花の国の女王

 白い花が舞い散る森の先、奥まった場所に……まるで森に守られるようにして、その桃源郷のような郷は存在した。


「――ようこそ、我らが国、花の都フローリアへ」


 街の入り口にて、ここまでクリムたちを案内してきたエルフの兵士たちのリーダーである青年が、クリムたちルアシェイアに歓待の意を示す。




 花の都――そんな彼の言葉は決して誇張などではない、美しい郷だった。


 街の背後に聳え立つ、頂上の方が白く覆われた山嶺の雪解け水が由来の思われる清水が、街の至る所に張り巡らされた水路をさらさらと流れ、涼やかな水音を奏でている。


 そんな清水を糧として、街中には高原植物や花々が咲き乱れ、風光明媚な光景が展開していた。


 建造物は素材の色合いを生かした木造、あるいは白い石材。こちらも高原の風景に上手い事調和しており、なるほど花の都という名に相応しい場所だった。




 そんな街並みを……ここまでの道中で、クリムが請われるまま森の外の話を聞かせてやったらすっかりとうち解けたエルフの兵たちが案内してくれるまま、練り歩く。

 どうやら彼らには、クリムがエルフに対し抱いていた排他的というイメージは当てはまらないらしい。


「ところで今はどこへ向かっておるのじゃ? てっきり我は、兵の詰所かどこかで取り調べかと思っておったのじゃが」


 彼らにとって、クリムたちは得体の知れない集団であるため、街へ到着したら多数の兵士が詰めている場所で尋問だと思っていた。

 ところが、門番の詰所のような場所は先程通り過ぎた。今は、街の最奥へ向かっているように見える。


「王宮です。君たちには、我らの女王に会ってもらいます」

「……なんじゃと?」


 エルフ達のリーダーの言葉に、クリムはざっと周囲、街の人々の様子を見回すが……半数は興味津々にこちらの様子を伺っているが、残る半数は明らかに怯えの表情を浮かべてこちらを見ていた。


 さらに不思議なのは、それらの二分できる反応の者達が、まるで見えない壁を作っているかのようにそれぞれ固まっていること。


「……周囲の視線の半数は、王宮に招かれる者を見るような目ではないのぅ」

「申し訳ありません、我らも一枚岩ではないのです。私や私の部下達は、姉上……ごほん、陛下と同じく多種族と交友を広めるべきと考えている『融和派』ゆえに、あなた方にもさして思うところはないのですが」

「こちら側としても、予想外に友好的なお主らの態度にむしろ驚いていたのじゃが、やはりそうなのじゃな?」


 友好的なエルフ達と、友好的ではないエルフ達に二分されている街。どうやら主義主張による対立が起きているらしい。


 ……セツナを別行動させて、正解じゃったかの。


 彼らエルフの兵たちに囲まれる前に、隠れて情報収集するよう指示を出した忍者の少女を思う。

 普段の言動こそアレではあるが、セツナは与えた任務は確実にこなしてくれるだろう……と信頼しているクリムだった。


「はい……我らはずっと、南西の大陸から海を渡って来る侵略者に奴隷として捕らえられたりしていた過去がありますからね。余所者に対してあまり良い顔はしない者が大多数な事は、どうか許してください」

「うむ、是非も無し、我は気にするまいぞ」


 素直に頭を下げる彼に、クリムは自分は気にしないからそちらも気にするなと頷く。


「しかし、ならば何故に我らを女王に謁見させようと?」


 疑問を口にしたのは、クリムのすぐ背後で話を聞いていたフレイだった。


「それは……実はすでに、風の噂に聞いておりました。大陸中央に向かう大橋の不死王が浄化され、悪魔が撃退されたと。そしてそれを為した盟主が、獅子赤帝の真紅の外套を継いだ少女であったという事も」

「では、私たちのことを最初から知っていたのですね?」

「はい、様子を見るような事をして、申し訳ありませんでした……改めて名乗ります。私はスフェンと申します、女王陛下の弟です」


 そうローブのフードを脱ぎ、胸に手を当てて頭を下げる、エルフのリーダー、スフェン。

 これまでフード内に隠されていた中性的な美貌が露わになり、頭の右側で三つ編みに結われた翡翠の髪が、右肩にかかるようにしてこぼれ落ちた。


 だが……そんなことより遥かに特徴的なのは、周囲のエルフよりも明らかに長いその耳。それは、フレイとフレイヤの耳によく似ていた。


「あの、スフェンさん。失礼ながら、そのお耳はもしや……」

「ええ、よく知っておいでですね。私と、私の姉である女王陛下は、森と生きる精霊に近しい原初のエルフ、ハイエルフの血筋なのです」


 恐る恐るフレイヤの投げかけた質問に、そう、どこか誇らしげに胸を張るスフェン。

 貴公子然とした立ち振る舞いと裏腹に、なんだか可愛らしいところばかりなエルフの王子様に……クリムたちはこっそりと苦笑するのだった。






 そんな彼に案内されて……クリムたちは街の中心、ハスのような浮き花が水面に咲き乱れる泉の中央に聳えている、やや小さめな白亜の城へとやってきた。


 そうして拍子抜けするほどあっさりと、特に障害もなく通された、フローリアの城の謁見の間。



「――どうか、楽にしてくださいまし」



 このエルフたちの国は、妖精郷への入り口を守護する護人の国として、初代皇帝の時代よりずっと信仰に似た敬意を持たれ、旧帝国皇帝と同等に近い権威を与えられている、不可侵の国である。


