夕食会

 紅たちが食堂に戻ると、そこはすっかり宿泊客の人数が増えて、満席になっていた。


「あ、二人が帰ってきましたね」

「ふ、朱雀先輩、どうやらこっぴどくやられたみたいだな」

「えぇまあおかげさまでな……何だよあのバケモン」


 笑顔で迎え入れるラインハルトと、してやったりといった表情の玲央に、ようやくメンタルが復帰しかけた朱雀が苦々しい表情で返答する。


 他、『ルアシェイア』関係者や子供たち用とされた二つのテーブルには、すでに皆も揃っていた。


 片方のテーブルには、深雪たち工藤家の皆と、雛菊と桔梗が席に着いている。

 皆は疲労困憊といった感じの紅と朱雀に労いの言葉を掛けて、もう一方の、主に高校生組が固まって座っている方に確保していた席をすすめてくれた。


「なんだか、凄かったみたいだねー玲史さん」

「うん……あんな強い人が居るなんて思わなかった」


 隣に座る聖の心配そうな言葉に、紅は大丈夫だよと微笑みながら、同じく後から入ってきた玲史の方を見る。


 その彼はというと、妻子であるイリスやユリアと同じテーブルに向かい……彼女の隣で何やら仲睦まじく話をしていた、気品のある立ち振る舞いの金髪の女性と挨拶を交わしていた。


「あの女の人は?」

「僕の母様です。ユリアちゃんのお母様とは、親友同士なんです」

「へぇ……ラインハルトのお母さんも綺麗な人だね」


 ということは彼女は伯爵家の奥方様かと、紅は納得する。イリスと一緒に嫋やかに談笑するその様子は見るからに上流階級の人物のそれであり、少しだけ見惚れる紅たちなのだった。


「そういえば友人というと、朱雀先輩と桜先輩はずいぶんと仲が良いですよね?」


 それも、交際している雰囲気ではなく、どちらかというと気心の知れた友人同士といった仲の良さだ。紅は不意に二人の関係が気になって、尋ねてみる。


「そういえば、君らには言ってなかったっけ。私と朱雀は幼馴染なの」

「幼馴染?」

「ああ。俺の親父が、部長の両親の一人の上司なんだよ」


 そう言って朱雀が指差した先にいたのは、天理や宙のいる『NTEC』関係者の席。

 そこで、紅も顔は知っている歌手の人……桜の母親である『神楽坂 春歌はるか』(なお、これは本名であり、芸名は別に持っていると桜は言っていた)と仲睦まじく並んで座っている、これまた紅も顔見知りであるNTECのグラフィックデザイナー、『神楽坂 桜子さくらこ』の姿があった。


 そして、朱雀の両親は同じ席に座っているNTECのアートディレクター『緋上 恭弥きょうや』、そして母はプランナーの『緋上 京香きょうか』である。なるほど、子供同士が幼馴染となるのも納得だった。


「ちなみに私と仲がよかったのは、今日は来ていない朱雀君の二つ上のお姉さんだったの。朱雀君はそのお姉さんにぴったりくっついて会いにくるから自然と仲良くなったかなー、って感じ」

「ちょ、部長、いったいいつの話っすか!」

「えー、中学校くらいまでそんな感じじゃなかった?」

「違ぇ、小学生の時には姉離れしてたっつーの!」

「え、うそだー。中学校の時は甘え方が違っただけでやっぱりべったりだったよね?」

「うわぁあああああっ!?」


 何やら黒歴史らしい話をされて、桜に食ってかかり、なんとか紅たちに話を聞かせまいとする朱雀。

 その様子からは先程までの凹んだ様子はなく、すっかり元の調子に戻っているように見えたのだった。





 そうしているうちに、オーナーである風見誠氏の挨拶と乾杯の音頭と共に、夕飯が始まった。


 すっかり人数の増えた食堂内では、各自取り分けてくるビュッフェ形式の料理が部屋の一角に並ぶほか、各テーブルには一口大に切られたパン類や野菜類が並んでいた。テーブル中央にはホットプレートが設置されており、中にはトロトロに溶けたチーズが湯気をあげている。


 取り分けてきた料理に舌鼓を打ち、とろりと濃厚なチーズソースの絡んだパンや野菜にハフハフ言いながら夢中になっていると。



「聞いたわよ。あなた達、玲史の奴と手合わせしてボコボコにされたんですって?」


 黒髪を後ろで束ねた女性が、ドリンクのグラスを片手に紅らがいるテーブルに近づいて、声を掛けてきた。


「あ、父さん」

「「「父さん?」」」


 玲央の言葉に、皆が一斉に首を傾げる。

 なんせ眼前にいるのは、おそらく雛菊の母である桔梗と同年代、まだ全然若く見える妙齢の女性だったからだ。


「まあ、複雑な事情があってねー」

「はぁ……」


 あっけらかんと肩をすくめて誤魔化す女性に、いったいどんな事情だろうと激しく気になる紅だったが、玲央が遠い目をして「聞かない方がいいぞ、混乱するから」としみじみ語っていたのでやめておく。



「というわけで、私が玲央の……まあ今はこんな姿だけど、父親の『玖珂 綾芽あやめ』よ。よろしくね」


 そう言って、紅たちと握手して回る彼女……綾芽。

 そして、この場に足を運んだのは、彼女だけではなかった。


「で、こっちが……」

「『空井そらい さとる』です。昔は格闘家なんかもやっていました。どうぞよろしく」


 綾芽が自己紹介を促したのを受けて……その後ろに居た、衰えとは無縁そうな鍛え上げられた体つきの、しかし穏やかな雰囲気の中年の男性が握手を求めてくる。


 そのごつごつと硬い手を握り返しながら……不意に、ハッと何かに気付いたように昴が顔を上げる。


「あ、もしかして昔、若くして総合格闘技でチャンピオンになったけど、すぐに電撃引退した空井悟選手ですか?」

「おっと……懐かしいですね、その通りです」


 昴の質問に、少し照れた様子で頭を掻いている悟。格闘家というと荒っぽいイメージがあった紅は、彼のその穏やかで紳士的な様子を意外に思っていた。


「で、俺と玲史と綾芽、そしてそこの桔梗さんを加えた四人が、いわゆる『四皇』なんて仰々しい名前で呼ばれてるってわけです」


 悟はそう言って、隣のテーブルで雛菊が食事をしている様子を優しく見守る桔梗を指しながら、苦笑する。


「私らがつけたわけじゃないから、本当に恥ずかしいのよね、アレ」

「はは、まあそう言わずに、な」


 悪態を吐く綾芽の頭をポンポン叩いて宥めながら、悟が苦笑する。


「で、よ。ここからが本題なんだけど」

「なんだか玲史の奴が楽しそうだったので。俺たちも特訓に混ぜてほしいと思ったわけだ」


 そう、『面白そうなオモチャを見つけた』といった様子の二人に……ただでさえ玲史に手も足も出なかったというのに、更に師範として四皇の二人が追加されたのを察し、紅と朱雀の頬がヒクッと引き攣ったのだった――……


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