除夜

 ――翌日、大晦日。


 朝早くから朝食と潔斎を済ませた紅たち新米巫女チームは、この日の午前中はお詣りの作法を、参拝客に説明できるくらいにみっちりと叩き込まれた。


 午後からは実際に巫女服を纏い、まばらに訪れる参拝客を相手に先輩たちの指導を受けながらの実践。

 そんな事情を良く理解している常連のお爺さんやお婆さんたちが、練習台を買って出てくれたりしたおかげで、今は皆、説明につっかえることもほとんど無くなった。


 何故か「頑張ってね」と(主に雛菊と深雪と紅の三人が)やたら撫でられたりお菓子を頂いたりしながらも……そうして紅たち新米巫女チームは無事に実践経験を積み、少し自信を持つことができたのだった。




 その後は早めの夕食を済ませ、夕方17時から二班に分かれて三時間ずつ、夜の一番忙しくなる前に交代で仮眠をとっていた関係者一同だったのだが……前半でシフトを終えて仮眠していた紅は、出番まであと二時間もある早い時間に、仮眠から目覚めてしまっていた。


 そして……これ以上はどうにも寝付けないぞと、境内へとふらふら出て来ていたのだった。




「あら、満月さん? 貴女のお役目は23時からだから、まだ休んでいていいのよ?」


 宿舎から境内に出た途端に、目敏く紅の存在に気付いた一人の先輩巫女が、心配そうに近寄って尋ねてくる。

 一見すると儚げでか弱そうな印象を持たれやすい紅に対し、彼女ら先輩巫女たちは何かと気にかけてくれるのを……ありがたくも申し訳なく感じながら、大丈夫ですと微笑み返す。


 ――なんか頬を赤らめて目を逸らされたんだけど。


 私何かしちゃいました? という心境で首を傾げつつ、彼女に心情を吐露する。


「休みたいのは山々だったのですが、もう数時間後には大勢の参拝客の方々がいらっしゃると思うと、緊張してしまって……外には、ずらっと行列ができてますよね?」

「そうそう、あの人たちが日付けが変わった瞬間に一斉にお参りされるから、一気に忙しくなるんですよ」

「なるほど……では今は、嵐の前の静けさなんですね」

「そういうことです。どうしても緊張するなら……私たちは授与所の最終確認を始めるから、満月さんもお手伝いお願いできますか?」

「は……はい!」


 気を利かせてくれた先輩の巫女さんに促され、紅も自分が受け持つ売り場の確認を始める。




 ……と、それもひと段落した頃。


「満月さん、ちょっといいかしらぁ?」

「え……桔梗さん、何かありました?」


 不意に、社務所から出て来た桔梗に手招きされ、訝しみながらそちらに向かう。


 そうして、他の巫女さんたちが居ない授与所の裏に連れて行かれたところで、桔梗が要件について切り出した。


「ねえ満月さん、あなた、あの吸血オババの娘なら……もしかして、習ってるかしら?」

「習ってるって、何を……あ」


 こうして秘密の話をしなければいけない事で、紅が母から習っている事というと……


「……もしかして、『魔法』ですか?」


 声を顰め耳打ちしての紅の発言に、桔梗が頷く。

 なるほど天理の古い知り合いだけあって、このあたりの事情も知っているらしい。


「……ええ、正解。こっそり授与所に冷気遮断の魔法って掛けられなぁい?」

「できますけど……いいんですか?」

「良いのよ、『こちら側』で魔法が存在しますなんて皆信じないでしょうし、なら使えるものは便利に使わないとねぇ」


 そうクスクスと笑う彼女に、それもそうかと紅も納得し、天理に習った冷気を抑える魔法を組み上げる。


 あまりに効かせすぎると変に思われそうなため、ある程度加減して……主に冷たい風が入ってこないような施術をしておく。


 温度に関しては……氷点下を下回らない範囲で、少し暖かい程度で止めておく。


 雪山という立地もあって、この神社の授与所は、ずっと風の入ってくる場所で正座して働く巫女さんたちのことを考えて床暖房も入っている。


 ならば……このくらいで大丈夫だろうと、紅は今施術した魔法の出来栄えに頷く。


 ……が、ここでふと気付く。彼女は、


「もしかして……私にわざわざ頼まなくても、桔梗さんも使えるんじゃないですか?」

「あら……ふふ、どうかしらぁ。でも、あなたには良い練習になったんじゃなぁい?」


 ――そういうことか。


 のらりくらりとかわす桔梗ではあるが、その目的は紅にも予想がついた。おそらくは紅に経験を積ませることだ……それも、素早く、目立たず、正確な魔法操作ができるように。

 そうして、今後休憩時間に入る前に掛け直しをお願いされ、「敵わないなぁ……」と溜息を吐く紅なのだった。



 そうしてまだ少しの間、穏やかな時間は流れ……深夜23時、遠くから最初の一打目の除夜の鐘の音が響いた中で、いよいよ正念場が始まったのだった――……

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