 そんな国の女王への礼儀として……すだれ越しに拝謁できる女王と思しき人影の前へと、皆が跪く。一応、ユニオンの盟主であるクリムは軽く首を垂れるくらいだが……そんな畏まるクリムたちたちに掛けられたのは、隠しきれない好奇の色を湛えた、そんな寛大なエルフ達の女王の言葉だった。


「あね……陛下、何も姿を見せずとも……!」

「良いのです、スフェン。それに……面白い気配を感じますからね」


 そうスフェンを制し、姿を覆い隠していた簾を乗り越えて、エルフの女王が姿を見せる。


「わあ、お花のお姫様なの」

「すごい、綺麗です……!」

「ふふ、ありがとうございます、可愛らしいお嬢さん達」


 思わず感嘆の声を上げたリコリスと雛菊を咎める事もなく、ふわりと笑みを浮かべる女王。



 そんな彼女は……まるで花のように幾重にも薄絹を重ねたドレスを纏う、人ならざる美貌の姫君。


 スフェン同様に、通常のエルフ族より長い耳は、フレイとフレイヤ同様上位種ハイエルフのもの。


 頭の後ろで一度束ねても尚、床を擦るほどに長い髪は、淡い緑のメッシュが入ったプラチナブロンド。



 おおよそ人がエルフの姫を空想した時に脳裏に浮かべるような美姫が、クリムたちへ向けて柔らかな笑みを浮かべて佇んでいた。


「よくぞいらっしゃいました、幼き夜の精よ。私はフローライト、このエルフの国の女王です」


 そう言って、軽くスカートの裾を摘んで軽く膝を折る女王。そんなささやかな所作さえ洗練されており美しい様子に見惚れかけるが……しかしクリムは、聞き捨てならない彼女の言葉に首を傾げる。


「姉上? それはいったい……夜の精、ですか?」

「はい、そうですよ、スフェン。彼女……連王国の盟主だというそちらの方は、厳密に言うと吸血鬼ではありません。その祖である始原の赤ノーブルレッド、その幼生体となるお方ですよ」

「なんと……!」


 驚愕に目を見開くスフェンだったが……しかし一方で、クリムも冷や汗を垂らしていた。



 ――あー、あー、そんな設定あったっけなー。



 今更ながら、最初の頃に説明されて以来ずっと吸血鬼扱いだったために忘れていた設定を、言われてようやく思い出したクリムが遠い目をする。


 よもや初対面のNPCに指摘されるとは予想外だったが……しかし、周囲のエルフ達から先程までの魔族である吸血鬼へ向けられた恐れとは、また違う視線を感じる。


 今は恐れは無くなった代わりにそこはかとなく畏敬の念が感じられ、むず痒いのさえ堪えれば、どうやら話がスムーズに進みそうで何よりだと気分を入れ替える。



 ……が、そんな気分を、女王の次の言葉が千々に吹き飛ばした。


「それに……後ろに控えるお二人、フードを外して貰っても良いかしら?」

「あ、はい!」

「わ、わかりました!」


 まるで世間話を始めるかのように女王の口からさらりと放たれたのは、フードを被ったフレイとフレイヤ、その隠していたフードの下を見透かした言葉。

 特に不快に思っている訳ではなさそうだが……さすがに女王の直々の指摘を無視する訳にはいかない。フレイとフレイヤが、慌ててフードを外す。


「あなた方は……」

「陛下と同じ、通常のエルフよりも長い耳、よもやあなたがたも!?」


 途端に、ざわざわと動揺が広がる謁見の間。


「フレイさんにフレイヤさん、お二人は私や姉上と同じハイエルフだったのですか……!」

「ええ、ずっと同族の匂いがして気になっていたのです。森の外にも暮らしている者がいたのですね」


 驚いた様子のスフェンとは裏腹に、女王はただ、嬉しそうにニコニコしていた。



 ――友好的だが……侮れんな、この女王。



 こちら側が隠していたことをこうも立て続けに看破され、クリムは彼女に対し正直舌を巻く。


 どこか浮世離れした雰囲気ながらも女王として奉られているのは……例えば、日本で言えば鬼道に精通していたという邪馬台国の卑弥呼のように……もしかしたら何か特別な、千里眼あるいは真贋看破的なスキルでも持っているのかもしれない。



 そんなクリムの疑念を、察しているのかいないのか。


「ようこそいらっしゃいました、外の世界の同族の子らよ。女王フローライトの名において、私達フローリアの民はあなた方を歓迎いたします」


 まるで童女のような朗らかな笑みを浮かべ、彼女はクリムたちに、歓迎の意を示したのだった――……

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