聖都動乱①

 ――イァルハ教の粛正部隊が襲って来てから、すでに数分が経過した。





「えぇい、迂闊に近寄れん……なっ!!」


 弩の射撃に晒されてたまらず物陰に潜んでいたクリムだったが……その物陰から飛び出しざまに影の短剣を投擲しつつ、最もそばに居た弩持ちの白ローブへと襲いかかる。


 その狙い違わず、白ローブの右手は先ほどの短剣に貫かれていた。彼は慌てて弩を左手に持ち替えるも、しかし低い姿勢でジグザグに走り接近してくる小柄な少女に照準が追いつかず。


「これで……三つ!!」


 白ローブの懐に飛び込んだクリムの新たに生成した影の短剣は、その白ローブの弓兵の首を斬り裂く。クリティカルにより彼のHPは全損し、ぱっと周囲に残光が舞った。


 ……戦闘開始してから、これで三体目。


 この場に居る白ローブのだいたい三分の一は倒したかと、素早く再度物陰に隠れ、ざっと周囲に残る気配から計算する。


「しかし……やっぱり人型エネミーは気分悪くて好きではないのぅ……」


 散っていく残光にほっと息を吐きながら、クリムがそんな弱音を吐く。



 自律行動している住人NPCと人型エネミーNPCの差は、いくつかあるが……基本的なこととしてまず、エネミーNPCの方は住人と違い新型人工知能ではないこと。独立した思考ではなく、膨大な数ではあるが状況に応じた行動パターンが存在する。


 そして……住民NPCは死亡した場合しばらくは遺体が残るが、純粋なエネミーNPCの場合は戦闘不能となったら即座に残光リメインライトに還ることだ。


 例えば鬼鳴峠の刀スキル習得クエストみたいな、微妙にどっちつかずの曖昧なイベントNPCも居ることは居るが……基本的にはそうした区分になっている。


 また、エネミーNPCでありながら突発事象により自我を確立したルージュなど、例外中の例外だ。



 ……と、それはさておき。


 幸いにも……ここまでクリムが蹴散らしてきた白ローブの中に、死体が残る者はいなかった。それが、彼らは明確な人格を有するこの世界の住人でないことの証左となっている。


 住人NPCを倒してしまっていたらあまりに後味が悪いため、こっそり内心で胸を撫で下ろしているクリムなのだった。




 ……そうして、さらに何体かの白ローブを下した、そんな時。


「もー、お館様、何で弱体化中に危険地帯に思いっきり踏み込んでるんですかー!?」


 離れた場所でクリムを狙い撃ちしようとしていた白ローブが、突然首を飛ばされて残光となり散っていく。


 入れ替わるようにすぅっと湧き出て来たのは、不満そうに頬を膨らませている、派手な金髪のニンジャガール……セツナだった。


「今のお館様は弱っちいんですから、死んだらどうするんですか!」

「おっと、すまんな。まあ本来ならば話だけ伝えて去るはずじゃったのだが、思ったより事態の推移が早くて……のぅッ!」


 インベントリからマスケット銃を取り出し、抜き撃ちでこちらを弩で狙っていた白ローブを吹き飛ばしながら、クリムがそう反論する。


「ってかなんで戦えてるのー!?」

「くはは、むしろ、デバフのおかげで変に加速したりしない分じっくり考えられて楽なくらいじゃな!」

「いやその理屈は絶対におかしいですって!」


 呵々と大笑しながら次々とマスケットをぶっ放して弾幕を張りつつ、常識から少々ズレた発言をするクリムに、セツナがツッコミを入れる。


 そんな言い争いをしていた直後、銃を手放したクリムの短剣が、セツナの短刀が、姿を消して忍び寄っていた白ローブをそれぞれ貫き、二人分の残光を戦場に舞わせた。


 先ほどの銃撃は幸運にも残っていた弩持ちの白ローブを貫いたらしく、遠方で消えていく残光。周囲は静かで、どうやらこれでこの場所の敵は打ち止めらしかった。


「ふう……この辺一帯はひとまず片付いたか。さて、急ぎ上に戻らねばな」


 ざっと、周囲にもう遠隔武器持ちが居ないことを確認して、クリムが歩き出す。


 外壁上では今もなお、激しい剣戟の音が響いてきている。どうやらセオドライトは健在のようで、クリムもホッと胸を撫で下ろしていた。


「……が、すんなり向こうに戻らせてくれそうもないのぅ」


 また、下の市街の離れた場所からも……おそらくは、聖王国のプレイヤーと白ローブたちが戦闘を開始したらしい。あちこちから悲鳴などが響き、にわかに混乱の様相を呈してきていた。


「しかしまあ……お館様がアレだから楽に見えますが」

「おいこらアレってなんじゃ」

「結構強くて厄介ですよこの隠密持ちの粛清部隊。大丈夫ですか、上の人?」

「だからアレって……はぁ、ま、大丈夫じゃろ。どうやら、念のため呼んでおいた援軍が間に合ったようじゃ」


 そう暢気に言って見上げた外壁上には……先ほどまでは姿が無かったはずの白銀を纏う異形の騎士が、手にした黒い魔剣を構え、白ローブの者らと対峙していたのだった――……

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