雪山旅行三日目

 ――ペンション生活、三日目。


 明日には部屋を引き払い、雛菊の実家である刀祢家のお世話になるため、実質この日がスキー場へ遊びに行ける最後の日となる。



 昨日は家業の手伝いで居なかった雛菊は、しかし今日は「いいから今日くらい遊んでくるといい」と桔梗が送り出してくれたことで、この日は共にスキー場へと来ていた。


「私は、冬は忙しくてあまりやった事無かったです」


 そのため完全に素人なのだと語る雛菊も、レンタルスキーを借りて龍之介と玲史に教わることになった。


「私も今日は雛菊ちゃんやユリアちゃんとのんびり下で遊んでるから、紅ちゃんや昴は思いっきり遊んでくるといいよ」

「私たち初心者には龍之介さんが色々教えてくれるそうだから、みんなは気兼ねせずに行ってきなよ、ね?」


 そう言って送り出す聖や佳澄に後ろ髪を引かれつつも、紅は昴や深雪、そして玲央といった学生メンバー内の上位陣とともに、コースの一番上から全開で滑り降りるのだった。




 ――そうして、戻ってきたレストハウス前。


「ふぅ……どうにか深雪ちゃんを見失わずに降りて来れたけど、これは、なかなかしんどいな」

「ご、ごめんなさいなの」

「大丈夫、気にしてないよ。でも本当にすごいなぁ」


 ここまで先頭をぶっちぎっていた深雪が、申し訳無さそうにペコペコと頭を下げているのを、ポンポンと頭を撫でて宥めてやる。


 そうして落ち着いた頃、すっかり暑くなった体を冷まそうと、帽子を取りスキーウェアの襟を緩める紅。

 隣では、紅同様にどうにか頑張ってついてこようとしていた昴が、精魂尽き果てた様子で座り込んでいた。


 いくら今の体に慣れて身体能力や動体視力が上がっても、滑る技量が向上したわけでは無い。やはり最終的にものを言うのは己が技量なのだと、紅はひしひし痛感するのだった。


「玲央は……深雪ちゃんについていって平気なんだな?」

「はは……速度的には、ついていくだけで精一杯だけどね」


 リフトで上がれる一番上の場所からずっと降りてきたメンバーで、深雪を除くと一人けろっとしている玲央に問うと、こちらも帽子やゴーグルを外しながらそう曰う。

 彼が素顔を晒した瞬間、周囲から女性客の黄色い声が上がったのに若干イラッとしつつ、紅は、彼の話に耳を傾ける。


「私は……一年の大半が深い雪に覆われた地方で暮らしているからね。スキーは数少ない娯楽であると同時に、生活する上での必需品だったのさ」

「雪国だったんだ?」

「ああ。だからどちらかというとクロスカントリーの方が得意なんだけど……スピードを競うと言うのも、案外と楽しいものだね」


 そう言いながら、玲央はゲレンデの少し上のあたりに目を移す。


 そこでは傾斜の緩い初心者コースでのんびり滑っている聖や佳澄と一緒に……ユリアと雛菊が、龍之介と玲史らの上級者組の指導を受けながら一生懸命に滑っていた。


「でもユリィは私と違って、雪を見る機会も滅多に無かったんじゃないかな?」

「離れた場所に住んでいたの?」

「ええ。もっとも私も父親の仕事でよくあの子の家に滞在させて貰っていましたから、割と会う機会は多かったんですが」

「そっか……彼女も、楽しんでいるようで良かったね?」

「ええ、本当に」


 そう、にこやかに談笑しながらも……



 龍之介=玲史>>>深雪>玲央>>紅=昴>聖、佳澄、雛菊、ユリア



 そんな序列を頭の中で組み上げ、自分は半ばより下に落ちていることを密かに悔しがる紅なのだった。




 ◇


 紅たちはリフトを何往復かして午前中いっぱいにゲレンデを満喫した後、昼食のためにレストハウスに入ると……


「あら、皆が戻ってきたみたいですね」

「あ、お館様、それにみんなもおかえりー」


 昼食時も過ぎてだいぶ人もまばらとなったレストハウス内、ゲレンデが一望できる窓際の席でのんびり読書をしていた雪那やイリスらが紅たちに気付き、声を掛けてくる。


「雪那ちゃん、リアルでそれは……」

「あっ、ごめーん!」


 食堂内に響いた「お館様」呼びに、さすがに紅も顔を赤くして異議申し立てをすると、手を合わせて平謝りする雪那。


 そんな光景を楽しそうに眺めていたイリスも、文庫本を置いてこちらへと向き直る。


「ふふ、ずいぶん頑張って上に行っていたみたいですが、皆さん十分に満喫できましたか?」

「あ、はい!」


 その微笑みについしどろもどろになりながら返答した……その時、紅の横を駆けていく小さな人影があった。


「お母様!」

「あら……ユリィ、今日は甘えん坊さんね?」

「えへへ……」


 とととっ、と駆け出したユリアが、早速母親に抱き着いて甘えていた。その少女の様子からは、昨夜浴場で見せた陰は見当たらず……紅と聖はこっそり目配せし合い、ホッと安堵の息を吐く。


「悪いイリス、待たせたな。飯は?」

「まだですよ、やっぱり皆で揃って食べた方が美味しいですからね」

「おう、それじゃ買ってくるわ。お前ら何を食う?」


 そうして玲史が皆の分の注文を聞き……NLDを介した注文システムで皆がそれぞれ食べたいものを注文し終えて。


「そういえば、今日で玲史さん達の知り合いの方が全員集まるんでしたっけ?」


 昴が、そんな事を彼に尋ねる。

 今夜はそのためパーティーを開くから早めに帰って来るようにと、紅たちは母、天理あまりから言われていた。


 ……旅行先でもまた、アウレオ理事長ら、そして新たに加わった隼人を交えてずっと難しい話をしているらしいのだから、大概あの両親たちも困ったものだが。


「おう。たぶん帰った頃には皆揃っているんじゃないかな」

「皆ずいぶんと個性的な方々ですからね。きっとビックリしますよ」


 そう笑っている玲史とイリスの様子に……今以上に個性的な人が増えるのかと、戦々恐々とする紅たちなのだった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る