少女の平穏な時間

 ――レドロックの街が解放されてから、一週間の時が流れた。



 平日となり攻略のペースは落ちたものの、それでも旧帝都攻略は着実に進んでいた。


 レドロックでクリムたちと共闘したスザクたちは、あの後旧帝都の南南西へと転進。そこで聖王国に協力して、魔物化した吸血鬼伯爵の討伐に成功したようだ。


 また、クリムたちは南方へと線路沿いに進み……最も堅固だと言われていた、いまは魔物の巣窟となっていた、他の連王国と戦闘状態にあった西のウェスタ砦を側面から攻撃し、一週間の時間を掛けて、これを陥落させた。


 同様に、北のノーザリン砦はソールレオンたちノール・グラシェ北方帝国が、南方のサウザン砦はシャオたちブルーライン共和国が中心となって、攻め落とす事に成功していた。


 こうして、帝都最外縁の西半分は解放され、それでは中心にある帝城へ向けて進行を始めるか……そんな流れとなった時、新たな動きがあった。



 ――東に、帝都解放を目指すレジスタンスが集結している。



 緋剣門が再び解放されたという情報を受けて斥候としてやって来た「巫女」から、もたらされたその情報。


 ウェスタ砦の攻略に際し力を貸してくれたその巫女の話によると、聞けば残る半数の巫女たちの大半もそこへ身を寄せ合っているらしく、クリムたちとしても是非合流しておきたいところだったが……しかし今クリムたちが拠点としている西側とは帝都を挟んで向かい側となるため、どうしても長旅となる。


 その前に、話をしなければいけない者が居ると……この日、クリムたちはその人物を本拠『セイファート城』へと招いたのだった。




 ◇


 ――そうして帰ってきた、セイファート城。


 レドロックの街でようやく修繕が完了し、再稼働したテレポーターで移動してきたクリムの側には……もう一人、小さな少女が付き従っていた。


「……ふわぁ」


 ぽかんと白亜の城郭を見上げているのは、幼い少女……エクリアス。


 この一週間で栄養状態が改善し、子供らしい血色と柔らかさを取り戻しつつある彼女。そんな幼い少女に目をつけた美容関係のスキルを保有するプレイヤー有志により、髪を整えられ、スキンケアを施されていた。


 さらには衣装もすっかりくたびれていた襤褸衣から、帝都解放委員会が用意してくれた白と青を基調とした巫女用の法衣に着替えたため、すっかり可愛らしく見違えていたのだった。


 重圧から解放されたせいか、最近では年相応の顔を見せてくれるようになった少女。


 クリムはそんな少女をエスコートするように手を引いて、もはやお茶会会場が板についた中庭へと案内する。


「あ、いらっしゃい、エクリアスちゃん!」


 真っ先に気付いて笑顔で挨拶しているのは、たった今焼けたばかりらしいパンケーキをテーブルに並べていたフレイヤ。

 アイスクリームとフルーツ、そしてチョコレートソースでトッピングされたパンケーキに興味津々なエクリアスを微笑ましげに見つめながら、フレイヤが引いた椅子へと座らせる。



 テーブルに居たのは、各々で談笑しながらお茶を楽しんでいる、いつものルアシェイアのメンバー。そして……



「あなたが、レドロックの街にいた巫女、エクリアスちゃんね」


 赤い髪の、ショートカットの少女が一人、新たに加わっていた。


 革のジャケットと、ショートパンツにサイハイブーツ。傍には二振りの短刀と、剣帯ベルトにずらっと収められた投げナイフ。


 いかにも斥候スカウトといった格好のボーイッシュな少女は、戸惑っているエクリアスに笑いかけながら、自己紹介をする。


「ボクはキャシー。貴女と同じ、セフィラの巫女だよ」


 そう言って彼女は、証拠として背中にエクリアスと同じ四枚の光翼を展開してみせる。


「私と、同じ」

「そう、両親は違うけど、ボク達は同じ力を与えられた姉妹だよ。よろしく、妹ちゃん」


 そう言って笑顔で握手を求めるキャシーの手を、エクリアスが戸惑いながら握り返す。


 ……彼女が、ウェスタ砦攻略に協力してくれた巫女キャシー。東からはるばる単身で、情報を伝えに来てくれた巫女だった。


「けど……まあ、話はお茶しながらにしよっか」


 そう、彼女が屈託のない笑みをエクリアスに向けて浮かべた、ちょうどその時……新たに焼けたばかりのパンケーキが、エクリアスの前に配膳されたのだった。






「……こう?」

「うん、上手上手」


 手本を見せてやり、エクリアスにナイフとフォークの使い方を教えてあげているキャシー。

 四苦八苦しながらも彼女を真似してパンケーキを口に運んだエクリアスは、表情の変化は乏しいながらも、パァッと表情を明るくしていた。


 どうやらセイファート城が誇る庭園の管理人ダアトが育てた小麦粉や果実を原料として、アドニスが腕を振るって焼いたふわふわなパンケーキは、少女の口にあったらしい。


「しかしまあ、キャシー、お主楽しそうじゃなあ」

「いやー、ボクってば仲間の中じゃ今まで最年少だったからねぇ。妹が出来たみたいで嬉しいなぁ」


 そう上機嫌な様子で、教わったことを真似てナイフとフォークを動かし、一生懸命にパンケーキを口に運ぶ少女を優しく見つめるキャシー。

 幼なじみ内では末っ子扱いだったため気持ちはよく分かるクリムが、苦笑しながら紅茶を啜る。


 そのまま、かちゃかちゃと食器が鳴る音と共にのんびりとした時間が流れ……やがて、少食なエクリアスがパンケーキを口に運ぶ速度を減じてきた頃。


「さて……キャシーよ、そろそろ本題に入っても良いのではないか?」

「あ、うん。そうだね」


 クリムの言葉に、こほん、とひとつ咳払いしたキャシーが、真剣な表情になる。そんな彼女の視線を受けて、エクリアスが緊張した様子でナイフとフォークを置いて姿勢を正し、話を聞く姿勢を見せた。


「ねえ、エクリアスちゃん……ボクと、ルアシェイアの皆と一緒に、ボクたちのレジスタンスに来ない?」


 そう、キャシーはエクリアスへ、真剣そのものの表情で告げたのだった――……

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