェーネが御者を務め先頭を走っているのが、今クリムとフレイヤが乗る馬車。
他、最後尾に着く人員輸送用の馬車にはフレイとカスミ、雛菊、そしてリコリスが搭乗している。
これは足が早く制圧力が強いクリムと雛菊を分散した結果であり……決してクリムがフレイヤとイチャつきたかったわけでは断じて無い。あくまでも戦闘があった時を見越して配置しただけである。
そして……隊列の真ん中、要人を乗せる馬車には、キャシーとエクリアスら巫女の二人、そして護衛としてセツナもいる。
だが幸いにも、この一日の間に本当に護衛が必要となる事態はなく、クリムたちはこうして暇を持て余していたのだった。
だがしかし、フレイヤにその指で髪を漉かれるに任せるまま、クリムの表情は浮かないままだった。
「エクリアスちゃんのこと、やっぱり気にしてる?」
「うむ……そうじゃな」
フレイヤの問いに、クリムは心ここに在らずといった様子で頷く。
――事の起こりは、三日前。セイファート城にエクリアスを招き茶会を開いた、その夜の出来事だった。
◇
「……ここにおったか。皆、お主がおらんと慌てておったぞ」
「……あ、まおーさま」
先日、『傷』の浄化を済ませたレドロック駅前広場を見下ろす建物の屋上。
そこに体育座りでちょこんと座って星空を眺めていた少女……エクリアスの隣に、クリムが腰を下ろす。
――ふと気になって、エクリアスがレドロックの街へ帰ったあと、もう一度訪れてみると……クリムたちが手空きの建築用ゴーレムを総動員し、街の者たちのために崩壊した街の西に建築した集合仮設住宅では、エクリアスの姿が見当たらないと蜂の巣を突いたような騒ぎになっていた。
そうしてなし崩しに捜索に参加したクリムだったが、不思議と、彼女がどこへ向かったのかは容易に想像がついた。
そうしてやって来た……少女が、己が役目を全うした場所で。
「昼間の話、やはり悩んでおるか」
満点の星空を見上げながらのクリムの言葉に、少女が小さく頷く。
――この旧帝都では、まだまだ戦いが続く。
そんな中にあって……しかし彼女はおそらく、この街の者たちを救うという使命を果たす事に精一杯で、先の事など考える余裕は無かったのだろう。
それが今日、帝都解放を目指すレジスタンスという現実の存在を取って目の前に現れてしまったのだから。
それ故に彼女は、まだこの帝都に必要とされているのは間違いない。だがそれでも……
「正直に言うとな……我は、お主はこの街に残って危険とは無縁の暮らしを送っていても、良いと思っておる」
「……え?」
クリムの言葉がよほど意外だったのか、エクリアスは驚きに目を見開き、クリムの方へと振り返る。
「何を驚く事があるか。そもそも、お主はまだまだ庇護されていて然るべき子供じゃ。怖い思いまでして戦場に出る必要など、本来は無い。少なくとも、あと数年はな」
「じゃあ、なんであの人に私を会わせたの?」
「うむ……なんでじゃろなあ」
首を傾げるエクリアスに、苦笑するクリム。
本当は、なぜクリムがエクリアスとキャシーを引き合わせようと思ったのか、理由は分かっている。
だがそれはクリム自身の経験に由来するものなため、口に出すのは少しばかり恥ずかしくもあるのだが……それでも、ぽつりと呟いた。
「……子供じゃからと、選択肢を取り上げられるのは寂しいじゃろ」
「あ……」
「お主が残ると言っても、ついて行くと言っても、誰も責めやせん。自分が後悔ないように、よく考えるのじゃな」
「……うん、わかった」
真剣な顔で頷く少女に、表情を緩めたクリムはその頭をもう一度撫でてやり、立ち上がる。
「ま、あまり夜更かしするでないぞ。では、またな」
そう告げ、立ち去るクリム。
最後に振り返って様子を見た時には……少女はもう、何かを決意した目で星空を見上げていたのだった。
そして……その翌朝、キャシーとレジスタンスのいる場所へ向かう算段を相談していたクリムの元へ訪れたエクリアスは、はっきりと口にした。
――私も、一日でも早く皆が安心できるようにするため戦います。だから一緒に連れて行って、と。
◇
「――っていう訳で、本人の意思を尊重するべきというのは、分かっとるんじゃがのぅ」
「あはは……やっぱり罪悪感あるんだ」
「うむぅ……」
クリムの言葉を受けて……結果としてあの幼い少女は、自ら戦う道を選んだ。
それは、尊重されるべき尊い決意だとはよく分かっているのだが――しかしレジスタンスに運ぶ物資を運搬するヴェーネの厚意で荷馬車の荷台に乗せてもらっていたクリムは、隣に座るフレイヤの膝に頭を預け、脚をバタバタさせながら盛大に凹んでいたのだった。
「いやぁ、まおーさまも生真面目というか、難儀な性格してるでやんすねー」
「やっぱりそうかのぅ……」
「それはもう。もう少し楽に器用に生きた方が、絶対楽でやんすよー」
呆れた様子のヴェーネにそう諭されて、クリムはまるで拗ねる子が甘えるように、フレイヤの膝上で頭の向きを変える。
「あはは……でも、それができないのがクリムちゃんだよねぇ」
「むぐぐ……不器用で悪かったのう」
フレイヤは、少しくすぐったそうにしながらも、嫌がる様子もなく受け入れてくれている。
だからクリムはそれに甘えて、彼女お腹のあたりに顔を埋め、泣き言を漏らすのだった。
「ま、そんなまおーさまだからこそ、プレイヤーもノンプレイヤーも問わずに人が集まってくるんだと思うでやんすがね。あっしもまおーさまのそういうところ、好きでやんすよ」
「だと良いんじゃがな……すまんな、愚痴に付き合ってもらって。あと、ありがとうな」
そうして、最後にヴェーネに一つ礼を述べると……クリムはやがて、優しく頭を撫でる感触によって思考を溶かしてくる睡魔に、されるがままに身を委ねるのだった――……
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