初日の出
――大方の予想を裏切らず、新年を迎えた直後からは、目が回るような忙しさだった。
「――学業成就の御守りとお札、以上で宜しいでしょうか?」
「は、はいっ」
目の前にいる参拝客……大学生くらいと思しきお兄さん……に、授与所に正座して接客する紅は、なぜか彼が顔を赤く染めていることに対して体調でも優れないのだろうかと軽く首を傾げつつも、頼まれた品を確認してもらう。
「それでは……合わせまして二千四百円をお納め下さい」
自ら暗算で計算した金額と、NLDにあらかじめ登録されたお守りの画像から照合、認識して算出された金額を照らし合わせ、間違いがないのをササッと確認し、参拝客のお兄さんに伝える。
「はい……これで」
「二千四百円丁度、お預かりします。こちら、授与品となります」
「あ、ありがとう」
「はい、ようこそお参りくださいました」
最後にニコッと微笑んで、お兄さんを送り出す。
……配信や学園祭で鍛えられてきた紅だ、自然な笑顔を作ることなど、今更容易いこと。
その笑顔を受けてふらふらと離れていく彼だったが、しかし紅にはひと息つく暇はない、目の前にはまだまだ大勢の人が並んでいるのだ。
「では次の方……」
『お姉ちゃん、下、下です』
言いかけたその時、隣にいたルージュから声が掛かる。それで目の前に立つおじさんはやや距離を空けている事に気付き、目線をやや下に向ける。
そこには、幼稚園から小学校低学年くらいの小さな少女が、きらきらとした目で紅のことを見つめていた。
……まあ、妖精を連れた白髪の巫女さんなんてそりゃ珍しいよなぁ、と心の中だけで苦笑して、努めて優しく話すことを心がけ、再度少女に呼びかける。
「次の方、どうなさいました?」
「あ……!」
ハッと我に返った少女が、紅の前でたどたどしい口調で用件を語り始める。
「あの、お母さんが、えっと、今、入院していて……それで、お守りを買ってあげたらきっと喜ぶって、お爺ちゃんに言われて」
そう語る少女がちらっと他所に向けた視線を辿ると……たしかに、心配そうに少女の方を見守っている老夫婦が居た。
「それは……理由をお聞きしても?」
「えっと、弟か妹ができるんだって!」
なるほど、と納得して、紅は並べられた御守りの中から一つ手に取り、少女によく見えるように掲げる。
「でしたら、こちらの安産守がよろしいと思います」
そう言って紅が差し出したのは、子供が親に向けて贈るための、ちょっとだけお手頃で可愛らしいデザインの御守り。
「そ、それをください!」
「はい、五百円のお納めになります」
いそいそと小銭入れからお金を取り出す少女に優しい目を向けながら、その小さな手からお金を受け取る。
きっと、貴重なお年玉を叩いてお母さんのために御守りを買ったのだろうなぁ……そう思うと、紅の方まで心が優しいもので満たされていく気がして、自然と頬が緩むのを感じていた。
「ありがとう、白いお姉ちゃん!」
「はい、ようこそお参りくださいました。お母さん、きっと喜んでくれますよ」
「うん!」
そう、元気に手を振って祖父母のところに駆けていく少女。
そんな光景に、なんとなく「ジュナやジョージに会いたいなぁ」と思いつつ、後ろで優しく見守ってくれていた次の参拝客のおじさんの対応に移る。
次々とひっきりなしに参拝客に対応していかなければならないのは大変だが、皆が満足そうに去っていくのは案外と楽しいもので……忙しいのも相俟って、瞬く間に時間が過ぎていく。
そうして……慌ただしく時間は流れ、気付けば午前の2時。
「それじゃあ高校生の子たちはここまで。明日は授与所は朝の9時から解放だから、睡眠はしっかり取っておきなさいね?」
そう告げる桔梗により、紅たちは授与所から追い出されてしまった。
そうして本日の仕事を終え、戻ってきた宿舎。
初めての体験に興奮して寝付けないかという心配もあったが……しかし、特に紅は上手く仮眠が取れなかったこともあって、着替えて布団に横になるなり、速やかにその意識は落ちたのだった。
――そんな紅の意識が覚醒したのは、まだ真っ暗な時間だった。
「……ん?」
かすかに周囲から聞こえる、ゴソゴソとした音。
なんの音だろうと、眠い目を擦りながら起き上がると……
「……あ、ごめんね紅ちゃん、起きちゃった?」
「……聖? 一体何を……」
「うーん、眠っているなら休ませてあげようって話だったけど、目覚めたなら良いかぁ」
そう言って、聖がまだ寝ぼけ眼の紅へと手を差し出すと、言った。
「雛菊ちゃんが呼びに来たの、もうすぐ初日の出なんだって。紅ちゃんも一緒に観に行く?」
たしかに窓の外を見れば、僅かに東の空が明るくなってきている。陽光が敵である紅は正直、このまま寝ていることも考えたのだが……しかし。
「……行く」
そう告げて、紅も彼女の手を握り返す。
皆と過ごすこの時間を大切にしたいという想いの方が眠気よりも上回り、気付けばそう返事を返していた。
もそもそと寝巻きがわりの学校指定ジャージの上からコートを羽織り、うつらうつらと船を漕ぎながらも、聖に手を引かれるまま出てきた境内では……参拝客たちが、だいぶ明るくなってきた東側に向かって今か今かとカメラを構え、新年最初の太陽が姿を表すのを待ち構えていた。
「お、紅、お前も起きたのか」
「満月さん、大丈夫?」
すでに同じようにジャージ姿に上着を突っ掛けた昴と佳澄が、外に出てきた紅たちを迎え入れてくれる。また、その後ろからは……
「うー……まだ眠いの……」
「深雪お姉さん、シャッキリするです」
こちらも紅同様に眠そうな様子で目を擦る深雪を、雛菊が手を引いて連れてくる。
「あはは、『ルアシェイア』の初期の基幹メンバー、全員集合だねぇ」
「ああ……そういえば、たしかに」
龍之介ら大人組もいるし、最近は雪那というニューホープも増えたが……そういえばここにいるメンバーが、一番長く行動を共にしている仲間たちだ。
そんなことを考えていると……周囲が、急激に明るさを増してきた。慌てて紅が陽光を避けるために日傘を掲げる一方で、周囲からは参拝客の歓声がわっと上がる。
そんな周囲と同じく歓声を上げている仲間たちに……ふと、忙しさにかまけて大切なことを言い忘れていたことに気付いた紅が、皆に声を掛ける。
「……その、皆。あけましておめでとう。今年もよろしくね」
「うん、今年もよろしくね、紅ちゃん」
「よろしく……はは、まあ、幼なじみだしな」
「うんうん、あけましておめでとう! 今年もいっぱい色々なところにいこうね!」
「はい、今年もよろしくです!」
「よろしくお願いします、なの!」
本当に……本当に色々とあった一年が終わり、新たな年がやって来る。
それを告げる、地平線の向こうから照らしてくる太陽の光の中……紅たちは皆で、笑顔で新年の挨拶を交わし合うのだった――……
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