剣聖を冠する者

 昼食を摂ったのち、紅たちがリフトでいける一番上までもう何往復かしてから、ペンションに戻った夕暮れ時。


 ユリアと雛菊ら小学生はすっかり疲れてお眠であり、イリスが彼女らに付き添って夕飯の前までお昼寝するとのことで、玄関で別れた……その直後。


「あ、居た居た! ねー玲央君、朱雀君が拗ねちゃって、宥めるのを手伝って!」

「ちょ、何ですか部長、俺が拗ねてるって」


 何やら騒がしく近寄って来たのは、学校でもすっかり見慣れた人物……はると朱雀の二人だった。


 見れば、確かに桜に引き摺られている朱雀は、紅たちから見てもいつも以上に不機嫌そうに見える。

 そんな彼はというと、玲央の姿を見るなり言いたいことがあると詰め寄って来きた。


「俺は……あんたに強くして欲しいって頼んだんだ。旅行に連れてきて欲しかったわけじゃないんだよ」

「……なるほど、これは確かに拗ねている、あるいは焦っている、かな?」


 荒れた様子の朱雀の様子に、玲央はなるほど、と首肯する、が。


「だからこそ、あなたはやっぱり来るべきだった、緋上先輩」

「……どういう事だ?」


 玲央のいかにも『秘策があります』と言わんばかりの自信満々な顔に、朱雀が首を傾げる。

 だが玲央はそんな事には構わずに、さらに朱雀よりも後ろから姿を現した二人の人物、そして共に外から帰って来たばかりの青年に、声を掛ける。


「アマリリス様、宙さん、それに師しょ……玲史さん、いいですか?」

「ほぅ、テスターを見繕いに来たら、どうやら丁度いいタイミングに居合わせたようじゃな」


 玲央に声を掛けられた彼女……天理あまりが、状況をざっと見回すと、愉快そうな笑い声を上げながら首肯する。


「では好きにやるといい。宙、テストサーバーの準備はできているな?」

「ああ、うん大丈夫。アプリの方も問題なく用意できてるよ」

「俺も、構わないぞ」


 そう、何か示し合わせていたらしき天理と宙、そして玲史が頷き合う。


「お主は確か緋上ADアートディレクターの小倅……朱雀と言ったな。ついて来るがいい」

「ちょ、まっ……やるとは言ってない、引っ張るなー!?」


 嬉々とした様子の天理によってズリズリと引き摺られていく朱雀に……今一つ状況についていけていない紅たちも、慌ててそのあとを追いかけるのだった。




 ◇


 そうして連れて行かれたのは……ペンション内にある、休憩室の一つ。


 何やら無理矢理NLDにアプリをダウンロードさせられたらしい朱雀がぶつぶつと言いながら、言われるままにソファに身を沈め、仮想空間にダイブしていくのを見送っていると。


「君たちも見に来るかい?」


 そう、宙から紅たちにも、朱雀が天理から渡されたものと同じメモリースティックを配られる。


 その中に入っていたアプリをダウンロードした紅たちが、指示に従いそのアプリを起動すると……いくつかのガイドに従って仮想空間にダイブした先は、闘技場と思しき円形の建造物の、観客席だった。





「父さん、ここは?」


 周囲……古代ローマのコロッセウムに酷似したフィールドを見渡して、クリムが皆を代表してすぐ隣、リアルそのままの姿で座席の一つに腰掛けている宙へと問い掛ける。



「今後実装される予定の、闘技場のテスト用サーバーさ」

「闘技場ですか?」

「そうだよ。ここは『Destiny Unchain Online』から自分のキャラクターデータをそっくり読み込んで、専用のバトルフィールドでサーバーを問わず対戦する場所さ」

「えっと……私たちも、第二サーバーの人たちと戦えるんですか、宙おじさま?」

「うん、聖ちゃん、そういうこと。ちなみにここでの変化は保存されないから、所持品を賭けたりとかは不可能な、純粋にサーバーを超えた腕試しの場として来年実装予定の機能なんだけど、いやぁテスターしてくれる人がいて良かったよ」


 そう、上機嫌に昴と聖の質問に答えている宙。

 その一方で、スザクは不満げに、闘技場の中心に立つ人物を見つめていた。


「……対戦、っすか? あの人と?」

「そうだよ。それじゃ朱雀君、一分後の開始でいいかな?」


 強引に話を進める宙の言葉に、流されるまま渋々と頷くスザク。

 それを受けた宙が手元のコンソールで何かを入力すると、この場にいる皆の視界の端に、試合開始までのカウントダウンの数字が表示された。



 そんな中で中央のバトルフィールドに降り立つスザクは、対面した先、眼前で地面に剣を突き立てて手首や足首を回して準備運動をしている赤毛の青年……プレイヤー名『レイジ』の方を、訝しげに見つめる。



 ……クリムが見た感じ、彼自身は何の変哲もない人間族の男性だ。


 ソールレオン同様の片手剣二刀流。耐刃繊維を織り込んだロングコートを羽織った上に纏うのは、動きやすさ重視のブレストプレート中心の軽装。


 身に纏っているもの自体は露店を覗けばいくらでも見つかるであろうありふれた物ばかりで、それほど良い装備をしているとは言い難い。装備だけ見れば中級者くらいがいいところだろうか。



 それに……彼は、スザクよりも上の世代だ。


 仮想空間へのダイブ適正において、自分たちの世代は絶対的なアドバンテージがあるのに……とスザクは側から見ても分かるほどの不満を顔にありありと浮かべたまま、魔剣を構える。

 そこには、どうせならソールレオンかクリムに相手をして欲しかったという表情が浮かんでいた、が。



 ――どうにも、何かが引っかかる。



 クリムがそんな漠然とした不安のようなものを感じる中で、しかし試合開始のカウントだけが着々と進んでいた。


「いや、意味ねーっしょ。どう見てもそんな強そうには……」

「ははは……甘く見ない方がいいよ。なんせ彼は――」



 宙が何かを言いかけたとき、ちょうどそれを遮るように試合開始のブザーが鳴った――その瞬間だった。



「――は?」



 そんな間の抜けた声と共に、スザクの足元から地面の感触が消えた。


「……がっ!?」


 直後、背中から床に叩きつけられる衝撃に、スザクが呻き声を上げる。



 ――そんな光景を、クリムはその瞬間飛び出して、バトルフィールドと観客席を隔てる柵に齧り付くようにして中を見つめていた。


 辛うじて……外野で見ていたクリムには、床に剣を残したままのレイジが一瞬でスザクの懐へと飛び込み、その足を払ったのだという事が理解できた。


 だが……クリムにはそのレイジの動きに見覚えがある。


 それは、種族進化後はご無沙汰だったものの、それまではいつも見てきた――の動き。


「――、『剣聖ソードマスターレイジ』だからね」


 彼に剣すら抜かせられぬまま背中から転ばされて倒され、呆然と空を見上げるスザク。


 そしてその見覚えのある、否、それよりもずっと成熟され、キレのある動きをするレイジという青年に愕然としているクリム。


 そんな二人へ向けて……宙は、呑気にそんな事を曰うのだった。








【後書き】

 今章で絶対に書きたかったところその2

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