終焉の雨

「クリム、酒樽、全て指示通りに設置してきたぞ」

「む、すまんなフレイ、面倒なことを任せて。こちらもつつがなく完了じゃ」


 街の男たちと共に帰ってきたフレイに、こちらも今しがた戻ったばかりのクリムが迎え入れる。


 今、皆で手分けをして行っていたのは、蔵の中にあった酒樽を持ち出して、マザーの周辺で開封してくる作業。


 それも既に終わり……今は最後の決戦に向けて、ギルド会館でスザクたちやフレイヤを中心とした護衛に守られていたエクリアスの元へと、全員集合していた。


「お主らも、いきなり重労働させて済まなかったな。穴倉暮らし直後の身体ではさぞ大変だったじゃろ?」

「はぁ……はぁ……な、なんのこれしき、運動不足解消には丁度いいぜ……っ!」

「鉱山夫上がりの……兵役経験者……舐めて貰ったら困るな……ォエッ」


 クリムの……見た目であればちょっとお目にかかれないほどの儚げ美少女による労いの言葉に、しかし息も絶え絶えといった様子ながらも、プライドがあるのか気丈に振る舞う街の男たち。


 強がりつつも膝が笑っている彼らにクリムも苦笑するが……だがしかし、彼らの協力もあったおかげで準備は完全に整った。


「では……エクリアス、あとの締めは頼むぞ」

「はい、まおーさま。巫女エクリアス、使命を全うします」


 クリムの呼びかけに、頷くエクリアス。

 そんな少女を引き連れて……クリムたちは、セーフハウスであったギルド会館を後にして、戦場へと戻っていくのだった。





 ――時は少し遡り、蔵にて大量の酢を発見した直後の事。



「エクリアス、お主はひょっとして、水系統の魔法が得意だったりはせんか?」


 不意のクリムの問いに、少女は驚きに目をぱちくりさせながら、クリムの方を振り返る。


「……できる。地下には水だけはたくさんあったから、お母さんが死ぬ前にいっぱい教えて貰った」

「そうか……では、我らが敵の目を引きつけるゆえ、あの酢の扱いは任せても良いか?」

「……わかった、やる。任せて」

「うん、いい子じゃ」


 はっきりと頷いて、決意の眼差しで己が役目を全うしようとするエクリアス。

 クリムはそんな少女の頭をぐりぐり撫でてやるも、彼女は特に嫌がる素振りを見せずただ目を細めていた。


「……でも、まおーさま。なんで、私が水の魔法が得意ってわかったの?」

「あー……ま、我にはなんとなくオーラを見れば分かるのじゃよ」

「へえ、まおーさま、凄い……!」


 ……もちろん嘘である。


 本当になんとなくだったのだが、少女の名前が十二星座の水瓶座アクエリアスのもじりな気がして、当てずっぽうで問うてみただけなのだが……どうやら正解だったようだ。


 だがそれを十二星座という概念がそもそも存在しない『Destiny Unchain Online』の世界の人物に説明するのも難しく、咄嗟に嘘をついてごまかしてしまうクリムだったが……


 ――そういえば、緋剣門に居た巫女は双子ジェミニじゃったなあ。


 そんな事を考えて、嘘の代償として向けられている少女の尊敬の眼差しにチクチクと刺される良心から、意識を逸らすクリムなのだった。





 ――と、まあ、そんな一幕があったのだが、それはさておき。



「では……次にこうして対面するときは、全てが解決した時じゃな。お主らにも健闘を期待する」


 元のマザーが居る駅前に戻るなり、別れ際にそう告げて、クリムたちはすでにマザーとの最終決戦に向かった。


 今、エクリアスたちがいる建物から見える彼方では、すでにクリムたちが触手の群れとの交戦を始めており、敵の目は完全にそちらへと引きつけられていた。



 ――果たして、NPCである少女の胸中に去来した想いがなんだったのかは、プレイヤーたちに知る術はない。



 ただ……少女は一つ、「お母さん、どうか見守っていてね」と祈りの言葉を捧げたのち、その魔法を世界へと解き放ったのだった。




 少女の放った魔法――それは静かに、だがすぐに激しさを増していく、雨の魔法。


 酢は……ある程度以上の強さを持つ酸は、植物の細胞へ浸透し、その構造を破壊して枯死させる。更には取り込んだ酸が、地面に染み込んだ酸が、その養分を得るための根ごと殺す。


 街の各所に運び出された無数の酒樽から、エクリアスの操作を受けて汲み出された大量の酢は、水魔法によって操られた水と混ざり合い、静かに『マザー・クリスタルイーター』の頭上まで運ばれていった。


 そして――超局所的な酢酸のスコールが、逃げ場も防ぐ手段もない無数の槍となって、マザーの上へと降り注いだのだった。




 ◇


 鼻を刺す刺激臭がする雨が、激しく降り注ぐ中。



 ――――ッッっッ!?!?!?



 植物にとって致命の雨が、地面に根を張っているため逃げ出すことができないマザーに向かって無慈悲に降り注いでいた。

 また、地面にこぼれ落ちた雨水は触手が貫く地面に流れ込み、その奥にあるであろう根の部分へと襲いかかっているはずだ。


 そんな攻撃を前に、スザクによって斬られた時よりも数倍激しい苦悶の思念波を周囲に放散するマザーだったが……しかしその声に応えて救援しようとする子クリスタルイーターたちもまた、その酸の餌食となって次々と崩れ落ちていく。


 動きを弱めていく触手たち。

 圧倒的だった治癒力も既になく、今は逆に、秒単位で激しく減少していくマザーのHP。


 その姿は……間違いなく、死に体といった様子であった。戦闘の趨勢は、既に決していた。


「では……終わりにするとしよう。雛菊、任せた」

「はいです――調魔覆滅、蒼刃顕現、此処に形為すです、『蒼神炎舞刃』!!」


 雛菊が合わせた両手の間から、以前にも増して眩い浄化の炎で構成された巨大な刀が抜き放たれる。


「全力、全開です!」


 その蒼炎の刃は激しく燃え上がりながら、長さ数十メートルはあろうかというほどに伸長した。

 余波に炙られて身の危険を感じたクリムがこっそりフレイヤの陰に隠れる中で、雛菊は炎刀を思い切り振りかぶり、そして……放たれた一閃は、それでも足掻くマザーの繰り出した触手を容易く切り裂くと、瞬く間に灰に変えていく。



 そうして反撃開始したクリムたちが、鉱山街レドロックのボス『マザー・クリスタルイーター』を滅するまでには……もはや、それほど時間を必要とはしなかった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る