せめて一太刀を

 ――本来、『格闘』スキルというはどちらかというと不遇側のスキルというのが、クリムの認識だった。


 リーチが短い。

 武器の攻撃力が低い。

 そして何よりも、他の武器とぶつかり合った際に競り負けると、ダメージを受けるのは自分自身の肉体だ。


 それを補うために気功により肉体を硬化させる『鋼体』というスキルが存在したものの……それでも上級者間の戦闘においては心許ない、武器を何らかの理由で喪失した際のサブスキルというのが、もっぱらの見解だった。


 ……が、しかし。




「ほんと、あなた達の技量は尊敬するしかないですね……ッ!?」


 悪態を吐きながら放つクリムの太刀が、空井悟……斉天と名乗るプレイヤーの、手甲を纏う拳とぶつかり合う。だが恐ろしく手応えがない、まるで暖簾に斬りかかっているかのようだ。


 理屈は分かる。この男、並大抵のプレイヤーでは反応すらできぬ速度で振われるクリムの斬撃に合わせて手甲の曲面に刃を滑らせ、ぶつかり合う事なく受け流しているのだ。


 なんたる技量、そして度胸。その熟達の技に舌を巻くクリムの構える刀身に、素早いステップで踏み込んできた斉天の手が、そっと触れる。


「く、ぅ……ッ!?」


 カァン! という硬質な、金属がぶつかる高音を響かせて、クリムの持つ漆黒の太刀が勢いよくカチ上げられた。


 これも理屈はわかる。刀身の腹添えられた斉天の掌、恐ろしくコンパクトな挙動で放たれた掌打……おそらく中国拳法にあるワンインチパンチ、その応用による打撃。だが、これだけの威力のものを放てるなど尋常なことではない。


 その一撃で跳ね上げらた太刀を手にしたままでは、無防備なまま次の攻撃を受ける――そう理屈より本能で判断したクリムが、迷いなく太刀を手放す。


 即座に手元に生成したのは、『チンクエディア』と呼称されるタイプの幅広の短剣。

 それを無理矢理に、クリムの胸目掛けて放たれた斉天の二打目、先程と同じ掌打が狙っている場所へ割り込ませる。


 ――ガァン!!


「ぐぅ……ッ!?」


 けたたましい音を立てて、今度はクリムの小柄な身体が吹き飛ばされた。


 どうにかダメージこそ回避したものの、貫通してきた衝撃により両手は痺れ、短剣を上手く保持できない。

 そう素早く判断してまたも即座に短剣を手放すと、禍々しく変形した爪に魔力を纏わせて、斉天の追撃の拳とぶつかり合う。




 レイジと斉天の二人とのタッグマッチもすでに四戦目となり、そろそろ相手の動きも理解し始めたが――この斉天という男、こと格闘技に関しては実に節操がないほど引き出しが多い。


 基本は中国拳法だと思われるが、ボクシングや柔術、あるいはどこかのマイナー拳法と思われるものまで、良いところ取りの動きをしてくるのだ。


 そのため拳打にだけ警戒していると即座にノーモーションで掴まれ、そうなると『投げる』だけでなく『折る』『外す』などの餌食となり即座に戦闘不能直行であると、身をもって体験済みだ。スザクが。


 そんな彼であるが、クリム相手の時はこれまで打撃以外は使用していない。

 一度、女の子の姿だから手加減しているつもりかと激昂して詰め寄ったクリムだったが、しかし。


「い、いや、お、おなごの腕や足を折ったり外したりなど、わ、我にはできぬ……」


 そう、冷や汗ダラダラで心底申し訳無さそうに言うものだから、クリムもその紳士ぶりに思わず許してしまった。


 ……と、まあ、それはさておき。




「この我に徒手空拳での勝負を挑むであるか……面白い!」


 武器を捨て、素手で挑んでくるクリムに喜悦の笑みを浮かべ、さらに勢いを増す斉天の拳打。

 それに対して、クリムも両手の爪に紅い魔力を纏わせて、その拳を必死に迎撃する。


 だがしかし、クリムの得意分野はあくまで武器を持ち替えながらの変幻自在の攻撃であり、爪はあくまで自衛用のサブウェポン。

 純粋な格闘家である斉天との力量差は歴然であり、みるみる追い込まれていく。


「なかなか器用な娘っ子であるが、さすがにまだまだ……未熟である!」

「くっ……まだぁ!!」


 フィニッシュブローとばかりに、金色のオーラに包まれた斉天の拳が放たれる。

 それを迎撃せんと、これまで以上の魔力を纏わせたクリムの爪が振るわれるが……


 ――掛かった。


 その瞬間、クリムは唇を笑みの形に歪ませた。


「ぬぅ!?」


 素手の勝負で勝てないことなど、クリムにとって最初から承知のこと。拳と爪がぶつかり合う直前で、素早く身を屈める。

 その背後から、レイジと戦っていたはずの、白銀の鎧騎士姿のスザクが大上段から斉天へと斬り掛かっていた。


 当然、そのような隙を見逃してくれるレイジではないが――身を屈めたクリムの方はというと、位置を計算し誘導したが故にこの場所に存在する物……先程手放した影の太刀を素早く拾い上げ、身長差による死角から掬い上げるように鋭い斬撃をレイジへ向けて放つ。


「ぬぅ!?」

「ぅお!?」


 不意打ちで大上段から振り下ろされたスザクの魔剣は、これを受け止めるのは勢い的に不可能と瞬時に察した斉天が半歩下がる事で回避された。

 一方で、地面から掬い上げるように放たれたクリムの斬撃もまた、レイジに咄嗟の判断で半身をずらされて紙一重で回避される。


 だがしかし、ピッ、と、レイジの頬と、斉天の肩に赤い線が走る。

 それは、今日初めて明確に、クリムとスザクの攻撃が命中した証だった。


 そんな光景を、レイジと斉天は驚きに目を丸くし……すぐに、嬉しそうに破顔する。


「……及第点、ってところだな。まさか今日のうちに一太刀入れられるとは思わなかった」

「うむ、二人ともなかなか息の合ったスイッチコンビネーション、天晴れである!」


 そう、むしろ嬉しそうに笑っている二人。

 そんな二人に、息も絶え絶えといった疲労困憊の体でホッと息をついたクリムとスザクだった、が。


「それはそれとして、決着はつけねばならぬのである!」

「ああ、俺らに手傷を与えられたんだ、もう遠慮はしないで良いよな!」


 そう、満面の笑顔で構え直すレイジと斉天。

 そんな二人に、クリムとスザクは揃って盛大に顔を引き攣らせた。


「ちょ……大人気ないですよ!?」

「さてはあんたらメチャクチャ負けず嫌いだな!?」


 そんな二人の猛抗議も虚しく……一分後には地面に倒れ臥しており、またも増えた黒星に不貞腐れている二人なのだった。

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