世界樹の森

 ――ソールレオンたち『北の氷河』と合流してから何刻か経過して、『Destiny Unchain Online』の世界に朝日が差し込み始めた頃。



『さあ、約束通り、世界樹の元に案内してあげたわ!』


 そう、自慢げに胸を張って曰うフィーアに……クリムたちは、冷ややかな視線を向けていた。


「着いたって……おいお主、樹木なぞ何も無いではないか」


 そう……フィーアに案内されたこの場所は、見渡す限りの草原が広がっていたのだった。


『ふっふっふ、ついてくればわかるわよ』


 そう言って、さっさと草原を進んでしまうフィーア。

 訝しみながら、クリムたちがその後をついて行った――その瞬間、見晴らしの良い高原は、深い森の中へとその景色を変貌させていた。


「こいつは……」

「え、嘘、遠くからはこんな森、見えませんでしたよ!?」


 いたく斥候としてのプライドを傷つけられたらしく、私のせいじゃない、と不安げにクリムを見上げて弁明するセツナ。クリムはそんな彼女に大丈夫と、ポンとその頭に手を置く。



 ――はじめは幻影かとも思ったが、おそらくこれは、特定の手順を踏むと入れる類の位相空間だろう。流石にこれを見つけろというのは酷というものだ。



「大丈夫、セツナの見落としなどとは思っとらんから安心せい、な?」

「お館さまぁ……!」


 感極まって抱きついてきた彼女に苦笑しながら、クリムは周囲を見回して、その景色に眉を顰める。


「綺麗な森じゃが……」

「色々と、ヤバい雰囲気だね」


 クリムの言葉に、フレイヤも同意する。


 瑞々しい葉を繁らせ、色とりどりの果実を実らせた豊かな森は……しかし、そんな森の木々のところどころに黒い蔦が絡みつき、その葉をまだらに変色させていた。


 緑から、禍々しい赤へ、森の外縁部から変化している。それはまさに今、『セイファート』から『クリファード』へと変貌中に見えた。


「お前たち妖精は、森がこうなって何か悪影響は出ていないのか?」


 不安げに黙り込むダアト=クリファードの手を握りながら先導しているスザクが、先頭を行くガイドの妖精たちに問いかける、が。


『ん……たしかに気持ち悪い感じはするけど、でも、そういうものだと思ってるかなー』

『嫌なことは嫌だけど、仕方ないよねー』

『『ねー?』』


 そう、なんとも呑気に語る妖精たち。


「ああ……そうか、妖精たちは天然自然の存在だから、セイファートとクリファードの変遷も、本来起こり得る自然の事象として捉えているのか」

「それで、自分たちが死んじゃうとしてもです?」

「ああ、死んでしまうとしても、あるがままに受け止める……そういうものなんだろうさ」


 そう、ソールレオンが肩をすくめながら話を締め括る。

 確かに彼女ら妖精たちは、結果をあるがままに受け入れるのだろう……が。


「じゃが、我らに協力してくれておる。彼女らだって完全に諦めているわけでは無かろう」

「うん……そうだよね」

「結果は受け入れるが、それはそれとして抗いはする……って事か」


 クリムの言葉に、フレイヤとフレイが頷く。

 そして期待しているからこそ、クリムたちプレイヤーに協力してくれているのだ……そう思うと、身も引き締まるもの。


 そんな会話をしながら、緑と赤がまばらに混じり合った森をしばらく歩いていく。




 やがて……


「わあ……!」

「森の吹き抜けなの……!」


 最初に森を抜けた、先頭を歩いていた雛菊とリコリスから、歓声が上がる。


「ほう……!」

「わぁ……!」

「これは、また……」


 続いてきた踏み込んだクリム、フレイヤ、フレイの三人も、同様に、感嘆の声を上げる。そのあとに続く皆も、だいたい似たようなもの。



 その光景を一言で言い表すならば……楽園。


 深い森を抜けた先には、直径果たして何キロメートルあるか予想もつかないほどに広大な、巨大な森の木々に囲まれた吹き抜けとなっていた。


 周囲には碧色に輝く泉のようなものがこんこんと湧き上がり、その周囲では数多の妖精たちが遊んでいるのが見える。


 そして……その中心にどっしりと根を張って聳え立つ、見上げても上が見えないほどの、青々とした葉を繁らせた直径軽く百メートルは超えていそうな大樹。


 その周囲では、肌で感じるほど濃密な魔力が地面から噴き出し渦巻いて、大樹を中心に循環しては地に還っているのが分かる。



 野生動物ですら入ってくるのを避けているかのような不可侵領域、妖精たちの笑い声だけが聞こえてくる静謐の神域。


「これが……世界樹セイファート……この高さ、一体何百メートルあるんだ」

「周囲にある泉に見えるのは、溜まっているのは水じゃないですね。全部レイラインが溢れている魔力溜まりですか」


 シュヴァルとラインハルトが、皆が、風景に圧倒される中で淡々とそんな報告をしてくれる。



 ――穢れた魔力を循環して、清浄な魔力を大地に還すこの大陸の心臓。



 驚愕するクリムたちの眼前で、世界樹セイファートはただ、静かに佇んでいたのだった――……

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る