祭の日の終わりに
――閉会式も特にトラブルもなく恙無く進み……最後に残るのは、観客投票によるプリンセス賞の発表のみ。
『それでは二位! なんと、高校の部では歴代での男子最高順位です! 一年A組、玖珂玲央君!!』
サクラが、名前が読み上げた瞬間、ホールにどよめきと共に拍手に満ちる。
だが、二位になった当の本人はというと……
「良かった、一位は免れたか……」
「玖珂さん、そんなに一位がいやだった?」
あからさまにホッとしている玲央に、隣の佳澄が苦笑しながら問い掛ける。
「うーん……光栄な事だとは思うけど、プリンセスはちょっとなぁ……本物を知っていると尚更」
「ん、何か言った?」
「いや、何でもないよ……それより一位の発表が始まるよ」
何かをボソッと呟いた玲央だったが、すぐに誤魔化して話題を変える。丁度そのタイミングで、サクラが口を開いた。
『では、第一位、今年のプリンセスの発表でーす!』
その宣言と共に、鳴り響くドラムロール。
否応なく高まる緊張の中で、ドラムが鳴り止み、頭上に手を掲げたサクラが口を開く。
『今年の一位、今年のプリンセスは――』
溜めを作り言葉を止めたサクラに、ホール中が緊張とともにシン……と静まり返る。
その掲げられた手がゆっくりと下がっていき……ピタリと、一人の観客席に座る女生徒を指差した。
『……二位の玖珂君と同じく、一年A組! 満月紅ちゃんでしたー!! おめでとー!!』
「……え!?」
そんなサクラの言葉と共に、客席に居た紅へとスポットライトが当たる。急に周囲が明るくなって戸惑う紅をよそに、サクラは解説を続けていた。
『主な投票した人の声を見ると、可愛い、等のその容姿に関する声が多かったですねー。小さくて可愛い子が頑張っていたからという事で、案外と女性からの評も獲得できていたのが特徴でしょうか!』
これ、結構珍しい事なんですよねー、と戯けて曰うサクラだったが、事態についていけずいっぱいいっぱいな紅の耳には届かない。
『ただ中には、トラブルに対処した際の凛とした姿を見た女性票などもちらほら見受けられました。ギャップ萌えも味方につけるなんて、満月さん……恐ろしい子!?』
そう言って昔の少女マンガみたいなポーズを取るサクラ。このへんはヴァーチャルアイドルの利点か、ご丁寧に白目の表情を作ってまでのその言葉に、観客席からちらほら笑いが起こる。
『なお、皆薄々と勘付いているとおもうのですが、本人からの許可も取ってあるので暴露してしまいます。かなりの得票数があった開会式の司会の子という票は全て本人である彼女に加算されていますので、あしからず!』
そう注釈を入れた後、彼女は紅の方へと手を差し伸べて、満面の笑顔で呼ぶ。
『それじゃ満月ちゃん、おいでー?』
「は、はい……っ」
サクラからの呼びかけにようやく復帰した紅が、会場中から鳴り響く皆の拍手の中、ガチガチに緊張した様子でステージ上に上がる。
立体映像のサクラにエスコートされて到着したステージ中心で待っていたのは……まさかのアウレオ理事長。
よもや一番偉い人直々に授与する賞だとは思っていなかった紅は、果たしてどのように授与式を終えたのかすら覚えていないうちに、気づいたら頭に花飾りを差されていた。
――白と青の、
そのまま理事長は紅の手を取って掲げ、宣言する。
「――今年度の姫君が、こうして決定した。皆、もう一度惜しみない拍手を!」
ワッと、ホールに響き渡る歓声と拍手。その光景を現実感が失せたまま見つめていた紅だったが……
「いや、すまない。面白いものだと思ってな」
「面白い、ですか?」
紅の人より鋭敏な聴覚が、大歓声の中にあってもアウレオ理事長の呟きを拾い上げた。クックッと笑っている彼に、紅が首を傾げる。
「ああ……この賞自体、私の娘が発端となって出来た賞だからね。それをまさかあの魔お……いや、天理の奴の娘に授けるのだからな」
何が言いかけて誤魔化す彼だったが、しかしそれよりも、紅には初代が理事長の娘さんだというのが驚きだった。
「天理については、興味があれば奴の黒歴史など少しは教えてやれるぞ?」
「それは、聞きたいような、聞きたくないような……」
「フッ、まあ興味が湧いたら遊びに来なさい、さ、行きたまえ」
理事長に促され、紅はここが壇上だった事を思い出した。慌てて拍手に包まれたまま降壇し、座席に戻る。
「おかえり、紅ちゃん。何を話していたの?」
「うーん、母さんの事、かなぁ? それと初代受賞者が理事長の娘さんなんだって」
「へー」
席に戻るなり声を掛けて来た聖とそんな事を話していると……周囲からワッと歓声が上がる。
壇上を見れば、楽曲の前奏と共に、ステージ上で中央に立つサクラの衣装が足元から変化していくところだった。
――デフォルトの衣装から、華やかに揺れる本気のステージ衣装へと。
「……あ、始まるみたいだよ、桜先輩の歌」
正真正銘最後の特別プログラム、霧須サクラによる締めの一曲が、光の乱舞による演出に乗せて朗々とホールを染め上げる。
それは――仲間たち皆との思い出が胸にあるから、この先たとえ離れ離れになっても恐れなくても良い、皆共に進んでいるのだという、応援の曲。
今日までの皆の頑張りを讃え、明日からまた迎える日常へ向けてのエールであるその歌声に聴き入っている間に、瞬く間に一曲約五分の時間は過ぎ去り……こうして杜之宮の学園祭は、終わりを告げたのだった――……
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