妖精郷を目指して

白の森

「あっつ……」


 完全にへばっている顔で、クリムがついに愚痴をこぼす。


「太陽嫌い……死ぬ……」

「湿気もすごいねー……」


 ギラギラ照りつける陽光にすっかり参っているクリムだったが、フレイヤの言う通り問題はそれだけではない。湿気が多くジメジメしているために、不快指数がうなぎのぼりだった。


「なんで、ようやく夏が終わって涼しくなった時期に……」

「こんな、また夏の再体験しないといけないですか……」

「あ、あはは、もうちょっと進んで森に近づけば、多分マシになるから、ね?」


 こちらも胡乱な目でノロノロと足を動かしているリコリスと雛菊に、委員長はどうにか元気付けようと励ましているが、結果は芳しく無い。






 ――ここは、新たに拓かれた大陸南西部。



 ついに踏み込んだ大陸南西部は……お世辞にも、快適とは言いがたい環境だった。


 険しい山脈に、南西の海から吹きこむ湿った風がぶつかるこの地域は……気温、湿度ともに高いという気候を以て、新参者へと手厳しい洗礼を与えてくるのだった。


 ちなみに、今は『ルアシェイア』単独ギルドで行動中。連王国の活動はしばらく休止となり、今は新大陸探索のため自由行動とし、各ギルド単位でバラバラに活動していた。


 そんな中……ルアシェイアのメンバーのうち、始まりの街ヴィンダム調査に向かったジェード、サラ、リュウノスケの三名を除く皆は今、『妖精郷』を探すために山脈沿いに反時計回りに移動して、エルフたちが暮らしているという『白の森』を目指している最中だった。





 ◇


 ――そうして、辟易しながらもいくつかのエリアを踏破した先。クリムたち一行はいつのまにか森の中へと迷いこんでいた。


「うわぁ、すごい、綺麗ですよお姉ちゃん!」


 風が吹くたびに、大量の白いものが風に載って宙を舞う。

 まるで青々とした森の中に雪が降っているようなその光景に、すっかり定位置となったクリムの胸ポケットから外を覗くルージュが、感嘆の声を上げる。


「なるほど、白の森というのはこの花が由来か」

「赤味はないけと、桜の花に似てるかな?」


 そう言って掌に乗せた花を調べているのは、フレイとフレイヤ。たしかに、一つの花に五枚のハート型の花弁を備えたその形状は、現実世界の桜にそっくりだった。


 そんな花が咲き乱れる景色もさることながら、山脈の麓、やや高地に存在するこの森に入ってからは茹だるような暑さは鳴りを潜めており、ずっと快適な環境になっていた。

 今は暑いことは暑いものの、風通しの良い服装であればむしろ心地良いくらいの気候になっているのも有り難かった。


 だが……事は、それほど簡単ではなく。


「厄介なのは、この白い花じゃな」


 ひらひらと舞い降りて来た花弁を手で受け止めて、顔を顰めるクリム。初めは南部の太陽光の影響かと思ったものの、見れば雛菊、セツナあたりの亜人・魔族に属する者たちは同様に浮かない顔をしていた。


 ステータスには……花のアイコンの、デバフ表示。全ステータス2割減の結構深刻な効果が蝕んでいた。


「たぶんエルフの暮らす地の植物だから、僕らエルフには影響が無いんだろうけども」

「人間は、セーフみたいね」

「私も問題ないの」


 フレイとフレイヤ、カスミ、リコリスあたりは特に何ともないというので、どうやら亜人や魔族にとって毒であるのは間違いないだろう。


「私たちは何ともないけど……皆、そんな辛いの?」

「うむ、辛いという程ではないがの。何というか……げっそりとする感覚はあるな」


 心配げなフレイヤの言葉に、クリムは苦々しい表情で頷く。が、今はそれよりも――


「――で、だ。クリム、気付いて入ると思うが」

「うむ、森に入った直後からじゃな。皆、軽挙妄動はくれぐれも慎むのじゃぞ――来たな」


 フレイの警告に対してそうクリムが呟いた直後、甲高い風切り音を上げてその足元へと一本の矢が刺さる。

 それを受け、皆武器に手を掛けて背中合わせに円陣を組むクリムたちのその周辺に、次々と降り立つ影。


 それは……一様に弓を携え、不可思議な模様の入った軽装を身に纏う、長い耳をした麗しい容姿の人々――森の住人であるエルフたち。


 そんな中で一人、特に立派なゆったりとしたローブを纏う長身の男性が歩み出てくる。おそらくは彼らのリーダーだろう。


「お前たちは包囲されている。手を上げて大人しく私達の指示に従って欲しい」


 男の高圧的にも聞こえるその言葉に、クリムは背後の仲間たちに小声で指示を出す。


「……向こうは先制攻撃をして来たわけじゃないし、話を聞く気はあるみたいじゃな。皆、大人しく従うぞ」


 そもそも先程の矢にしても、わざわざ音の立つ物を使用して狙いを逸らし、まずは警告から入ってくれたのだ。信用してもいいだろうと思う。


 駄目だった時は……まあ、フレイとフレイヤの出番だろうと楽観的に考える。


 そうして皆が頷いたのを確認し、クリムは一歩前に出る。


「了解した、こちらに争う意思はない、諸君に大人しく従おう」


 そう両手を上げて敵意が無いことをアピールするクリムを見て、一瞬だけ意外そうな顔をしたリーダーの男だったが……彼はすぐに周囲のエルフたちに何らかの指示を出すと、エルフたちは次々と弓を下ろしていく。


「……失礼しました、魔族の少女に率いられていたのを見て少し警戒が過ぎたようです」

「うむ、お主らにも事情があろう、気にしてはおらぬ」

「はい、寛大な言葉に感謝します」


 そう、案外穏やかな様子で一礼するリーダーの青年に、今度はクリムが意外そうな顔をする。

 だが、思っていたよりずっと話が通じそうなそのエルフたちの様子に、内心ではホッと安堵の息を吐いていた。


 そして……よく見たら、彼らも決して高圧的な態度という訳ではなく、友好的なクリムたちの態度に安堵していたのもざっと確認する。



 ――もしかして、何か困っている事でもあったのだろうか?



 クリムの内に湧き上がるそんな疑問は、今は胸の内に仕舞い込んでおく事にした。必要な話であれば向こうから話をしてくれるはずだ。



「では……これより皆様には私達の街『フローリア』へ同行していただきます。話はそこで」


 そうして素直に従う姿勢を示す『ルアシェイア』一行に態度を軟化させたエルフのリーダーらしき青年は、そう、クリムたちへと告げたのだった――……

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